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幸せになっちゃいけないのに

練習が終わり、揃って学校を出る。すると、理央ちゃんが不思議そうな顔をした。


「今日はさーやさんと帰らないの?」


「お姉ちゃん、今日学校休んでて」


「またぁ?」


「最近よく休むよね。どこか体調でも悪いの?」


「いや、そういうわけじゃないと思うけど……」


「どうせサボリでしょ。あの根暗腹黒人間め」


「理央ちゃんって、さーやさんのこと毛嫌いしてるよね」


「基本嫌い。私の夢を、現実みたら、って鼻で笑ったこと、まだ根に持ってんだから」


「ははは、お姉ちゃんも悪気があって言ったわけじゃないと思うから。そのうち許してあげて」


「嫌よ。土下座して謝るまで許さない」


「理央ちゃん、厳しい」


 理央ちゃんの本気に、花凛ちゃんが眉を八の字にして笑う。私もつられて笑ってみたけれど、それは五秒ともたなかった。


 そう、あともう少ししたら進級するというこの時期に入ってから、お姉ちゃんは学校を休みがちになった。体調が悪いというわけではなさそうだったので、もしかしてまたいじめられているのかとも勘ぐって様子を見ていたけれど。どうやらその様子はない。


「大丈夫。ただ行くのが面倒でサボってるだけだから」


 お姉ちゃんに直接聞いてみても、そう言って軽くあしらわれただけ。家での様子はいつもと変わらない。それでも、なんとなく違和感は感じていた。そう、こっちの高校を受けると決めた時の、あのお姉ちゃんの時のような。


「でも、意外。さーやさんが休んでも、真綾は学校に来るんだね。てっきり、私も休む、って言って学校来ないかと思ってた」


「私も。バンドの練習もせず、学校終わったら真っ直ぐさーやさんの所へ帰ると思ってた」


「……まあ、さすがにその理由で学校は休めないし。それに、お姉ちゃんにもバンドの練習を優先しろって言われてるから」


 そう、今の自分に一番驚いているのは私だった。マチモンができる前の私だったら、今二人が言っていたように、何よりもお姉ちゃんを優先していただろう。それなのに、今私はお姉ちゃんのいない学校に来て、理央ちゃんと花凛ちゃんと一緒にいる。そんな自分の変わりように驚きつつ、またどこか不安にも思っていた。だから、その不安を払拭するために、私はさらにバンド活動にのめり込んでいった。


 二年生になり、私達の活動が地方新聞に載り、花さん経由で県外のライブイベントにも積極的に参加し、県内でも有名な町内の花火大会でライブして、そして九月の体育祭が終わった後。お姉ちゃんは完全に学校に来なくなった。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


「べつに。真綾には関係ない」


 冷めた声で拒絶され、家でも避けられるようになった。


 原因はわかっている。マチモンの知名度が上がり、周りが私達をちやほやすることで、お姉ちゃんは肩身の狭い思いをしている。だから、私といたくないのだろうと。


 でも、それでもバンド活動はやめられなかった。この頃の私は、紗綾お姉ちゃんというより、私達の歌を聞いてくれる人達の拍手と笑顔を見るのが嬉しくなっていた。もっと多くの人に聴いてもらいたい、もっともっと喜んでもらいたい。そんな想いが強くなっていて、いつしか私にとって、歌うことは紗綾お姉ちゃんに会うための手段ではなく、生きる目的のようになっていた。


 だから私は見誤ったのだ。お姉ちゃんの本当の心を。あのテレビ中継の時に。


「あんたのお守りはもう懲り懲りなんだよ! 私なんかもう必要ないんだろ。だったらもうほっといて!」


 固く閉じられた扉。お姉ちゃんとの間にできた深い溝。それを作ったのは私自身。


 お姉ちゃんにあんなことを言わせてしまった。“私なんかもう必要ないんだろ”と。私の都合で散々利用して振り回して束縛して傷付けてきたお姉ちゃんを、私は今自分の欲のために捨てようとしている。私にはMarching Little Monsterがあるから、お姉ちゃんはもう必要ないと。私はそう思っていなくても、きっとお姉ちゃんはそう感じている。そう思わせたのは私自身。そこでやっとそう気付いた。


 狡い自分、卑怯な私。紗綾お姉ちゃんやお姉ちゃんは、自分を犠牲にして私を守ってくれたのに。私は自分のことしか考えてない。本当は誰よりも何よりも、お姉ちゃんを優先しないといけなかったのに。そんな自分じゃなきゃダメだったのに。バンドを優先してお姉ちゃんを蔑ろにしてきた結果がこれだ。


「じゃあ、最終リハーサルいきまーす」


 生中継のリハーサルのため、私達はステージに上がった。そして、いざ歌おうと口を開きかけたその時、私の心臓は止まってしまった。


「ウソ……」


 目の前で、紗綾お姉ちゃんが今にも泣きそうな顔で立っていた。そのまま耳を塞いで首を横に振る。まるで、私の歌は聴きたくないとでも言うように。


「なんで……っ」


 私は紗綾お姉ちゃんのために歌ってきたのに。紗綾お姉ちゃんが笑ってくれるって、喜んでくれるって、そう信じてバンド活動してきたのに。どうして、どうして今日は聴いてくれないの。


 溢れる疑問に答えることなく、紗綾お姉ちゃんはそのまま姿を消していく。それを見て、私にはもう歌うことはできなくなっていた。


 紗綾お姉ちゃんが聴いてくれないんなら、私はもう歌えない。メンバー二人にそう告げると、激昂した理央ちゃんに胸倉を掴まれた。


「お姉ちゃんがそんなに大事かよ。うちらよりも、バンドよりも、歌うことよりも大事なのかよ!」


「それは……」


 選べない。理央ちゃんと花凛ちゃんは、私を変えてくれた大切な人達。Marching Little Monsterは私にとって大切な宝物。でも、だからといって、お姉ちゃんを見捨てることはできない。そんな自分許せない。私は、幸せになっちゃいけない人間なのに。


助けて、お姉ちゃん。私、どうしたらいい? どうしたら、お姉ちゃんと紗綾お姉ちゃんは戻ってきてくれる? お姉ちゃん、会いたい、会いたいよ……。


「おいこら、そこのMarching Little Monster!」


 そんな時、お姉ちゃんは来てくれた。そして、“きらきら星”を歌ってくれた。私を勇気づけるために紗綾お姉ちゃんが歌ってくれた歌。私が歌うと、紗綾お姉ちゃんが喜んでくれた歌。そんな不器用なお姉ちゃんの優しさと励ましが、私の胸を熱くする。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」


 お姉ちゃんがいる。今私の目の前に。こんなひどいことをしてきた私なのに、それでもお姉ちゃんは両手を広げて私を受け入れてくれる。


「私が……紗綾お姉ちゃんが聴いててあげるから。真綾の心のこもった歌、ちゃんと聴いててあげるから。だから、あんたは何も気にせず歌いなさい」


 どんなにライブをしても、理央ちゃんや花凛ちゃんと演奏しても、やっぱり私にはお姉ちゃんがいないとダメだ。私はまだこんなにも脆い。いとも簡単に崩れてしまう。これ以上、こんなに優しい人が傷付くところを見たくはない。


 だから、これからはちゃんとお姉ちゃんを優先する自分でいよう。お姉ちゃんが聴きたくないというのなら、私はもう歌わない。ずっとそばにいてほしいというのなら、学校もバンド活動もサボってお姉ちゃんと一緒にいる。もう絶対、お姉ちゃんに必要ないなんて言わせない。あの時、そう誓ったはずのに。


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