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偽物の姉妹

「紗綾お姉ちゃん、待って」


 最初は嬉しかった。紗綾お姉ちゃんが家に戻ってきた、これでずっと一緒にいられると。


 でも、お姉ちゃんはどこかよそよそしかった。私が「紗綾お姉ちゃん」と呼びかけても返事もしてくれない。私のことを「真綾」と名前で呼んでもくれない。まるで自分は他人だと、関係ないと線引きしているみたいだった。私達は家族なのに、姉妹なのに、お姉ちゃんを前よりどこか遠くに感じる。私は不安で不安でしかたなかった。


 小学校も一緒になり、大塚家の事情を知っているクラスメイト達が、お姉ちゃんのことを「紗綾お姉ちゃん」と呼ぶ私を気味悪がって離れていったけれど、そんなことはどうでも良かった。理解できないのなら、べつにそれでかまわない。そんな人達と一緒にいる意味なんてない。ただ、お姉ちゃんが私のことをどう思っているのか、それだけが心配で怖かった。


 もしかしたら、ずっとこれが続いていくんだろうか。紗綾お姉ちゃんに距離を取られたまま、名前も呼んでもらえないまま、この日々を過ごしていくんだろうか。こんなの、ただの偽物だ。私が欲しいのは、戻ってきて欲しいのは、こんな紗綾お姉ちゃんじゃない。


「紗綾お姉ちゃん……」


 気付けば、私は真っ暗な部屋で一人、膝を抱えて泣いていた。目を閉じれば、紗綾お姉ちゃんとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。だからこそ余計に、今いるお姉ちゃんとの違和感が浮き彫りになって苦しかった。


 やっと紗綾お姉ちゃんが家に戻ってきてくれたのに。これじゃあ前と何も変わらない。そう思い膝を強く抱きしめた時だった。


「泣いてんの?」


 部屋の入り口から、お姉ちゃんの声がした。反射的に顔を上げるけれど、この時の私は何も答えることができずに再び膝に顔を埋める。


 いつもの紗綾お姉ちゃんなら、泣いている私に「大丈夫?」って優しく声をかけてくれるのに。その言葉は一向にかけられない。その現実が辛くて、また涙が溢れてくる。


 ああ、もうやだな。そう心が呟いた時。ふと人の気配を近くに感じた。その後で、身体を柔らかい何かが包み込む。何事かと思わず顔を上げると、なんとお姉ちゃんが私を抱きしめていた。


「お姉……ちゃん?」


「泣きたいんなら、気の済むまで泣きな。あんたが泣き止むまで……お姉ちゃんがそばにいてあげる」


 お姉ちゃんの口から初めて聞いた「お姉ちゃん」という単語。今まで頑なに拒んでいた私との姉妹関係を、お姉ちゃんが今受け入れてくれた。その事実が、沈んでいた私の心ごと一気に押し上げる。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


 私はそのまま、お姉ちゃんにしがみついて泣いた。お姉ちゃんは、本当に私が泣き止むまで、ずっとそばで抱きしめてくれていた。私にはそれがとても嬉しくて。その日はお姉ちゃんと一緒に手を繋いで眠った。


 朝、物音がして目が覚める。すると、ベッドにお姉ちゃんの姿がない。慌てて部屋を飛び出すと、パジャマ姿のままのお姉ちゃんが階段を降りているところだった。


「紗綾お姉ちゃん!」


 私は必死に呼び止める。昨夜のことは夢じゃなかったって、ウソじゃなかったって教えて。私のお姉ちゃんになってくれるって、だから大丈夫だよって安心させて。じゃないと、私はまた泣いてしまう。心が悲鳴を上げてしまう。


 私の呼びかけに、いつもは無視して進むお姉ちゃんの足がピタリと止まった。そして、顔だけをこちらに向ける。その口がゆっくり動いた。


「なに、真綾?」


 いつものポーカーフェイスで、それでもお姉ちゃんは返事をしてくれた。私のことを初めて「真綾」と呼んでくれた。友達や両親ですら理解できなかった私の行動を、今この瞬間お姉ちゃんだけは受け入れてくれた。紗綾お姉ちゃんはここにいるよって。


 そのことが嬉しくて、ただ嬉しくて。私は駆け寄ってお姉ちゃんに勢いよく抱きついた。


「紗綾お姉ちゃん、だーい好き!」


「うわ、バカ真綾! 落ちる」


「えへへー」


「えへへ、じゃない。あーもう、くっつくな。歩きにくい」


「やだよーん」


 お姉ちゃんを見つけてから初めて、ただ純粋に嬉しくてその腕にしがみついた。今まではお姉ちゃんが離れていかないように、もう離さないようにという不安からだったのに。今は不思議と昔みたいに無邪気な気持ちでいられる。


 この日から、私達はやっと“姉妹”になった。


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