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紗綾お姉ちゃんのいない世界

 跡形もない、ただの白い骨。みんながそれを流れ作業のように拾っていく。でも、私はお骨を拾わなかった。紗綾お姉ちゃんが死んだなんて、絶対に認めたくはなかった。


だって、ケンカしたのが最後だなんて、「大嫌い」って叫んだのに謝ることもできないなんて、そんなの信じられるわけがない。紗綾お姉ちゃんは優しいから、私にそんな後悔させたまま、深く傷付けたまま、私のそばからいなくなるなんてことは絶対にしない。そう、紗綾お姉ちゃんは絶対どこかで生きている。そう信じることで、私はなんとか自我を保っていた。


 でも、それは三日ともたなかった。ふとした瞬間に、紗綾お姉ちゃんがいないという違和感が私を襲う。いつも一緒だったお風呂、ベッド、食卓、お部屋。どこにも紗綾お姉ちゃんがいない。ぬいぐるみの取り合いも、しがみつくその大好きな細い腕も、いつも当たり前のようにそこにあった紗綾お姉ちゃんのすべてがどこにも存在しない。


 どうして、どうして。どうして紗綾お姉ちゃんはどこにもいないんだろう。生きてるはずなのに、私を置いて行くはずないのに。それなのに、どうして紗綾お姉ちゃんは私に会いに来てくれないの。仕方ないなって笑いながら私を抱きしめに来てくれないの。


 朝起きて、一日中紗綾お姉ちゃんを探し、夜になって明日はきっとと期待して眠る。その繰り返し。そのうちに、紗綾お姉ちゃんは死んだという事実が、ひたひたと私の背後に忍び寄る。その恐怖に、とうとう私の心が悲鳴をあげた。


(真綾……)


夢の中で、紗綾お姉ちゃんが泣いている。どうしたの、と声をかけても、紗綾お姉ちゃんは泣いたまま何も答えない。そのうちに、何故か紗綾お姉ちゃんとの距離が離れていく。走っても走っても、その距離は縮まらない。そして「お姉ちゃん!」と叫んだところで、私は目を覚ました。


 紗綾お姉ちゃんが泣いている。どうして泣いているんだろう。もしかして、死んだことが悲しくて泣いているんだろうか。まだ生きたかったのに、生きていたかったのに、どうして私は死んでしまったの、なんで真綾だけ生きてるのって。


その瞬間、言いようのない激しい罪悪感が私の心を食いちぎった。


「いやあぁぁぁ!」


 耐えられなくなって、私は急いで洗面台へと行き、そこから母が使っているカミソリを乱暴に掴んだ。そして躊躇うことなく、それで自分の左手首を切った。顔を歪めるほどの鋭い痛みと、紗綾お姉ちゃんが流したのと同じ真っ赤な鮮血が溢れ始める。あとは水につけるだけ。それなのに、あまりの痛さに私はついしゃがみ込む。そのうちに母が私を見つけてしまった。


「真綾! 何やってるのっ」


 母が顔を真っ青にしてそう叫ぶ。そしてカミソリを私から奪うと、近くにあったタオルで傷口を押さえた。痛みに意識が朦朧としている私は、そんな母の動作をぼーっと眺めている。そのうちに、気付けば私は救急車に乗せられ、近くの病院に運ばれていた。


 処置が終わり、ベッドで横になっている私を、両親が不安そうに覗き込む。


「真綾、なんでこんなことしたんだ」


「……紗綾お姉ちゃん、いない世界、もうやだ……死にたい」


 私が力なくそう呟くと、両親は絶句したまま固まってしまった。


 私が紗綾お姉ちゃんを殺してしまった。まだ生きたかったはずの、紗綾お姉ちゃんを。それなのに、なんで私だけ生きてるの。紗綾お姉ちゃんのこと大嫌いなんてひどいこと言ったのに、それなのにどうして死んだのは私じゃなく紗綾お姉ちゃんなの。おかしいよ、そんなのおかしい。こんな罪悪感抱えたまま生きていたくなんかない。だからお願い、私を死なせて。


退院して家に帰ってからも、私は別の方法で死のうとした。でも、家の二階のベランダから飛び降りようとした時は、それだけでも恐怖に足がすくんでできなかった。そのうちにまた両親に見つかり止められる。それの繰り返し。次第に、両親も私も精神が衰弱していった。


 その頃の私は、学校はおろか外に出るのも億劫になり、ずっと部屋に引きこもっていた。食欲も無く、ただただ息を吸って吐いてを繰り返すだけの日々。


 私はどうしたらいいんだろう。紗綾お姉ちゃんに会って謝りたい。大嫌いなんて言ってごめんねって。本当は大好きだよって伝えたい。でも、今はもうそれができない。そんな激しい後悔ばかりが、私の身体中を蝕んでいく。


あの時轢かれるべきは、私だったんじゃないか。そう思いつつ目を閉じると、紗綾お姉ちゃんは決まって泣きながら私の夢に姿を現した。


 もう世界が終わればいいのに。そんなことばかり考えていた私に転機が訪れたのは、紗綾お姉ちゃんが事故に遭ってから二ヶ月後のことだった。私はこの日を、“奇跡の日”と呼んでいる。


 衰弱する一方の私をひどく心配した両親が、私を無理矢理近くのショッピングモールへ連れ出した。そこは家族でよく遊びに行っていた所で、紗綾お姉ちゃんの誕生日の日もそこに向かっていた、そんな場所。


 両親的には、少しでも明るい場所に連れて行くことで、私を元気付けようとしてくれたんだろうと思う。でも、その時の私はまったく楽しめなかった。


 施設のどこを歩いても、紗綾お姉ちゃんとの思い出が散らばっている。昼食を食べた飲食店、私の服を一緒に探してくれた服屋、そして一緒にぬいぐるみを買ったおもちゃ屋。あの時と装いはまったく変わっていないのに、その時感じたキラキラとした華やかさは私の目に映らず、ただ景色として無感情に流れていく。


 紗綾お姉ちゃんが私の前からいなくなって、なんとなく世界がモノクロに見える気がする。色は確かに認識しているのに、店が、物が、人が、全部無機質に思える。


 感情の無くなった世界。ただそこに存在するだけの自分。そんな日々を、私はずっと過ごしていくんだろうか。紗綾お姉ちゃんに会えないまま、激しい後悔を抱えたまま、私はただそこに在り続けるだけなんだろうか。だったら、いっそいなくなってしまいたい。


 紗綾お姉ちゃんに会いたい。お願いだから、私を見つけて。大好きだよって言って私を抱きしめて。紗綾お姉ちゃん、会いたい、会いたいよ……。


 その時だった。前方からこちらに向かって歩いてくる一人の少女に、私の目は奪われた。


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