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奇跡の出会い

「あっ……」


 それは、紗綾お姉ちゃんだった。髪は短いし見た目や佇まいは少し違うけれど、その顔は今でもはっきりと覚えている。間違いなく紗綾お姉ちゃんだ。


 あまりの突然の出来事に、私は声も出ず思わず立ちすくむ。そんな私の横を、その少女は目を合わすこともなく通り過ぎていった。


 紗綾お姉ちゃんがいた。私がずっと探していた、ずっと会いたかった紗綾お姉ちゃんが。私の大好きな紗綾お姉ちゃんが、今目の前にいた。そう思ったら、私はその子を追いかけて、その腕を掴んでいた。


「お姉ちゃん?」


 恐る恐る声をかける。振り返ったその顔は驚いていた。でも、そんな顔も紗綾お姉ちゃんそっくりだった。


「紗綾お姉ちゃん、やっぱり、やっぱり生きてたんだ……っ」


「は? あんた何言ってんの」


「やっと見つけた……よかった、よかったぁ!」


「ちょ、ちょっとっ」


 困惑する“お姉ちゃん(・・・・・)”を無視して、安堵した私は泣きながら彼女にしがみつく。そして、嗚咽交じりに何度も何度も「よかった」と呟いた。


 紗綾お姉ちゃんが私に会いに来てくれた。ちゃんと生きててくれた。やっぱり、紗綾お姉ちゃんは死んでなかったんだ。


 また会えた嬉しさと安堵から、私はそれまでの負の感情を洗い出すかのように、お姉ちゃんに抱きついて泣きじゃくる。お姉ちゃんの方はというと、わけがわからず困惑しているようだった。


「なんなの、あんた。気持ち悪いんだけど」


 そう言って私を引き剥がそうとするけれど、私は絶対離れるものかと食らいつく。そのうちに、騒ぎに気付いた両親が二人の間に入って止めにかかった。


「真綾、やめないか。この子困ってるだろ」


「だって、紗綾お姉ちゃんだよ? 何がおかしいの?」


 両親が揃って私がしがみついている子に視線を向ける。その時、両親が息を呑んだのがわかった。その反応を見て確信する。やはりこの子は紗綾お姉ちゃんなんだと。


「紗綾お姉ちゃん、今までどこにいたの? 私、ずっと探してたんだよ」


「人違いだ。私はあんたなんか知らない」


「そんなはずない。ほら、妹の真綾だよ。覚えてるでしょ」


「だから、知らないって」


「そっか、たぶん紗綾お姉ちゃん事故に遭って記憶が無くなっちゃったんだ。だったら安心して。これからゆっくり思い出せばいいから」


「いい加減にしろよ、お前!」


 苛立ちを露わにしたお姉ちゃんが、私の胸倉を掴む。その睨んだ顔は、私の知らない紗綾お姉ちゃんの表情だった。


「私はお前なんか知らない。嫌いなんだよ、お前みたいなやつ。目障りだからとっとと消えろ」


 まるで、人を憎んでいるかのような目つきと声。そんな憎悪を一度も浴びたことのなかった私は、その迫力に言葉を失った。


 こんな紗綾お姉ちゃん、見たことない。確かに怒る時はあったけど、それでも紗綾お姉ちゃんはいつでも明るくて優しくてよく笑っている人だった。だから、今私の目の前にいるのが紗綾お姉ちゃんだなんて信じられない。もしかして、本当は別人なんだろうか。


 お姉ちゃんが手を離して、私に背を向けて立ち去ろうとする。その姿が、棺桶に入れられたまま私の元を離れていく紗綾お姉ちゃんのそれとかぶった。


 もしこのまま、二度とあの子に会えなくなったら? 紗綾お姉ちゃんとは別人だと認めてしまったら? 私はこの先、どうやって生きていけばいいんだろう。言いようのない喪失感を抱えたまま同じことを繰り返し、後悔の涙で心をすり減らして。そうして地獄のような毎日を過ごしていくだけなんだろうか。


「いや……」


 それは絶対に嫌だ。たとえあの子が紗綾お姉ちゃんとは別人だと言い張っても、私は紗綾お姉ちゃんだと信じる。私の大好きな紗綾お姉ちゃんだと。そうしなければ、私はもう壊れてしまう。紗綾お姉ちゃんに謝ることさえ忘れた、ただの動く人形になってしまう。それは、紗綾お姉ちゃんに対するひどい裏切りだ。そんな自分には、どうしてもなりたくはなかった。


 だから、私はお姉ちゃんを利用した。自分が助かるために。たとえそれがお姉ちゃんを傷付けることになるかもしれないと、心のどこかでわかっていても。


「待って、紗綾お姉ちゃん!」


 そう叫ぶと、私はお姉ちゃんの元へ走った。そして、後ろからその腕をがっしりと掴む。


「なんなんだよ、お前! ウザいんだよ、いいから離れろっ」


「やだ! 絶対離さない。絶対紗綾お姉ちゃんから離れない!」


「はあっ?」


「もう二度と、私から離れていかないで。私を一人にしないで。置いていかないで。私とずっと一緒にいて。お願い、お願いだから、紗綾お姉ちゃん……」


 掴む手にありったけの力を込めながら、私はお姉ちゃんの目を見てそう懇願する。この時の私がどんな顔をしていたのかはわからない。それでも、それまで抵抗していたお姉ちゃんの力がふっと緩んだのを感じた。追いついた母が、私の横でお姉ちゃんに優しく声をかける。


「ごめんね、びっくりさせちゃって」


「いや、まあ……」


「今時間あるかな? もしよかったら、うちに来ない? 事情説明するから。でないと、あなたも気味が悪いだろうし、真綾もあなたを離さないと思うの」


「ここの飲食店とかじゃダメなんですか?」


「ちょっと、人前ではあまり言いにくい内容だから。どうかな?」


 そう言われ、お姉ちゃんが必死にしがみつく私を見る。そして、信用してよいのか見定めるかのように両親をじっと見つめた。しばらくして、お姉ちゃんは諦めたという風に大きく息を吐いて頷く。


「わかりました。お邪魔させていただきます。でも、変な真似したらすぐ警察呼びますから」


「ええ、どうぞ。……ありがとう」


 母が優しく微笑む。この時の両親の対応が良かったのか悪かったのか、私には判断ができない。それよりも、紗綾お姉ちゃんが家に帰って来るという嬉しさの方が優っていた。


 移動中の車の中でも、家のリビングでも、私はお姉ちゃんの腕を掴んだまま離さなかった。一度離してしまったら、風船みたいに私の手の届かないどこか遠くへ飛んでいってしまうような気がして。両親が紗綾お姉ちゃんのことを説明している間も、私は怖くてお姉ちゃんの腕にしがみついていた。


「――というわけなの。わかってくれた?」


「つまり、私はその事故で死んだ姉の紗綾に外見が似ていて、そのせいで未だに姉の死を受け入れられないこの妹が、私を紗綾だと勘違いしている。そういうことですね?」


「まあ、そういうことになるかしら」


「事情はわかりました。ですが、非常に迷惑な話です。これ以上、私を巻き込まないでください。私にも日常がありますから」


「そうね、あなたにだって家族はいるものね」


「家族、ですか。はっ、おめでたい」


 お姉ちゃんが人を小バカにするように鼻で笑う。


「この世に生きるすべての人間に、家族がいるなんて思ったら大間違いです。これだから、普通の家庭に生きる人間は嫌いなんだ」


 最後の方の言葉は囁くように小さくて、腕にしがみついていなければ聞き取れなかったかもしれない。それでも、お姉ちゃんはそれでかまわなかったようで、これで話は終わりとばかりに立ち上がった。つられて私も立ち上がる。


「話はこれで終わりですか? だったら、私はもう帰らせていただきます」


「何言ってるの? 紗綾お姉ちゃんの帰る家はここだよ?」


 真顔でそう答える。お姉ちゃんは私の左手首の包帯を見た後で、じっと私を睨んだ。


「自分を庇って死んだ姉への罪悪感からかは知らないけど、あんたもいい加減紗綾の死を受け入れろ。あんたの大好きな紗綾お姉ちゃんは、もうこの世にいない」


 はっきりと言葉にされて、鋭いナイフのようにその真実は容赦なく私の心臓を抉った。そのあまりの痛さに、お姉ちゃんの腕を掴んでいた手に力が入らなくなる。その間に、お姉ちゃんはさっさと玄関へ向かってしまった。


 紗綾お姉ちゃんはこの世にいない。いや、違う。そんなことない。そんなことないって言って。私の大好きな紗綾お姉ちゃんは、今ここにいるよって笑って。それができないっていうんなら、私がそうさせてあげる。私が、紗綾お姉ちゃんを取り戻してみせる。私のすべてをかけて。そう、私にはもうこの方法しかないから。


「行っちゃダメ!」


 玄関で靴を履き終えたばかりのお姉ちゃんに、私は必死にしがみついた。


「紗綾お姉ちゃんは死んでない。今ここにいる。私の隣にいるの」


「だから……」


「私には、紗綾お姉ちゃんが必要なの。紗綾お姉ちゃんがいないと、私生きていけないの。だから、私のそばにいて。私から離れていかないで。お願い」


 どれだけ言葉にしても足りない。私には紗綾お姉ちゃんが必要なんだって。それくらい、大事な存在なんだって。伝わらないんなら、何度でも何度でも言葉にする。言葉で足りないんなら、いくらでも行動で示す。私は、紗綾お姉ちゃんのためだけに生きるって。


 抱きしめる腕にギュッと力を込める。棺桶の中で眠っていた紗綾お姉ちゃんとは違い、とても温かい。それだけで涙が溢れてきて、ずっとこうしていたいと心が叫ぶ。そんな私を、お姉ちゃんは振り払うことはしなかった。そのうちに、背後から両親の止める声が聞こえてきて、父が私とお姉ちゃんを引き剥がす。それでも、私は諦めなかった。


「またいなくなっても、私は必ず紗綾お姉ちゃんを見つけ出す。何度でも何度でも、見つかるまでずっと探し続けるから」


 絶対に諦めない。この希望の光は、絶対に手離さない。たとえそれが、間違っていることだとしても。


 お姉ちゃんは何も言わず、玄関の扉を開けて出て行こうとする。しかし、一歩を踏み出したところでその動きを止めた。そして、私に背を向けたままポツリと呟く。


「……星空の家」


「え?」


 何のことかわからず思わず聞き返す。しかし、お姉ちゃんはその一言だけ残すと、そのまま家を出て行ってしまった。


 両親が後で調べてみると、それは都内にある児童養護施設の一つだったらしい。そう、お姉ちゃんは私にヒントをくれたのだ。自分はここにいるという、その居場所の。


 それからの私は、毎日施設へ顔を出してはお姉ちゃんを捕まえて家へ連れ戻そうとした。すると、決まって親か施設の職員が邪魔をしてそれを阻止する。それでも諦めない私に、先に折れたのはお姉ちゃんの方だった。職員の人と相談して、学校のない土日に私の家に泊まりに来るようになった。


 そんなことが何回か続いたある日。夜リビングで両親とお姉ちゃんが話をしているところを見かけた。バレないよう扉の隙間からそうっと中の様子をうかがう。何やら真面目な話をしているようだった。


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