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「……というわけで。お前にも協力してほしくて、ここに来たわけ」
蒼大側の蓮が語り終えると、悠人側の蓮はゆっくりと腕を組み、口を開いた。
「あらすじは、ひとまず把握したけど……。協力って、具体的に何をすればいいの?」
「俺たち二人が、蒼大と芽生を無事に連れ帰れるように助けてほしい」
「どうやって?」
「それはこれから考える。お前はこの次元がベースなんだから、俺たちよりはずっと自由に動けるはずだろ?」
「うーん……」
悠人側の蓮はしばらく考え込んだ後、そっけなく答えた。
「……正直、あんまり気が乗らないね。俺はパスさせてもらうよ」
「なんでだよ!」
「だって、お前ら二人だけでも十分だろ。わざわざ俺まで加わる必要あるか?」
「お前……」
芽生側の蓮が、軽蔑を隠そうともしない口調で言った。
「妹や弟が残ろうが帰ろうが自分には関係ない、どっちみち自分は損をしないからってことか?」
「……まあ、そういうこと」
悠人側の蓮は潔く認めた。
「俺には、これといった動機がないんだよな。でも、お前たちの気持ちがわからないわけでもないから、邪魔もしない。だから俺抜きで、後は二人で勝手にやってくれ」
「そうか。じゃあ、仕方ない」
芽生側の蓮は短く頷くと、そのままベッドから立ち上がった。悠人側の蓮は、また彼が殴りかかってくるのかと身構えたが、芽生側の蓮は飛びついたりはしなかった。ただ、蒼大側の蓮に向かって、一言だけ投げた。
「出ようぜ」
「えっ?」蒼大側が慌てて聞き返す。「こんなに早く?」
「もともと一時的に避難しに来ただけ。こいつに助けてもらおうなんて、最初から間違いだったんだよ」
「じゃ、これからどうするつもりなんだ?」
「俺たち二人でやるしかないだろ」
「……ひとつ訊いてもいいか?」
部屋を出ようとする二人に向けて、悠人側の蓮が問いかけた。
「今の状況は、弟と妹が帰りたがっているのに、悠人先輩だけが頑なに反対している……ってことでいいのか?」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、もし。もしその二人も、帰りたくないって言い出したら?」
「その時は……」芽生側の蓮が答えた。「無理矢理にでも連れて行く。武力を行使してでも」
「……それは、反対だな」
悠人側の蓮は、首を傾げながら言った。
「あいつらが、結局この次元に残ることを選んだのなら、それを尊重すべきなんじゃない? お前たちが、本当の意味であいつらのことを想っているのなら」
「……」
芽生側の蓮は不機嫌そうに顔を背けると、再びベッドに腰を下ろした。
「本当に想っているからこそ、」
彼は噛み締めるように言った。
「今、あいつらを現実に戻してやろうとしてるんだ。いくら一緒に暮らせるようになったって、あいつらにとってここは結局、偽物の世界じゃん。この世界の『佐々木蒼大』と『佐々木芽生』は、間違いなく死んだんだからさ」
「じゃあ、どこからが偽物で、どこまでが本物ってわけ?」
悠人側の蓮が反論する。
「科学的に見れば、あいつらは物理的にも遺伝子的にも、疑いようのない本人だよ。身分証明とか面倒な問題はあるだろうけど、死んだ人間が帰ってきた奇跡に比べれば些細なことだろ? ……すべてが揃ったんだ。事故で取り返しのつかない傷を負った家族が、非現実的な現象によって奇跡的に回復した。それの何が悪いのさ」
「じゃ、記憶はどうする?」
蒼大側の蓮が割って入った。
「事故は、どちらの次元でも起きた既成事実だ。その時の記憶は、三人の中に一生消えずに残る。……非現実的な現象で再会した兄妹を前にして、両親は一体どんな想いで過ごすと思う? ふとした瞬間に思い出してしまうだろう?あの『事実』を。目の前の二人は、本来は死んでいるはずなんだってことをよ。……つまり、『生きている死人』を見守り続けなきゃならない矛盾に、日常的に晒されることになるんだぜ」
「……」
「それは奇跡なんて呼べるものじゃない。――一種の呪いだとは思わないか?」
悠人側の蓮は頷かなかったが、その瞳には微かな揺らぎが生じていた。彼自身、心のどこかで同じことを危惧していたからだ。
「……それでも、」悠人側の蓮は言った。「俺は彼らの選択を支持する。やっぱり、三人で一緒にいられることのほうが、価値が大きいと思う」
「難しいな……」蒼大側の蓮が後頭部を掻いた。「同じ橋本蓮のはずなのに、なかなか意見が合わない」
「同感だよ」
「置かれた環境が違うからな」芽生側の蓮が言った。「お前だって、もし俺や次男の方の立場だったら、俺たちと同じ意見だったかもしれない。逆に俺だって、失うものがない環境だったら、お前のようなスタンスだったかもしれない」
「……かもな」
「だから、俺はこの世界の俺が何を言おうと、意志を曲げるつもりはない」
芽生側の蓮は、語気を強めて言い放った。
「もし、どうしても芽生がここに残るって言うなら――俺もこの世界に残る」
「はあ!?!?」
悠人側と蒼大側の蓮が同時に目を見開くと、芽生側の蓮は決然とした表情で言葉を継いだ。
「……俺は本気だよ。芽生のためなら、命を懸けることだって厭わない。別の次元に移り住むくらいのリスク、いくらでも引き受けてやる」
「参ったな……」
悠人側の蓮は腕を組み、皮肉めいた苦笑を浮かべた。
「これは不味い。こいつは本気だ。絶対本気だよ」
「言っただろ。やる気満々だって」
「こうなったら、まあ、仕方ない」
悠人側はついに、お手上げだと言わんばかりに両手を挙げてみせた。
「わかったよ。俺も協力する」
「……本当か?」
「ああ。俺の世界に『俺』が二人もいるなんて事態は、何としても避けたいからな」
「そうこなくっちゃ」芽生側が得意げに笑う。「やっぱ自分のこととなると態度がガラッと変わるよな。なんて打算的な奴なんだ」
「お前……」蒼大側が呆れたように呟いた。「その言葉、そっくりそのまま自分に返ってるぞ」
こうして奇妙な「独り言」の応酬を終えた橋本たちは、その日はひとまず家で待機することにした。
やがて両親が帰宅したが、幸い息子の部屋に立ち入ることはなく、無事に一晩を過ごすことができた。とはいえ、声を出しすぎて露見するのを恐れ、雑談は最低限に留められた。三者三様の思惑を抱えたまま、夜は静かに更けていった。




