Marching Little Monster誕生
「どうしよう、理央ちゃん、花凛ちゃん……」
「なによ、真綾。道に落ちてたお菓子でも食べてお腹壊したの?」
「違うよ!」
「じゃあ、何がどうしたの?」
「私達のバンドの名前、何か良いの浮かんだ?」
私の疑問に、二人の動きがピタリと止まった。バンドを結成した日から、とりあえずバンドの名前をお互い考えてこようということにしたけれど。一週間経っても誰もそのことに触れなかったので、とうとう私が口火を切ったのだ。
「そういう真綾はどうなのよ」
「それが……なかなか良いのが思い浮かばなくて。花凛ちゃんは?」
「私もなかなか……。一人で考えてると思い浮かばないというか」
「そうなんだよねぇ。理央ちゃんは?」
「……まあ、私もそんなとこ」
『はあ……』
つまりは、みんな良い案が出なかったから黙っていたのだ。しかし、文化祭まで日にちがない中、このまま名前が無いというのも問題。
「真綾、あんたがステージ発表のエントリー申請に行ったんでしょ? その時は何て書いたの?」
「“理央ちゃんとゆかいな仲間たち(仮)”」
「ぶっ飛ばす」
「わわわっ、理央ちゃん暴力反対!」
「理央ちゃん、落ち着いてっ」
今にも殴りかかってきそうな理央ちゃんを、花凛ちゃんが必死に食い止める。
「なんで私だけ恥かいてんのよ!」
「だって、このバンドのリーダーは理央ちゃんでしょ? 責任者の欄に理央ちゃんの名前書いて出しちゃったし」
「はあ? あんた何勝手に決めてんのよ。そういうことは三人で話し合って決めることでしょ」
「あ、でも私も理央ちゃんがリーダーに適任だと思うよ。この中で一番音楽に詳しいし、細かい指摘もしてくれるし、まとめるのも上手だし、気配りもできるし、頼りになるし、何より一番しっかりしてる」
「おぉ、べた褒めだね」
「な、何よ、花凛まで。そんなに褒めても何も出てこないわよ」
「本心だよ」
「うぬぅ……っ」
花凛ちゃんのウソ偽りのない微笑みに、さすがの理央ちゃんもたじたじらしい。話し合ったところで二対一、多数決をしたところで二対一。それを悟った理央ちゃんは、諦めたというように大きなため息をついた。
「わかったわよ。リーダーやってあげる」
『おぉ!』
「その代わり、ビシバシ鍛えてやるから。私の練習はキツイぞー」
「望むところだ!」
「よろしくお願いします」
とりあえず、めでたくリーダー決定。しかし、問題はそこじゃないと、三人ともがすぐに気付く。
「バンドの名前ねぇ……」
「何か、これ入れたいっていうものはないの? 言葉でも、固有名詞でも何でもいいから」
「んー……お姉ちゃん」
「却下」
「何でもいいって言ったじゃん!」
「それはあんたと花凛にしか通用しないでしょ。私お姉ちゃんいないし」
「じゃあ、共通してることだと……町の田舎娘」
「花凛ちゃん……」
「ネーミングセンスが古い」
「えぇっ?」
「それに、真綾は東京出身だから、微妙に当てはまらないんだよね」
「そうなのっ?」
「あー、まあね。中三の時にこっちに引っ越してきたんだ」
「そうだったんだ」
東京、という単語が出てきて一瞬ドキリとした。花凛ちゃんにバレるのが嫌だったとか、そういうことじゃない。何か悪いことが見つかりそうになるのを恐れるような、そんな感じ。理央ちゃんも花凛ちゃんも、紗綾お姉ちゃんのことは知らないし、東京での私達姉妹のことも知らない。というか、あえて教えてない。
「理央ちゃんは何か無いの?」
花凛ちゃんのその一言でふと我に返る。理央ちゃんは顎に手を当てて考えていた。
「んー、何かねぇ……」
「理央ちゃん、何かいいアイディアないの? バンドのリーダーでしょ、ねえ、ねえっ」
「あーもう、うるさい! いつもいつも、あんたは怪獣かっ」
「JKに向かって怪獣は失礼でしょ! そんなこと言ったら、理央ちゃんだってすぐ怒るし、叩くし、それこそ怪獣じゃん」
「はあっ? 誰が怪獣だって?」
「怪獣……」
睨み合う私と理央ちゃんを無視して、花凛ちゃんが何か思案顔でボソリと呟く。
「花凛?」
「あ、ごめんね。怪獣って聞いて、思わず昔よく読んでた絵本を思い出しちゃって」
「絵本?」
「そう。“マーチング・モンスター”っていう絵本」
内容はこうだ。
町外れの森に、心優しい寂しがり屋の一匹の怪獣がいた。怪獣はその見た目から、町の人達に怖がられていていつも一人ぼっちだった。そんなある日、一人の女の子が森に迷い込んでくる。その子は怪獣を怖がることなく、怪獣に小太鼓を持たせて一緒に歌ったり躍ったりした。女の子はそれから何回か遊びに来てくれて、怪獣はその子と音楽を奏でるのが楽しくなっていた。
そんなある日、女の子がパタリと来なくなる。小鳥達から、女の子は悲しいことがあって家で塞ぎ込んでいると知った怪獣は、勇気を振り絞って町へ向かう。彼女に気付いてもらえるよう小太鼓を鳴らしながら町を歩いていると、そのリズミカルな音につられて、町の子ども達が楽器片手に怪獣の後について歩き始めた。そのマーチング・バンドの楽しそうな演奏に、女の子だけじゃなく町の人達も笑顔になって、怪獣はみんなと一緒にいつまでも楽しく暮らしましたとさ。おしまい。
「私ね、このお話が好きなの。その怪獣さんはいつも一人ぼっちだったでしょ。だから、私と一緒だと思って。そんな怪獣さんが、女の子と、そして音楽に出会って、たくさんの人を笑顔にする。私もそんな風になりたいなーって、その絵本読みながらいつも思ってた」
「……その気持ち、なんとなくわかる気がする」
私も、その怪獣と一緒だと思った。お姉ちゃん以外は必要ないとずっと一人でいて、それでも音楽に出会えて理央ちゃんと花凛ちゃんとバンド組めて。私もいつか、この怪獣のように誰かを、たくさんの人達を笑顔にできるだろうか。
「ねえ、これバンド名にしない?」
私の提案に、花凛ちゃんは「え?」と目を丸くする。しかし、理央ちゃんは小さく頷くと口の端を上げた。
「町に音楽を振りまく怪獣か。面白そうじゃん。しおらしくないうちらにピッタリ」
「私は歌う怪獣で、理央ちゃんは音楽を作る怪獣で、花凛ちゃんはドラムの怪獣で。そんな三匹の怪獣が奏でる音楽で、日本中の、ううん、世界中の人達を笑顔にすんの。どうかな?」
「すごく素敵だと思う。でも本当にいいの?」
「いいんじゃない? あ、でももうちょっと可愛い方がいいなあ」
「可愛いねえ……じゃあ、“Little”って入れてみる?」
そう言うと、理央ちゃんはカバンからノートとペンを取り出すと、何やらスラスラと書き始める。そこには、“Marching Little Monster”という文字が並んでいた。
「ま、まー……これ何て読むの?」
「“マーチング・リトル・モンスター”。英語表記の方がカッコイイでしょ?」
『カッコイイ!』
私と花凛ちゃんがそう声を上げる。それを見て、理央ちゃんは名前の横に「決定」と書いて丸で囲った。
「じゃあ、これで決まりね」
「じゃあ改めて。ここにMarching Little Monsterの誕生だー!」
『おー!』
三人が笑顔で拳を突き上げる。この日は私にとって、もう一つの“特別な日”になった。




