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悠人はしばらくの間、散歩でもするかのように蒼大と芽生と並んで歩いた。
遊園地の景色は、記憶の中とほとんど変わっていないように見えた。アトラクションや建物の塗装が所々剥げ、歳月の経過を感じさせる点を除けば、七年前のままだった。
「それにしても……」蒼大が呟いた。「なんだか、人が多くないか?」
「そうだね」芽生も同意した。「何かイベントでもやってるのかな」
悠人も怪訝に思った。いくら日曜日とはいえ、不自然なほど客が溢れている。その理由は、すぐに判明した。
「あそこ」
悠人が指さした先に、一枚の横断幕が掲げられていた。そこには、本日をもってこの遊園地を閉園する旨が記されていた。
「……今日が最後なんだって」
「なんだか」芽生が言った。「ギリギリだったね」
「なんて言うか……」蒼大が冗談めかして付け加えた。「まるで僕たちが来るのを、待っていてくれたみたいだ」
その言葉に、一瞬だけ気まずい沈黙が流れた。けれど、園内に流れる穏やかで陽気な空気に押され、それはすぐに霧散した。
三人はあてもなく歩き続けた。警官が追ってくる気配はもうない。足取りにはわずかな余裕が生まれたが、空腹と疲労のせいか、蒼大と芽生の足は次第に重くなっていった。
「少し休もう」
悠人は周囲を見渡し、人影のまばらなベンチを選んで腰を下ろした。蒼大と芽生もそれに続き、彼の両脇に並んで座った。
三人は背もたれにぐったりと寄りかかり、しばらくの間、楽しげに行き交う人々をぼんやりと眺めていた。
悠人はふと、自分が迷子になったような錯覚に陥った。視界に入るのは、幸せそうな家族連ればかりだ。より正確には、小学校高学年くらいの子供たちがしきりに目に付く。
無意識に三兄妹の姿を探していた悠人の耳に、唐突に芽生の声が届いた。
「これから、どうするの?」
それを聞いて、悠人は吸い寄せられるようにベンチへと腰を下ろした。
「とりあえず……」
一応口は開いたものの、かけてやるべき言葉は見つからなかった。
悠人は所在なげにベンチから立ち上がってみたが、もちろん行く当てがあるわけではない。また虚しく座り直そうとした拍子に、ポケットから財布が滑り落ち、地面に乾いた音を立てた。
悠人はそれを拾い上げ、中身を確認した。残金を確かめるために札入れを広げると、カード入れの端から突き出した、一枚の紙切れが目に留まった。何気なく、それを引き抜く。
それは古びて、ひどく変色したメモ用紙だった。
悠人は微かな目眩を感じながら、それを注意深く広げた。紙面の大半が禍々しい赤黒い染みに覆われ、書かれた文字の半分ほどは判別不能だったが、それが何であるかは一目でわかった。
「それ……」
芽生が隣で立ち上がり、悠人の手元にあるメモを見つめて、感嘆とも嘆息ともつかぬ吐息を漏らした。
「ずっと、持っていたの?」
「何、何?」
蒼大も身を乗り出し、メモを覗き込んだ。それは七年前、芽生が書いた『バケットリスト』だった。
一番目の「タクシーに乗ってみたい」にはすでに線が引かれている。続く二番目には、拙い字で『メリーゴーランド』と書かれていた。やりたいことの項目は、二十行ほど羅列されている。
「……ああ」
悠人は、どこか照れくさそうに説明した。
「当時の俺、気を失った後もこれをぎゅっと握りしめていたらしいんだ。それで、なんだか捨てられなくて。……いや、深い意味はなかったんだよ。ただのお守りみたいな感じで、でも随分前だったから、すっかり忘れていたんだけど……」
ただ、困惑した。それは不吉な予兆のようにも感じられ、悠人は辺りを見回してゴミ箱を探した。ちょうどベンチのすぐそばに備え付けのクズ入れがあった。捨ててしまおうと歩き出した瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。
橋本からの着信だった。
悠人は通話ボタンを押し、蒼大と芽生にも聞こえるようスピーカーに切り替えた。
『先輩! どこですか!?』
繋がるや否や、橋本の切迫した声が飛び出した。
『小屋の撤去は、ひとまず僕が止めました。でも業者さんたち、この家だけで二回もキャンセルされたって相当怒っていますよ。とにかく今日中には、必ず撤去するつもりらしいんです!』
「…………」
『悠人先輩、聞いてますか!? どうか弟さんと妹さんを連れて、さっさと帰ってきてください! じゃないとこいつら、その二人についてこっち側に残るって言い出してるんですよ! やばいでしょ!? だから、お願いですから……』
橋本の訴えが途切れないうちに、通話が唐突に切れた。悠人は怪訝そうに画面を覗き込んだが、電源ボタンをいくら押しても反応はない。昨夜、充電を怠ったせいで、肝心なところでバッテリーが尽きてしまったようだった。
悠人はスマホをポケットに押し込み、再びバケットリストに視線を落とした。さっきまで何かをしようとしていたはずだが、それが何だったのか思い出せない。記憶を辿ろうと頭を捻っていると、蒼大の声が静かに割り込んできた。
「……じゃあ、ちょうどよかったじゃん。せっかくだし」
蒼大はそう言うと、バケットリストの項目をゆっくりと読み上げ始めた。悠人は無意識に、彼に見えやすいようメモを傾けた。
「二番目が、メリーゴーランドか。……ちょうど、あそこにある」
蒼大の指さす先に、それはあった。彼は芽生に向き直り、促すように言った。
「芽生、あれに乗ってよ」
「えっ?」芽生はあからさまに拒絶した。「嫌だよ! 私たち、今警察に追われてるんだよ?」
悠人もそう思った。だが、考え直してみれば、それは決して悪くない提案のように思えた。いや、むしろ今すべき唯一のことにさえ思えてきた。
「……いいんじゃないかな」悠人は頷いた。「うん、俺もいいと思う。芽生、乗ってこいよ」
「悠人兄ちゃんまで……」
「いや、ちょうどすぐそこにあるんだし」
「そうだよ」蒼大も畳みかける。「せっかくお金払って入ったんだ。もったいないだろ。乗れよ、芽生」
「……」
芽生は、自分を真っ直ぐに見つめる二人の兄をしばらく見返し、やがて降参したように肩をすくめた。
「……わかったわよ。乗る。乗るから……お兄ちゃんたちも一緒に乗って」
「えっ? それは嫌だ」
「俺もそれは、ちょっと……」
蒼大と悠人が相次いで拒むと、芽生は地団駄を踏んで抗議した。
「一人じゃ面白くないでしょ! ねえ、早く。木馬の横に、ベンチみたいな席もついてるから。お兄ちゃんたちはあれに座ればいいじゃん」
蒼大は不承不承といった顔をしていたが、結局は芽生の後をついて歩き出した。悠人もそれに続く。
三人はメリーゴーランドへととぼとぼと歩み寄り、列の最後尾に並んだ。幸い待ち時間は短く、すぐに自分たちの順番が巡ってきた。




