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初めてのギター

 あの後、家に帰って歌ってみても、また理央ちゃんとセッションしてみても、紗綾お姉ちゃんは現れてくれなかった。でも、私はもう確信している。このままバンドを続けていれば、もう一度紗綾お姉ちゃんに会えると。そのためには、もっと紗綾お姉ちゃんに喜んでもらえるよう、私が力をつけないといけない。そう思えば、理央ちゃんのスパルタ指導にもついていけた。体力づくりのために運動も始めたし、独学でボイストレーニングも始めた。気付けば、やっと自分の意思で動き始めることができるようになっていた。


「真綾もさ、自分のギター買ったら? ここのじゃ家で練習できないでしょ」


「それはそうだけど。でも、ギターってけっこう高いし」


「貯金とかないの?」


「そうでもないけど……」


「なにそれ。バンドやりたいんなら、ギターぐらい買いなさい」


「はい……」


 正直、ギターを買える程度の貯金ならある。だから、私がギター購入を渋っているのはそこではない。


 なんとなく、家にギターを迎え入れることに抵抗がある。家でバンドのことを考えていると、まるで悪いことをしているような気分になるのだ。お姉ちゃんは私のために桜明を諦めたのに、私は自分の好きなことをやるのかと。


「何、真綾ギター欲しいの?」


「え?」


 休日、家族で近くの商業施設へ買い物へ行った時、私の足が楽器店で止まった。ショーウインドウには様々な形や色をしたギターが、自信に満ち溢れた表情で整然と並んでいる。思わず見とれていると、それに気付いたお姉ちゃんが私に声をかけてきた。


「ごめん、なんでもない」


「あ、そっか。真綾軽音同好会入ったんだったよね。せっかくだし、ちょっと見ていこうよ」


「え、でもっ」


 戸惑う私をよそに、お姉ちゃんは私の腕を掴んで店の中へと入っていく。そこには大きさも色も形も違う、様々なギターが壁だけじゃなく宙吊りにされたりしていて、この空間全部に所狭しと並べられていた。その数の多さに圧倒される。


「うわ、ギターってけっこう高いなぁ。私ならこのお金でアニメのブルーレイボックス買うぞ」


 お姉ちゃんはそんなことをぶつぶつ呟きながら、興味なさそうにギターを見て回る。そして、私もその後をついて回っていた時、一つのギターに目が止まった。


 上から下に向けて徐々に濃くなっていく濃紺のギター。取り付けられている金と銀の金具が、まるで夜空に浮かぶ星のように見える。それは、子どもの頃紗綾お姉ちゃんと見た星空のようだった。


「それ、気に入ったの?」


 ギターをじっと見つめる私に、お姉ちゃんが横から声をかける。何か悪いことが見つかったような気がして、私は慌てて両手を振って否定した。


「ううん、べつに。ただ私も高いなぁと思って見てただけ」


「ふぅん」


 お姉ちゃんの前でこれが欲しいなんて言えない。紗綾お姉ちゃんに会うために、このギターが欲しいなんて。これ以上ここにいるのが耐えられなくなって、私は足早に店を出た。


 やはり、ギターを買うのは諦めよう。こんな気持ちでギターを弾いたって、紗綾お姉ちゃんは喜んでくれないだろうから。


 そう思い、ギターを諦めていた五月の誕生日。サプライズは突然やってきた。


「はい、真綾プレゼント」


 そう言って、お姉ちゃんが私に渡してくれたのは、真新しいギターケースだった。


「お姉ちゃん、これって……」


「いいから、開けてみな」


 促されるまま、私はギターケースを開ける。その中に入っていたのは、前に楽器店へ行った時に惹かれていた濃紺のギターだった。


「ウソ……」


「本当は私からのプレゼントにしたかったんだけど。私の貯金だけじゃ足りなかったから、父さんと母さんにも援助してもらった。だから、これは家族三人から」


「お姉ちゃん……っ」


「音楽やりたいんでしょ? だったら、私は応援するよ。私だけじゃなく、父さんも母さんも」


 言われて両親を見ると、二人とも優しく微笑みながら頷いていた。


「本当にいいの? 私、バンド始めてもいい?」


「だから、いいっつってんじゃん。私に遠慮なんかすんな。私は、あんたの足枷になる気はないから。それに、真綾が毎日楽しそうに過ごせてる方が、私は嬉しいし」


 お姉ちゃんはそう言って、恥ずかしそうに頬をポリポリ掻く。その照れた顔を見ながら、私はギュッとギターを抱きしめた。


「ありがとう……ありがとうっ」


 涙がギターに落ちて小さな星になっていく。それを見ながら、お姉ちゃんは「泣くなよぉ」と言いつつ私の頭を撫でてくれた。


 お姉ちゃんの優しさが痛い。 それなのに、こんな私を受け入れて許してくれていることが嬉しい。矛盾した気持ち、相反する心。それでも、私はもう音楽を手放すことはできなかった。


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