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解散なんて、してやんないよ

「真綾」


「お姉ちゃんっ?」


 その声かけに、私は反射的に振り返る。しかし、そこにいたのはお姉ちゃんではなく、理央ちゃんと花凛ちゃんだった。


「本当にここにいた」


「紗弥さんの言った通りだね」


「どうしてここが?」


「紗弥さんに聞いたの。落ち込んだ時、真綾が行きそうな場所を。たぶんここだろうって」


「お姉ちゃんが……」


 どうして知っていたんだろう。子どもの頃、紗綾お姉ちゃんと一緒に星空を見た、この思い出の場所を。


「綺麗だね」


「本当。良い場所」


 町と小さな島とを結ぶ長い橋。その入り口付近に設けられた小さな展望台。遮る物が一切なく、空と海と橋と島と、すべてが一望できる特等席。吐く息を白くするほど透き通った空気は、夜空に咲き誇る満天の星達をよりくっきりと浮かび上がらせ、その星達は穏やかな海へと溶けていく。海と、そして星の匂い。淡い光に照らされているその橋は、まるでその星空へと繋がっているように見えた。


「紗弥さんから聞いたよ。あんた達姉妹の東京でのこと」


「そっか……」


 それは、お姉ちゃんのことを“さーやさん”ではなく“紗弥さん”と呼んでいる時点で、なんとなく気付いていた。ああ、ついに二人にバレたんだ。


「私、最低でしょ。紗綾お姉ちゃん死なせた挙句、よく似た他人に紗綾お姉ちゃんを押し付けて、ずっと束縛してたの。ただ罪悪感から逃れるために」


 呆れるぐらい最低な自分に、顔を伏せつつ自嘲気味に笑ってみる。二人の顔を見るのが怖かった。


「ひどいよね、ずっと自分のことばっかで。お姉ちゃんは私のためにいろんなことを犠牲にしてきたのに、私はお姉ちゃんのために手放すことができないなんて。そりゃお姉ちゃんも怒るよ、傷付くよ。だからもう、私だけ幸せになっちゃいけない」


 そこまで言って、私は二人を見た。そして、冷たい空気を吸って心を冷やす。


「私、バンドやめる」


 二人の目が大きく見開かれたのがわかった。言葉にしただけで身体が震える。


「これからは、ちゃんとお姉ちゃんを優先する自分でいる。お姉ちゃんのそばにいて、もう絶対傷付けないようにする。それが私の償いだから。でも、そのためには二人から、Marching Little Monsterから離れないといけない。じゃないと、私はすぐそっちに走ってしまう」


「両立はできないの?」


「できない。今の結果がこれだし、私そんなに器用じゃないから」


「私達のこと、怖くなった?」


「うん、怖い。私、理央ちゃんと花凛ちゃんのこと本当に大好きだから。今のこの決意が揺らぎそうで怖い」


「真綾……」


「今のこのどっちつかずな気持ちで、誰かに届ける歌なんて歌えない。本気で音楽と向き合ってる二人に、そんな失礼なことできない。だから、だから私は……っ」


 私が全部を言い終わる前に、突然理央ちゃんと花凛ちゃんが私を抱きしめた。


「解散なんて、してやんないよ」


「え?」


「真綾ちゃんが歌えるようになるまで、私達はずっと待ってる」


「そんな……なんでっ」


「なんでって」


「だって」


『私達三人でMarching Little Monsterでしょ』


 そう言って、二人は私に笑いかけてくれた。いつも三人でいる時と同じように。その温かさが小さな星となり、私の胸にゆっくりと落ちていく。


「正直ね、真綾がバンド組みたいって言ってくれなかったら、私音楽諦めてたかもしれない。バンドなんてもういいやって。でも、あんたがいてくれたから、私は今大好きな音楽を続けることができてる」


「あの時真綾ちゃんがバンドに誘ってくれなかったら、私は変われずにずっと一人のままだった。だからね、真綾ちゃんにはすごく感謝してるの」


「あんたが思うように、私達にとってもマチモンは大切なモノなんだよ」


「だから、真綾ちゃんのいないマチモンなんて、マチモンじゃない」


「二人とも……」


「だから、待つよ。あんたが歌えるようになるまで。歌ってもいいと、そう思えるようになる日まで」


「真綾ちゃんのそばで、ずっと見守っててあげる」


「理央ちゃん……花凛ちゃん……っ」


 二人の気持ちがあまりにも温かくて、痛くて。気付けば、私は二人を思いっきり抱きしめていた。徐々に星空が滲んでいく。


「私の東京での過去、二人に知られるの、ずっと怖かった。引かれるんじゃないか、嫌われるんじゃないかって、ずっとずっと怖かった。だって、理央ちゃんと花凛ちゃんは、私を変えてくれた大切な人達だから。Marching Little Monsterは、私に生きる希望をくれた、大切な宝物だから。だから、失いたくなかった……っ」


三人で過ごしたこの日々は、あまりにも輝いていて。紗綾お姉ちゃんへの罪悪感を忘れてしまうほど、とても愛おしい時間で。こんな毎日がずっと続いてくれたらと、いつも願わずにはいられなかった。大好きな人達と一緒に、ずっと大好きな音楽ができたらと。


 でも、それほどまでに大切であればあるほど、失うのが怖くなった。過去を話せない後ろめたさと、それを知った時に二人が私から離れていくんじゃないかという恐怖。それがいつも私の背後にまとわりついて離れない。


 だからこそ、理央ちゃんがバンドを辞めると言い出した時は、呼吸ができなくなるくらい頭が真っ白になった。お姉ちゃんを優先する私に、ついに愛想を尽かしたんじゃないだろうか。もしかしたら、どこかで私達姉妹のことを聞いてしまって、嫌いになってしまったんじゃないだろうか。そう考え出すと止まらなくなって、不安に押し潰されそうで、繋がらない電話に泣き叫んだこともあった。私から離れていかないで、と。


 そんな時だった、花凛ちゃんから好きだと告白されたのは。こんなどうしようもない私のことをずっと好きだったと、嫌いになるんじゃなくて、私と一緒にバンドしてて楽しいと、そう言ってくれた。

この花凛ちゃんの言葉に、私はどれだけ救われただろう。嫌われていなかったという安心と、好きだと言われた嬉しさと、そして込み上げる悔しさと。そんな感情が一気に爆発して、私は花凛ちゃんの前で泣いた。


 花凛ちゃんの想いに応えることはできない。でも、バンドはやめてほしくない。こんな私のことを好きだと、一緒にいて楽しいと、そんな風に言ってくれる人を、私は絶対失いたくはなかった。


 それは理央ちゃんも同じで。理央ちゃんがいなければ、私は音楽と出会っていなかった。彼女がお姉ちゃんを優先する私を受け入れてくれなければ、私はバンドを組む楽しさを知ることもなかった。感謝してもしきれない。


そんな大切な人だからこそ、理央ちゃんが事故に遭った時、紗綾お姉ちゃんの時のことがフラッシュバックして、本当は息をするのも立っているのもやっとだった。お姉ちゃんとジュースを買いに行った時、お姉ちゃんが「よく我慢したね」と私を抱きしめて、その胸で泣かせてくれなければ、私は理央ちゃんを失うかもしれないという恐怖に押し潰されていたかもしれない。


失うのを怖いと感じるくらい、二人は大切な人達なのに。私のことを、こんなにも肯定して受け入れてくれているのに。それなのに、どうして私はそんな人達のために変われないのだろうか。いつまでも怖がって、過去を話せないままで、こんな弱い自分のままで、私は本当に彼女達と一緒にバンドをする資格があるのだろうか。いつの間にか芽生えたその悔しさは、日を追うごとに大きくなっていく。


 でも、いざ言おうとすると、ふと紗綾お姉ちゃんが事故に遭った時のことが脳裏に浮かんだ。まるで、本当にそれでいいのかと私を責めるかのように。


「私、いつの間にか、お姉ちゃんより理央ちゃんと花凛ちゃんを、マチモンを優先してた。でも、それが今度は怖くなって。紗綾お姉ちゃんやお姉ちゃんが、許してくれないんじゃないかって……っ」


「うん」


「今まで散々お姉ちゃん利用してきたのに、ひどいことばかりしてきたのに。お姉ちゃんに“必要ない”なんて残酷なこと言わせちゃったのに。それでも、お姉ちゃんは私のそばにいてくれることを選んでくれた。そんなお姉ちゃん、見捨てることなんか私にはできない。だって、お姉ちゃんのことも、二人と同じくらい大好きだから」


「うん」


「お姉ちゃんいなかったら、私もうとっくに死んでた。今こうして笑ったり、二人とバンド組むこともなかった。お姉ちゃんは、私を救ってくれたかけがえのない人。だから裏切れない……裏切りたくないのっ」


 ずっと自分を押し殺して、私の望む紗綾お姉ちゃんを演じてくれていたお姉ちゃん。そんな優しい人を、私は傷付けるばかりで、もらうばかりで何も返せていない。そんな自分が許せない。


「それなのに、あんなひどいこと……っ。嫌いって……大嫌いって言っちゃった!」


 悲痛な叫びが、夜の海に静かに響く。


「あんたなんか紗綾お姉ちゃんじゃないって、ずっと紗綾お姉ちゃん、演じてくれてた、のに。それなのに、大嫌いって……ひどいこと言っちゃった!」


 紗綾お姉ちゃんの時と一緒だと思った。いっときの感情に流されて、大嫌いだなんて心にもないことを言ってしまって。もう二度と言わないって誓ってたのに。もう二度と謝れないこともあるんだと、わかっていたはずなのに。


「私、ひどいよ……最低だよ。理央ちゃんや花凛ちゃんに、待っててもらう資格なんてない。こんな自分、大嫌い……っ」


「でも、私はそんな真綾が大好きだよ」


 その聞き覚えのある声に、私の呼吸は一瞬止まった。理央ちゃんや花凛ちゃんのモノじゃない。いつも身近で聞いてきた、私の大好きな人の声。


「お姉、ちゃん……」


「よっ、真綾」


 目の前に立っていたのは、お姉ちゃんだった。偽物でも幻でもない、正真正銘の私のお姉ちゃん。


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