バカですか、あなたは
「バカですか、あなたは」
泣きじゃくる私に、理央ちゃんの声が飛んだ。その表情は、滲んだ景色からでもわかるくらい怒っている。
「なんで好きになったかなんて、そんなの簡単でしょ。あなたが真綾の姉だからです。家族だからです。家族を好きになるのに、理由なんていらないでしょ」
「でも、私、あの子に、何もしてあげられなかった……っ」
「本当にそうでしょうか?」
そう柔らかく反論してきたのは、花凛ちゃんだった。
「確かに、真綾ちゃんを変えるきっかけを作ったのは私達かもしれません。でも、その前の傷付いた真綾ちゃんを支えていたのは、紛れもなく紗弥さんです。あなたが真綾ちゃんを否定せず、ずっとそばで見守ってくれていたからこそ、真綾ちゃんは心を壊さずに済んだ。音楽に、私達に、世界に目を向けることができるようになった。だから、今の真綾ちゃんがあるのは、真綾ちゃんが今笑っていられるのは、全部紗弥さんのおかげだと、私達は思います」
「二人とも……」
涙を拭う私に、二人は微笑みながら頷く。何故だろう、それを見て、不思議とこの二人も真綾のことが大好きなんだと確信した。
ダメだ、真綾。この二人を失っちゃいけない。あなたにとって、この二人は必要不可欠だよ。溺れてる真綾にとっての唯一の浮き輪なんだよ。だって、こんなにも真綾のことを想ってくれる人達、世界中どこ探してもこの二人しかいないんだから。
だからお願い、勇気出してこの二人の手を取って。それで、ちゃんと前向いて、自分の未来と向き合って。きっと、それが紗綾さんの願いだと思うから。私のことは、もうどうでもいいから。
「話はもう終わりですか?」
「え? う、うん。まあ」
「だったら、私達は真綾探しに行きますね」
そう言うと、理央ちゃんと花凛ちゃんは立ち上がった。そして、コートやカバンやらを手にする。本当に探しに行く気らしい。
「でも、場所わかるの?」
「今から聞くんです、紗弥さんに」
「私に?」
「だって、紗弥さんがすぐに真綾ちゃんを探しに行かないってことは、ある程度真綾ちゃんがどこに行ったのか目星がついてるからですよね? だから、私達に過去を話す余裕があった」
絶句する私をよそに、二人は目を見合わせて笑った。
ウソでしょ、もう勘が鋭いとかそんなレベルじゃなくない? 君達はエスパーか何かか。いや、もしかしたら、私がテンパりすぎてるだけで、冷静に分析したらけっこう見破るのは簡単だったのかもしれない。それほどまでに、私は冷静さを欠いていたということか。
私は降参とばかりに両手を挙げた。
「花凛ちゃんのおっしゃる通りです。一つだけ、真綾が行きそうな場所を私は知ってる。確証はないけどね」
「あなたは行かないんですか?」
「私は……」
両手と同時に、視線を足に落とす。
「正直、どうしたらいいのかわからない。今すぐにでも探しに行きたい反面、また嫌われるのが怖くて動けない自分がいる。次また嫌いって言われたら、私もう立ち直れない」
「もう、あなた達姉妹はどれだけシスコンなんですか」
「理央ちゃんだって、ちょっと前までは花凛ちゃんに嫌われるのが怖くて逃げてたじゃん」
「そうですよ。でも、あなたが言ったんでしょ、真綾と花凛を信じろって」
「それは……」
「だったら、今度はあなたが真綾を信じる番です。今の私が言えるのはこれだけですから」
「真綾ちゃんの気持ちはわかりません。でも、答えはきっと紗弥さんの中にあります。だから、ゆっくり自分自身と向き合ってみてください」
「花凛ちゃん……」
まさか、自分の言葉がこんな形で返ってくるとは思ってもみなかった。言葉にするのは簡単だけれど、どちらも実践するのはなかなか難しい。
それでも、彼女達はそれをした。こんな私なんかのアドバイスを受けて、目の前の壁を乗り越えた。だから今、二人は堂々と手を繋いでいる。
私は、どうしたいのだろう。これ以上傷付くのを恐れてまた離れるか、それとも理央ちゃんと花凛ちゃんのように真綾とまた笑顔で手を繋ぎたいか。すぐに答えはでそうにない。それでも、目の前の二人をとても羨ましく思った。
「さあ、真綾が行きそうな場所、教えてください」
「参ったね、君達には」
窓の外を見る。太陽はとっくに山に隠れて、辺りはもう薄暗い。今日は雲一つない天気だから、きっと満天の星空が見れるはずだ。真綾もきっと、その星空を見るんだろうな。
そんな思いは、白いため息と一緒に一番星に吸い込まれていった。




