友達
ギターとお姉ちゃんの許しを手に入れて、音楽に没頭していく毎日。それでも、お姉ちゃんを一番に考えることはやめられなかった。
「ごめん、そろそろお姉ちゃんが帰ってくる時間だから」
「またぁ?」
部室で理央ちゃんとの練習中、時計を一瞥して私は一人帰る準備を始める。そんな私を、理央ちゃんは不服そうに眺めていた。
いくら音楽が希望の光とはいえ、お姉ちゃんを蔑ろにすることはできない。いや、してはいけない。お姉ちゃんは私のために色んなものを犠牲にしてきた。だから、せめて音楽よりもお姉ちゃんを優先する自分でなければならない。
もし、この時理央ちゃんがそんな私を否定していたら、私は彼女とバンドを組むことはしなかっただろう。
「わかった。帰っていいよ」
「いいの?」
「あんたが、度が付くほどのシスコンでさーやさんが大事なのはよくわかったし。それに、歌だって前より良くなってるし、その手を見れば家でちゃんと練習してるのもわかるから」
そう言われ、絆創膏だらけの両手を見る。理央ちゃんに視線を戻すと、片手でしっしっと払われた。
「ほら、大好きなお姉ちゃんの所へ帰りな。その代わり、練習サボったらしばく」
「サボらないよ、絶対。……理央ちゃん、理解してくれてありがとう」
「……ん」
部室を後にしつつ、私は不思議な感覚に襲わていた。
紗綾お姉ちゃんがいなくなってから、友達はおろか同級生とこんな風に話をすることはなかった。誰かと一緒にいようとも思わなかった。だって、誰も理解してくれなかったから。
でも、理央ちゃんは違った。いくら紗綾お姉ちゃんのことを知らないとはいえ、お姉ちゃんのことを優先する私を受け入れてくれた。だから、他の同級生と上手く馴染めなくても、理央ちゃんだけは私の“友達”になった。
「うち離婚したからさ、同じ市内にある母親の実家に引っ越すんだよ。つっても、市の外れの田舎町なんだけどね。だから、高校はそこの近くのを受けようと思って」
秋に入りかけた時期に理央ちゃんが教えてくれたのは、お姉ちゃんが通っている高校だった。
「私もそこ受ける予定なの。お姉ちゃんが通ってるから」
「マジ? わざわざそこ受けなくても、あんたの家の近くにもっと良い高校あるのに。さーやさんも変わってるね」
「本当はその高校近くの祖父母の家に住む予定だったんだけど、ちょっと色々あってこっちに来ちゃったから……」
「そうなんだ。だからって、あんたまでそんな遠いとこ受けなくてもいいのに。さすがシスコン、距離も偏差値も関係ないってか」
理央ちゃんが呆れたという風に苦笑する。私はへらりと笑って返すことしかできなかった。でも、理央ちゃんはそんな私を否定しない。
「まあ、あんたと離れるかもってちょっと覚悟してたから、志望校が一緒で安心した。せっかくバンド組んだのに離れ離れになるから解散とか、ちょっと嫌だったしね」
そう言って、理央ちゃんは照れ隠しでそっぽを向く。離れたくない。そんな理央ちゃんの気持ちが嬉しくて、私は彼女の手をギュッと握った。
「たとえ別々の高校になったとしても、私は絶対解散しないよ! 理央ちゃん以外の人とバンド組むなんて、想像できないんだから」
音楽に対して真剣で、それでいて私を受け入れてくれてて。たぶん、そんな人にはそうそう出会えない。だから、簡単には手放したくはない。
私の言動に、理央ちゃんの顔がわかりやすく赤くなる。それを隠すように、理央ちゃんは私の頭を鷲掴みした。
「な、なんであんたは恥ずかしげもなくそんなことが言えんのよ!」
「り、理央ちゃん、痛いっ」
「志望校が一緒だからって、受かんなきゃ意味ないでしょ。解散したくなかったら、練習もいいけど勉強もしろ。今のあんたの成績じゃ、一緒の高校どころか、卒業自体怪しいんだからね」
「ふえぇ、それ言わないでぇ」
私は元々頭が良いというわけではないので、学力は努力を怠ればあっという間に下まで落ちていった。お姉ちゃんでさえ、呆れたという風に大きなため息をついていたほどだ。
「これが、桜明に通ってた人間の成績か……」
「す、すみません」
「バンドの練習に打ち込むのはいいけどさ。両立させろとまでは言わないけど、せめて中学くらいは無事卒業しな」
「それはするよ。私、お姉ちゃんと同じ高校行きたいし」
「受験舐めんなよ、こら」
そう言って、お姉ちゃんが私の頭を鷲掴みする。
「どの口が私と同じ高校に行きたいって?」
「お、お姉ちゃん、痛いっ」
「高校に行きたいんなら、ちゃんと勉強もしなさい。私でよければ勉強みてあげるから」
「うぅ……」
「理央ちゃんとバンド続けたいんでしょ? 父さんも母さんも、真綾が変わったって、夢中になれるもの見つけてくれたって喜んでるんだから。そんな両親に心配かけないの。わかった?」
「お姉ちゃんは喜んでないの?」
素朴な疑問に、お姉ちゃんの動きが止まった。そして、その手の力が緩む。
「喜んでない」
「ウソっ」
「って言ったらどうする?」
「それは……」
どうしてだろう。少し前の私だったら、即答で「やめる」と答えていたのに。今はどう返したらいいのかわからない。そんな動揺している私を見て、お姉ちゃんは苦笑した。
「ウソだよ。言ったでしょ、応援するって。真綾が楽しく過ごせる方が嬉しいって。だから、私のことは気にせずバンド続けな。そのための手助けならいくらでもしてあげるから」
「……ありがとう。お姉ちゃん、大好き」
「知ってる」
どうしてだろう、この時ふと不安がよぎった。お姉ちゃんは応援すると言ってくれているのに、何故か胸がざわつく。その笑顔が不安でたまらなくなる。でも、それはほんのひとときのことで。すぐにテストと受験が駆け足でやってきて、私はそんなことを忘れてしまった。




