6の魔法 ネコさんの言うことにゃ
☆
「──あのぅ、もしもし」
であるからして。
「そこの可愛らしいお嬢さん」
「はァいなんでしょうかっ♪」
不意にかけられた声に私が満面の笑顔で応えたのは、当然のことと言えた。
振り返ってから気づく。
誰も……いない。
……あれ?
今、声かけられたよね?
気のせい?
いや確かに聞こえた。呼ばれたはず。
でも誰もいない。影も形もない。
どうなってるんだ。
まさか透明人間ってわけでもあるまい。あるいは幽霊とか妖怪とかそういう──
「あぁ、こっちですこっち」
もう一度声がした。……やや下の方から。
視線を落とす。
一匹のネコが、そこに座っていた。
「先程は……どうもありがとうございました」
ぺこり、と可愛らしく頭を下げる。
なんだネコか。道理で見えなかったはずだ。
単なる私のカン違いである。よかった魑魅魍魎の類でなくって。
「本当に助かりました」
言われて気がついた。
あぁ。この子──さっきのネコだ。
悪夢のタネから私が助けた。何かの紋章みたいなものがついた、このちょっと変わった首輪に見覚えがある。
「ありがとうございます」
「いやいやそんなそんな」
ちょっと照れくさく頭をかく。
まぁ結果として悪夢のタネやらトラックやらから助けた形にはなったんだけど、言っちゃえばあれは私の極めて個人的な都合でもあったわけで、改まってお礼を言われるような大したことでは──
などと思いかけて、
次の瞬間。私の表情は固まった。
このネコ……
今、しゃべった──?
「?ボクの顔に何かついていますか?」
「あ、いや……そういうことじゃなくて」
ネコはしゃべらない。
普通は、人間と会話したりはしない。
いや。私だってこの1年間、魔法少女をやってきた身だ。もちろん今さらネコが人語を解そうと驚いたりはしない。この世の中には、マンガやアニメでしかあり得ない不思議なことがいくらでもあるのだと、ちゃんと判っている。
問題はそこじゃなく。
大事なのは──
人の言葉を話すネコ。
ネコのようなもの。
それが今、目の前にいる。
しかも私に話しかけている。
それがいったい──何を意味しているか、ということ。
「申し遅れました。ボクの名前はネココと言います」
深々とていねいに一礼すると、ネコらしきものはそう名乗った。
うわ何て安直なネーミングセンス。……なんていつもの私なら呆れたくもなるとこだが、正直今はそれどころじゃない。
何か……イヤな予感がする。
とても。
「あ、どうも。で……そのネコさんがまだ私に何か用事でも」
「ネココです。実は──ボクは、ネコじゃないんです。花咲きの王国フローラリアからこの人間界にやってきた、花妖精なんです」
かなりイヤな予感がする。
「………で」
「ボクたちの国フローラリアは今、滅びの危機を迎えています。全ての草花と人々の心を枯らしてしまう、花枯れの悪魔ヒカラヴィルゾが復活してしまいました。この恐ろしい怪物と花枯れの使徒たちによって──」
ものすごくイヤな予感がする。
「この人間界ヒュマーノのどこかに、決して枯れることのない永遠の希望の花エタナリスが咲いていると言われています。これを探し出すことこそがボクたちの──」
とてつもなくイヤな予感がする。
「ですが、花枯れの使徒たちはこのヒュマーノにも目をつけてしまいました。この世界にも、大きな危機が迫っているんです。それに対抗する方法はただ1つしか──」
とんでもなく、
壊滅的に、絶対的に、
イヤな予感がするんですけど。
とてもとてもとても。
聞いたことあるような話なんですけど。
アニメとか、
マンガとかゲームとか、
あるいは──そう、
ちょうど1年くらい前に、
この耳で実際に。
「……えぇと」
まさか。
まさかそんなこと。
あるはずない。
私は恐る恐る尋ねてみる。
「要するに……私に何かお願いがあるとか?」
「はい!」
ネコは力強くうなずいた。
「一目見てボクは確信しました。あなたしかいない──と」
イヤな予感が、
想像を絶する巨大さになる。
まさか──
「──お願いします。どうか、世界を救う伝説の魔法天使となって、ボクたちといっしょに戦ってはもらえませんか?」
ドガシャ━━ンッ!!!!
雷鳴が轟いた。
私の頭の中に。
そして直撃した。
私の全身を。
「ボクを助けてくれたあなたのような心優しい人こそ、魔法天使にふさわし──ちょっと。何て顔してるんですかあなたっ」
この時、私がどんな顔をしていたのか。
もはや想像もしたくない。
まぁたぶん……この世の終わり、みたいな顔をしていたんだとは思う。
………………なぜ?
どうして。
どうしてこうなるっ!?
それはつまり、
魔法少女ってことでしょうがっ!!!
……今だぞ今。
ほんのついさっき。
長い長い戦いにようやく、ようやっと終止符を打って、自由の身と輝ける未来を手に入れたばかりだっていうのに。
その舌の根も乾かないうちに。
何だこのとんでもデスティニーは。
どうなってるんだ私の人生は。
いるだろ魔法少女やらせるのにふさわしい人間なんて、この世界にいくらだってっ。
ちゃんと歳相応の小さな女の子が、
ガチな少女が星の数ほどいるだろっ。
何で。
どうして。
何が悲しくて毎度毎度私のとこへ来るんだお前らはっっ!
阿呆かっっ!
アホっっ!!
大声で叫びたかった。
が……極めて残念なことに、そうもいかない。
あるからだ。今回ばかりははっきりと。
心当たりって奴が。
あぁ……そうか。
助けたから、か。
さっきうっかり、私がこいつを助けてなんかしまったからか。悪夢の魔の手から。
命の恩人っぽいものになってしまったから。
心優しい、
正義の少女になってしまったから。
だから──選ばれたのか。
「あのぅ……どうかなさいましたか」
「えぇまぁその。何というか」
まさかだった。
あれがマズかったとは。
あんな所にこんな恐ろしいトラップが仕掛けられていようとは。そりゃ引っかかるって。判るわけないじゃないかそんなもん。
確かに、私の極めて個人的な都合のために勝手に魔法を使ったりしたのは事実だけど。
私が悪いっちゃ悪い気もしないではないけども。
だからって、バチが当たるにしたってあんまりじゃないですかっ。ひどいじゃないですかっ。
もう少し手心とか加えてくれたって良さそうなものじゃないのかいっ。
そうでしょ魔法の神様っ!
このネコ妖精はお礼に来たつもりなのかもしれない。けど、
こういうのはお礼とは言わない。
こういう所業は普通、
“お礼参り”って呼ぶのである。
何をしたってんだ。
私が、何をしたってんだ。
いやまぁ……したんだけど。
いろいろと。
人生の最高潮にあったはずの私は、一瞬にして地獄の底まで転げ落ちた。
つくづくホントにもう……
キライである。
大キライである。
魔法少女なんか、大キライだ私は。




