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5の魔法 さよならランドセル


          ☆



 もはや一刻の猶予もなかった。


「あの時もキミは──」

「ごめんプルルっ」

 彼の長い想い出語りをさえぎるように私はそう放つと、急ぎ手を伸ばす。


 目の前の、赤いランドセル。

 そこに刺さったリコーダー──メロディアステッキ。そいつをつかんで、引っこ抜く。


 かなり危険だ。けど──

 たぶんこれしかない。

 最後の手段だ。



「ミルメルミルキー!」



 高らかに叫んでステッキを振りかざす。

 瞬間、キラリンッと星色の光がその先端から放たれた。

 目標に向かってまっすぐ飛んでいく。


 基本的に、魔法少女としての力は変身してからでないと使えない。けど、これでも私だって1年間、魔法少女をやってきた。

 ステッキひとつあれば、ごく簡単な魔法くらいは撃つことができる。

 タネを吹っ飛ばすくらいならば。

 わけもない。


 問題は──目に見えてはっきりと、行動を起こしてしまったということ。

 プルルだって当然気づく。

 何事かと振り返るに違いない。


 これは賭けだ。

 極めてリスキーな。


 プルルが事態に気づくのが先か。

 私の魔法がタネをぶっ飛ばすのが先か。

 どちらが速いか。

 スピードの勝負。


 もちろん……うっかり的を外したりすれば、それだけでもうアウトである。


 魔法少女ミルキールリィが願う。


 私の魔法よ──

 最後の奇跡を、起こせっ!



 キラキラキラリンッ



 魔法の光は──途中で2つに分裂した。


 失敗?──いや。


 狙い通り。



 パシュッ!



 小さな光が悪夢のタネに直撃した。

 タネは一瞬にして弾け飛び、消滅する。


 そしてもう1つ。大きな方の光は……


 ──ネコに。


 パッ

 こちらも見事に命中する。


 その身体を魔法の光でふわり包む。

 そのまま静かに浮かび上がらせ……少しばかり離れたポイントヘ。ゆっくりと着地する。



 どうだ──?



「ルリちゃん……」

 プルルが目を丸くして、私を見ていた。


「キミは──」

「あ……いやほらそのあの」

 あわててバタバタしながら口にする。

「ネコ。──ほらネコがね?」

 露骨なくらいあからさまなポーズで土手上のネコを指し示してみせながら。

「トラックにその……危なかったもんだから」


 かなり言い訳じみた私の台詞とほぼ同タイミングで、ブオオオン、と音を響かせながら、1台の大型トラックが土手の道を通り過ぎていった。

 トラックもちゃんと来てはいた。

 嘘はついていない。一応。


「……まったくもう」

 軽く息をついてプルル。


 魔法の光は2つに分かれた。

 より大きく、後まで残っていたのはネコを包んだ方のそれだ。

 プルルが気づいて振り返っていたとして……とっさに目についたのはそっちだったはず。


「キミって奴は本当に──」


 もう1つの光に、

 悪夢のタネの存在に、

 私がそれをぶっ飛ばしたって事実に、

 気づいた──か?


「最後までこんな調子で……ボクがいなくなってからも、本当に大丈夫なのかい?ボクは心配だよ」

「あ、あははは。そ、そうだよね」

 頭をかいて笑ってみせる。


 ………………


 気づかれて……ないっぽい?


「でも──」

 プルルを見る。ちょっと真面目な顔に戻って、私はそう言った。

「それでも、ガンバらなくちゃ」


 成功か?

 うまくいったのか?


「いつまでも、魔法にばっかり頼りっぱなしってわけには、いかないもんね」


 バレてないですか?


「私だって──子供じゃないんだから」


 プルルをまっすぐ見つめて、微笑む。

 彼も私をじっと見る。

 そして──


「うん」とプルルはうなずいた。


「まぁ……子供にしか見えないけどね」

「あぁもうまた。それは禁句だってのに。私が気にしてるの知ってるでしょっ」

「そうだった。ゴメンゴメン」

「まったくプルルはもうっ」

 あははは、と笑い合う。



 ……バレてない。

 バレてないっぽいぞ。


 大丈夫。うまくいった!

 やった!


 よっしゃあ━━っ!



 しかも……アレだ。何だか話の流れ的にもキレイにまとまったっぽい感じがしないか。

 かなりいい雰囲気なんじゃない?

 アニメの最終回としては。


 いつ果てるともなくダラダラと続いていたプルルの想い出語りも、今の一連の騒動で水を差されて止まったみたいだし。


 これは……

 ひょっとすると……

 大成功、という奴なのでは。


 全てがまるっとキレイに収まったのでは。


 やった!


 すごいぞ私。偉いぞ私。

 さすがは魔法少女だ!



「じゃあ──ボクはそろそろ行かなくちゃ」

 プルルは改めてそう言った。


「今度こそ本当に……お別れだ」

「……うん」

 これでもう何度めかになる、待望の一言。


 今度こそ本当に。

 その言葉が真実であることを、

 切に願う。


「ルリちゃんを魔法少女に選んで、本当によかった」

「……そうかな」

 照れくさそうに笑ってみせる。

「本当にそう……だったら嬉しいな」

「自信を持ってそう言えるよ。今なら」

 彼は大きくうなずいた。

 真面目なプルルのことだ。きっと……嘘じゃないんだろうなと思う。


「でも正直言うと、最初はそうじゃなかったんだよ。キミと出会ったあの日──」

「──私──」


 マズい。


 ヘタをするとここからまた新たな長い想い出語りがスタートしかねない。

 その予感を察知した私は、彼が語り始める言葉をさえぎるように先手を打って口を開いた。



「──忘れないから」



 止める。

 今度こそ──ここで。


「プルルのこと。──絶対に」


 ちょっぴり涙ぐむ。涙ぐんでみせる。

 でも精一杯の笑顔で。

 まっすぐに、プルルを見つめる。



「──ボクもだよ」

 プルルは答えた。

「絶対に忘れるもんか」



 そのまま……しばし見つめ合う。


 言葉がなくたって心と心とで通じ合う、

 2人だけの時間。


 ──あるいは、

 これ以上余計なことは何も言ってくれるなという、私からの無言のプレッシャー。



「また……会えるかな」

「さぁ。どうだろう……判らないよ」

 涙の私にプルルは言う。

 こういう時、無責任に「きっと会えるよ」などと言わない辺りが彼らしい。やっぱりどこまでも真面目な奴だ。

 いい奴なんだよね。本当に。


「でも──」

 と言う。

「いつかまた……会えたらいいね」


「……うん」

 私はうなずく。


 会いたくないけど。


 正直できることならば……二度と会わずに済むのがベストに違いないのだけれど。

 もちろん言わない。


 穏やかな時が、流れていた。



「──じゃあね」



 プルルは言った。


 ぬいぐるみみたいなその身体が、

 目の前の赤いランドセルが、

 静かに浮かび上がる。


 音もなく、その背後に丸い穴──魔法のゲートのようなものが開いた。

 吸い込まれるように……

 ゆっくりとその中へと、沈んでいく。


 バッ、と私は手を広げた。

 大きく振る。


 さよなら、とは言わない。

 またね、とも言わない。

 いいからさぁとっとと帰ってくれ、とももちろんわざわざ言わない。


 いろいろとひっくるめた、

 無言のバイバイ。



 プルルが私を見た。

 その口が開いて、最後に──


 何か言った。


 光に包まれる。

 大きく弾けるように。

 そして──



 彼らは消えていた。


 そこにはもう、何もなかった。




 何もない、ただの虚空となったそこを、私はしばし見つめる。


 さらにしばし見つめやる。


 さらにしばらく見つめる。

 もう少し待つ。


 もうちょっとだけ待ってみる。


 ………………


 消えた。


 消えた。帰った。いなくなった。

 本当に?

 大丈夫か?本当に消えたか?

 戻ってこないか?


 本当の本当に、大丈夫か?


 ……………………


 何の変化もない。

 特に変わった様子もない。


 消えた。

 間違いない。消えた。いなくなった。



 プルルは、魔法の国に帰った。



 よぉぉぉっっ…………

 しゃああぁぁぁ━━━っっ!!!!



 昔、何かで見たマンガの一場面のように、私は力強い拳を高々と天に突き上げた。


 やった!

 やったぞ!やったー!


 プルルは帰った。いなくなった。

 忌まわしきランドセルも消え失せた。

 もう戻ってこない。

 間違いない。もう大丈夫。


 終わった!今度こそ終わった!

 確実!絶対に!


 私の平和な日常が、

 ごく普通の日々が、

 小学生じゃない世界が、

 この手に戻ってきたのだ!


 よっしゃああぁ━━っ!

 バンザ━━イっ!



 プルルは……最後に何か言った。


 ──ありがとう。


 そんな風に言ったように見えた。


 こちらこそだ。ありがとう!


 今までありがとうプルル。

 いろいろあったけど──本当にいろいろあったけれど、君は最高のパートナーだった。

 素晴らしい友達だった。


 そして本当にありがとう。

 ちゃんと帰ってくれて。


 君のことは忘れない。


 あの言葉はウソじゃない。

 絶対に忘れない。忘れられるものか。忘れてなんかやらないとも。

 いい意味でも悪い意味でも、

 忘れないよ。


 楽しい日々だった。

 素晴らしい時間だった。


 そう。たった今──

 全ては、想い出になった。


 過去の物語となった。



 終わったのだ。

 全部、終わったのだ。


 さよなら、魔法のランドセル。

 さよなら、魔法少女ミルキールリィ。


 そしてようこそ!

 希望に満ちあふれた、私の未来!



 まさしく私は──幸せの絶頂にあった。


 世界は希望に満ちている。

 私の人生はハッピーでワンダフルだ。





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