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ここで生き続ける

「お姉ちゃん……紗弥お姉ちゃん(・・・・・・・)……!」


「……っ、やっとその名前で呼んでくれた」


 紗弥お姉ちゃんはそう囁くと、泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれた。


 ずっと、その名前を口にするのが怖かった。この名前を口にしてしまったら、紗綾お姉ちゃんの死を、この世にいないという現実を受け入れなければいけなくなる。だからずっと逃げてきた。


 でも、もういいよね。私、強くなってもいいよね。紗綾お姉ちゃんの死も、紗弥お姉ちゃんも、受け入れていいよね。私、幸せになってもいいよね。ねえ、紗綾お姉ちゃん。


「大嫌い、言って、ごめん、なさい……っ。ほんとは、紗弥お姉ちゃん、大好き……っ」


「うん。私も真綾のこと大好きだよ」


「今まで、傷付けて、ばっか、ごめ……っ」


「だーかーらー、傷付いてないってば。昔も、今も、きっとこの先も、真綾のお姉ちゃんでいられれば、私はずっと幸せだから」


「ずっと、支えて、くれて。守って、くれて、ありがとう……ありがとう……っ」


「……うん」


 紗弥お姉ちゃんに出会えて良かった。紗綾お姉ちゃんに似た人が、こんなに優しくて温かい人で良かった。


 たぶん、奇跡を感じてるのは私の方。もしかしたら、紗綾お姉ちゃんが紗弥お姉ちゃんと私を引き合わせてくれたのかもしれない。紗綾お姉ちゃんは、いつだって私を心配してくれて、そして守ってくれていたから。


 私の涙が潮風に乗って、星空の海に溶けていく。紗弥お姉ちゃんの腕の中は温かくて、いつまでもこうしていたいと思った。


「真綾、そろそろ泣き止んで。さすがに真冬の海は寒い」


「やだ。まだくっついてる」


「理央ちゃんと花凛ちゃんに怒られるよ?」


「やだー。まだこうしてるのー」


「子どもか。甘えん坊は誰ですかー?」


「はーい、真綾でーす」


 わざわざ手を挙げてそう答える。すると、紗弥お姉ちゃんは参ったという風に苦笑した。本当に嫌なら、もうとっくに引き剥がされている。だから、紗弥お姉ちゃんも嫌じゃないんだということにして、今日くらいは甘えよう。


「紗綾さんも、真綾のお守り大変だったんだろうなぁ」


「そんなことないよ」


「お前が言うな」


「だって、紗綾お姉ちゃん私よりアクティブだったから。親も私もけっこう連れ回されたよ。この場所だって、夜に星見たいって紗綾お姉ちゃんが言ったから、お父さんとお母さんがここに連れてきてくれたんだし」


「へえ、すごいね。私とは正反対だ」


 そう、ちゃんと距離を置いて落ち着いて考えてみれば、顔は似ているけど、紗綾お姉ちゃんと紗弥お姉ちゃんは中身が全然違う。それでも、私に甘く、とても優しいところはそっくりだった。


「そういえば、どうしてこの場所がわかったの? 私、紗弥お姉ちゃんにここ教えたことないよね?」


「ああ、それね。実は引っ越しの準備してる時に、偶然紗綾さんの夏休みの絵日記見つけちゃってさ。そこにここのことが書いてあったんだ。真綾と一緒に星空を見た、きらきら星を歌いあったって」


「そうだったんだ」


「怯える真綾を勇気づけるために、きらきら星歌って。真綾が歌ってくれたきらきら星で元気もらったって。だから、私もパクっちゃった」


 紗弥お姉ちゃんはそう言うと、ぺろっと舌を出して笑った。ああ、そうか。だから私が歌えなくなった時、きらきら星を歌ってくれたのか。


「マチモンで歌を歌うとね、十二歳のままの紗綾お姉ちゃんが、笑顔で拍手してくれるの。良かったよ、上手だねって」


「良かったじゃん。紗綾さんも真綾の歌大好きって証拠じゃん」


「前は、そんな紗綾お姉ちゃんに会いたくて歌ってた。でも最近はちょっと違くて。紗綾お姉ちゃんにも会いたいけど、私達の歌を聴いてくれる人達を笑顔にしたいとも思うようになった」


「いいんじゃない?」


「いいのかな? もしこのまま歌い続けてたら、いつか紗綾お姉ちゃんのこと忘れていっちゃうんじゃないかって、思い出せなくなるんじゃないかって、そう思ったら怖いの」


 紗綾お姉ちゃんが事故に遭って間もない頃は、紗綾お姉ちゃんのことしか考えられなかった。忘れる日なんて一日もなかったのに。


 Marching Little Monsterができてから、三人で音楽をするようになってから、紗綾お姉ちゃんのことより歌のことを考える時間が増えていった。どうしたら聴いてくれる人達が喜んでくれるか、笑顔になってくれるか、そう考えることが紗綾お姉ちゃんを想う時間より長くなっていった。


 でも、それでいいんだろうか。私は、紗綾お姉ちゃんのことは忘れたくないのに。いつか思い出せなくなるんじゃないか、それが怖い。


 思わず紗弥お姉ちゃんの制服を握りしめる。すると、紗弥お姉ちゃんは「バーカ」と言って私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「人間は忘れていく生き物だから。どうしても長く生きれば、記憶が薄まっていくのは仕方ないんだよ。でもさ、真綾が歌えば紗綾さんは姿を現わしてくれるんでしょ? だったら、あんたが歌い続ける限り、あんたは紗綾さんを忘れることはない。ずっと真綾のここで生き続ける」


 紗弥お姉ちゃんはそう言うと、私の胸を指さした。


「ここで……生き続ける」


 思わず胸を握りしめる。どうしてだろう、紗弥お姉ちゃんにそう言われると、不思議とここに紗綾お姉ちゃんがいる気がして温かく感じた。元気出たよ、という紗綾お姉ちゃんの声が聞こえる気がする。なんだかそれが嬉しかった。


「私、歌うよ。理央ちゃんと、花凛ちゃんと、Marching Little Monsterとして歌い続ける」


「いいんじゃない? 私は応援するよ」


「ありがとう」


 嬉しいような、少し恥ずかしいような、こそばゆい気持ち。でも、またこんな風に笑える自分に戻れて良かった。紗弥お姉ちゃんが私のお姉ちゃんになってくれて、本当に良かった。


「ほら、そろそろ理央ちゃん達の所へ行くよ。こんな寒い中これ以上待たせたら、理央ちゃんに風邪ひかす気かって怒鳴られる」


「あ、私お母さんに連絡してないや。無断でこんな遅くまで出歩いてて怒ってないかな」


「親にはここ来る前に連絡入れといた。ついでに迎えに来てって。だから、そろそろ車が来るんじゃない?」


「紗弥お姉ちゃんすごい。仕事できる人みたい」


「これくらいはできるっつの。ほら、行くよ」


 そう言って、紗弥お姉ちゃんが右手を差し出す。私は「うん」と頷いて、その温かい手を握った。


 その翌日。私は紗綾お姉ちゃんが事故に遭ってから初めて、仏壇にいる紗綾お姉ちゃんに手を合わせた。私もやると、手を挙げてくれた紗弥お姉ちゃんと一緒に。


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