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父は吐き捨てるように言った。
「この子たちが来てあんたの酒が減ったようだから、しばらく放っておいてやろうと思ったが……。これなら、酔っていた方がまだマシだった。頼むから、現実逃避はいい加減にしてくれ!」
父が声を荒らげると、母は高く乾いた笑い声を上げた。
「現実逃避? あんたがそれを言う資格があると思ってるの?」
「……なんだと?」
「あんたこそ、わざと仕事を増やして、ずっと家から逃げ回っているじゃない」
「……」
「私が知らないとでも思ってた? 蒼大と芽生が亡くなった後、あんた、長期出張の多い部署に移ったでしょ。出張がない時だってそう。昇進のためだなんだと口実を作って、週末まで働く。最近は徹夜まで……。そんなに家にいたくなかった?」
「それはお前だって同じだろう! 特にすることもないくせに、毎日どこをほっつき歩いてるんだ。あの時だってそうだ。あの日、お前が家にさえいたら、あんな事には……」
怒りに任せて口走った直後、言い過ぎたと思ったのか、父は一歩遅れて言葉を飲み込んだ。しかし、母の顔は見る見るうちに怒りで赤く染まっていった。
「今、あの日のことを……」母が絞り出すように言った。「私のせいにした?」
「……責任がないとは、言えないだろ」
「だったら、あんたこそあの時、どこで何をしていたのよ!」
母が激昂し叫ぶと、見かねた悠人が割って入った。
「母さん、父さん。喧嘩はやめて……」
しかし母は止まらなかった。さらに声を張り上げる。
「少なくとも、あんたが車で送ってくれてさえいたら、あんな事故は起きなかった!」
「知っていれば当然そうしたさ! だけど子供たちが内緒で行こうとしたから、あんな結果になったんじゃないか」
「そうよ、よく知ってるじゃない。親に黙って出かけようとする子供を、どうやって止めろって言うの? それに私はあの日、一週間前から約束があるって伝えていたよね。私は家にいないから、代わりに子供たちと一緒にいてくれって、あんたにちゃんと頼んだはずよ。覚えてないの?」
悠人は、二人を止めるのを諦めた。どうやら二人は今、あの日以来七年間、一度も触れることのなかった「過去」を初めてぶつけ合っているようだった。悠人は沈黙して、そのやり取りを観覧することにした。
「……覚えてない」
父が自信なげに呟くと、母がすぐさま畳みかける。
「私ははっきり覚えてる。あんたがどんな言い訳をして家を出たかも、全部。『子供たちももう大きくなったんだから、週末までべったり面倒を見る必要はない』って、あんた、そう言ったのよ。そうして、朝早くからゴルフに出かけた」
「……それがどうした。俺のせいだと言いたいのか」
「私は、あの日の外出を一週間前から知らせていた。それなのに、あんたは当日の朝、いきなりゴルフの約束を優先して、私に一言の相談もなく出て行った。違う?」
「部長の呼び出しだったんだ、俺だって断れなかったんだよ!」
「……それが、言い訳になると思ってるの?」
悠人はついに、こらえきれずに頭を下げた。質の悪いコントを見せられているような気分だった。失笑が漏れそうになるのを必死で噛み殺したが、その拍子に噛んだ下唇から、微かな血の味が滲んだ。
「いつも仕事、仕事、仕事……」
母の糾弾は続いた。
「いつも家族より会社が最優先。そんなあんたが、私の言うことを信じてくれるなんて……最初から期待なんてしてない」
「わかった。もういい。遺伝子検査でも何でも、勝手にすればいいじゃないか」
父が投げやりな様子で背を向けると、母はその背中に向けて冷淡な言葉を突きつけた。
「……いいえ、もういいわ。私たち、離婚しましょう」
父が、心底うんざりしたように振り返る。
「なんで急にそうなるんだ」
「あんたが信じてくれないからよ。私はこの子たちと……蒼大と芽生と一緒に暮らすわ」
「どうやってだ。養子縁組でもするつもりか」
「そうよ」
父は鼻でせせら笑うと、内ポケットから煙草の箱を取り出した。だが火を点けることもせず、淡々と言葉を継いだ。
「……じゃあ、悠人はどうするんだ」
「悠人は、あんたが育てればいいわ」
「……は?」
蒼大の呆然とした声が割り込み、悠人はそちらに目を向けた。両親の争いのせいで、彼という存在を忘れていた。とにかく、蒼大は怒りを感じているようだった。
蒼大に続き、芽生も食ってかかる。
「それ、どういう意味ですか。悠人兄ちゃんは、いらないってこと?」
「あなたたちは、ちょっと……」
母は額を指で押さえ、苛立ちを堪えるような口調で言った。
「少し黙っていてくれる? 今、お父さんと話を付けてるんだから」
「いや、おかしいだろ」蒼大が食い下がる。「僕たちの話なんだ。なのになんで勝手に決めてるんだよ」
「ちょっと、おばさん」芽生も加勢した。「さっきの言葉、何なんですか。いくら私たちが戻ってきたからって、ひどすぎるじゃん。ずっと生きていた一人の子供は、眼中にもないんですか!」
「お前らは黙って出て行け!」父が二人に向かって怒鳴りつけた。「もうお前らには関係のないことだ。今すぐ出て行け!」
「関係ないわけないでしょ! この子たちは本当に蒼大と芽生なんだから!」
「だから、悠人兄ちゃんはどうなるんだよ! 同じ息子じゃないのかよ!」
四人が興奮し、罵声を浴びせ合う光景を、悠人は非常に落ち着いた心地で眺めていた。皆、言いたいことがたくさんあるようだったが、その言葉の一つひとつがもう悠人の心には届かなかった。彼らの声は、獣の遠吠えのように形を失ったまま、ただ耳元を通り過ぎていくだけだった。
悠人は、ふと気づいた。昨夜眠れなかったのは、自分や父だけではない。母も、蒼大も、芽生も、一睡もできなかったに違いない。そのせいで今は皆、神経が尖っているだけなのだ。この山さえ乗り越えれば、またあの和気あいあいとした関係に戻れるはずだ。
タイミングが悪かっただけだ。
悠人は自分の過ちを認め、残り少ない忍耐力を振り絞って、この泥沼を打開する方法を探し始めた。だが、リビングの喧騒が五月蝿すぎて、どうしても思考に集中できない。
「ちょっと……」悠人は片手を上げた。「皆、静かに……頼むから……」
しかし、騒ぎは収まる気配を見せない。とうとう、張り詰めていたギターの弦が弾けるような音が、悠人の脳裏を打ち抜いた。
「うるさい!!」
悠人の絶叫が、リビングに響き渡った。




