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兄妹の部屋  作者: 真好


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「……あんまり期待してなかったけど、意外と楽しかったね!」


 アトラクションを降りながら、芽生が弾んだ声で言った。心底楽しげな彼女の様子を、悠人はどこか呆然と見つめた。


「三番目は何? 悠人兄ちゃん」


「えっ? あ……」


 悠人は、慌てて視線をバケットリストへ戻した。


「どれどれ……ええと……」


 しかし三番目の項目は、血痕が特に酷くこびりついていて、ひどく読みづらかった。


「字が、よく見えないんだけど」


 横から覗き込んでいた蒼大が、芽生に訊ねた。


「芽生、あんたが書いたんだから覚えてないの?」


 芽生も目を細めてメモを睨みつけたが、結局は力なく首を振った。


「さあ……昔のことだし、私も……」


 結局、わずかに残った筆跡から推測するしかなかった。


「……ティーカップじゃないか?」


 悠人が半信半疑で言ってみると、芽生がパチンと手を叩いた。


「あ、そうだ! ティーカップだ。うん、間違いない。これも三人で乗りたかったやつ」


 近くには見当たらなかったため、三人は一度園内マップの前に立った。悠人はボードをじっと見つめながら、決然と告げた。


「このメモに書いてあるもの、全部乗ろう」


「うん、僕は構わないよ」


「私も賛成!」


 二人の同意を得ると、悠人はその場でマップをすべて記憶し、先頭に立って歩き出した。




 そうして三人は、バケットリストの項目に一つずつ線を引いていった。すでに撤去されていたり、別のアトラクションに変わっていたりするものもあったが、大半は当時のまま残っていた。


 ティーカップに始まり、バンパーカー、回転ブランコ、バイキング、お化け屋敷、そしてジェットコースター。


 三人は園内を縦横無尽に駆け回り、片っ端から制覇していった。最悪な幕開けだったはずの朝が嘘のように、遊園地での時間は意外なほど充実していた。


 アトラクションを攻略した後は、フードコートで遅い朝食を摂った。デザートのクレープとアイスクリームまで平らげると、心に余裕が生まれ、自然と会話も弾んだ。


 三人は、これまでの日常について語り合った。今までのような探り合いではなく、今回は互いの私生活についても遠慮なく打ち明け合った。特に、三人の共通点である「橋本」についての話題は尽きず、その談笑は奇妙な連帯感に満ちていた。


 道に迷っているような不安感も、次第に薄れていった。そうして時間を忘れて過ごしているうちに、ふと気づけば太陽は天頂を過ぎ、西へと傾き始めていた。




 悠人がメモを見つめる。


 バケットリストの項目は、もう一つしか残っていない。


 名残惜しさを感じていると、先を歩いていた蒼大と芽生が唐突に足を止めた。


「……兄ちゃん」芽生が視線で合図を送る。「警察」


 見れば、遠く離れた場所に警官の姿があった。しかも、一人から二人に増えている。


「……まずいな」


 蒼大が呟くのとほぼ同時に、園内のスピーカーから三人兄妹を探すアナウンスが流れ始めた。年齢はもちろん、身長や服装まで詳細に描写されたため、三人は慌ててその場を離れた。




 人通りの少ない建物の裏に身を隠し、蒼大が訊ねた。


「バケットリスト、あといくつ残ってる?」


「あと一つだけ」


 悠人はメモを二人に示した。最後の項目には、大きく、丁寧な字で「観覧車」と書かれていた。


「残念だけど、もうそろそろ……」


「ダメだ」


 悠人は断言した。


「ここに書かれていることは、全部やり遂げなきゃダメなんだ」


 そうしなければ、この先一生、果たせなかった後悔に付きまとわれるような気がした。言葉にはしなかったが、蒼大も、芽生も、その覚悟を汲み取ったように深く頷いた。


 観覧車はそう遠くない場所にあったが、不運にもその周辺には警官が佇んでいた。その上、客も多い。三人は大きく迂回するルートを選び、足早に向かった。


 平然を装って歩いてはいたが、悠人の心臓は絶えず激しく脈打っていた。大勢の視線に晒されているような錯覚に陥り、顔が熱くなる。だが幸い、彼らを呼び止める者は現れず、三人は無事に観覧車の前までたどり着いた。


 乗り場へと歩を進める途中、悠人はふと後ろを振り返った。そして、一人の警官と目が合った。警官は首を少し傾げ、隣の同僚に声をかける。


 悠人は慌てて顔を背けた。すぐに案内され、ゴンドラの中へ滑り込む。スタッフがドアを閉める直前、悠人は再び警官の方へ視線を走らせた。彼らはやはり不審に思ったのか、早足でこちらへ近づいてきていた。


 だが、彼らが乗り場にたどり着いた頃には、三人を乗せたゴンドラは、もう誰の手も届かない高さまで上がった後だった。


 蒼大と芽生が反対側の窓から景色を眺めている間、悠人はしきりに乗り場を見下ろし、状況を注視していた。警官がゴンドラを指差してスタッフに詰め寄り、スタッフが困惑したように首を振る様子が見える。


 警官たちは立ち去ろうとはしなかった。観覧車が一周し、三人が降りてくるのを待ち構えるつもりなのは明白だった。


 悠人は、正面を向き直した。流れる景色にはもはや関心がなかった。ただ、並んで座って窓の外を眺めている蒼大と芽生の横顔が、視界の端に映る。


 二人とも、遊園地に来る前よりはずっと穏やかな、憑き物が落ちたような表情をしていた。それがひどく見慣れないものに感じられて、悠人は結局、俯いてしまった。そして、手に持ったバケットリストのメモを、無心に見つめた。


 やり残したことは、もうなかった。


 それでも悠人は、メモから目を離すことができなかった。紙切れを裏返してみても、そこには白紙の余白が広がっているだけ。


 悠人は、諦めたような、縋るような口調で二人に訊ねた。


「……何か、他にやりたいことはない?」


「ううん」芽生が答えた。「もう、ないよ。今日は本当に、楽しかった」


「僕も」蒼大も言った。「これでもう、十分すぎるくらい」


 悠人は、依然としてメモを見つめたまま、力なく首を振った。


「……俺は、まだだ。これ以外にも、まだ一緒にやらなきゃいけないことが、沢山ある気がする」


「でも」


 蒼大が言葉を濁すと、芽生が静かに言葉を継いだ。


「私たちはもう、死んでるんだよ」


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