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誰(た)がために君は歌う ~とあるバンドと姉妹の百合事情~  作者: 渡辺純々
第四章 姉妹の事情
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三人の絆

「……超問題児だった頃の真綾は、もう壊れかけてた。他人を拒絶して私に固執して。そうして自分の殻に閉じこもって、自分自身を傷付けてた。そんな真綾見てられなくて。私がいなくなれば、少しはあの子の視野も広がるんじゃないかと思ったんだよ」


「あなたにしてみては、殊勝な考えですね」


「私というか、こんな時紗綾さんならどうするんだろうって考えた結果かな。彼女なら、どうやって真綾を救おうとするんだろうって」


「紗弥さん……」


 ただ、自信が無かった。自分自身でさえ持て余しているというのに、そんな私が真綾のことを助けてあげられるのかって。だから私は紗綾さんに問いかけたのだ。同じ姉として、どうやって真綾を救い出そうかと。真綾の一番の理解者であり、本当の姉妹である紗綾さんに。


「きっと、私から離れれば、真綾もそのうち私と紗綾さんが別の人間だって気付いてくれると思ってたんだけどね。でも、それは私の思い違いだった」


「思い違い?」


「祖父母のいるこの田舎の高校を受験したことが真綾にバレた時、あの子泣きながら私にすがりついてこう言ったの。“お姉ちゃんまで私を置いて行かないで”って」


「それって……」


「そう、あの子はちゃんと理解してたんだよ。私と紗綾さんが別物だって。ただ、紗綾さんの死を受け入れるのが怖くて逃げてるだけなんだって、その時やっと気付いた」


(私のこと嫌になった? 怖くなった? だから私から逃げるの? 離れていくの?)


 中学生の時の、真綾のか細い声。まるで悪魔にでも追われているかのような恐怖した顔が、私を捉えて離さない。私が何も答えないでいると、真綾が泣きながら私にしがみついてきた。


(やだ……私を一人にしないで、私を見放さないで、私から離れていかないで。お姉ちゃんまで……お姉ちゃんまで私を置いて行かないで。お願い、お願い……っ)


「本当は、ちゃんとそこで突き放さなきゃいけなかったんだけどね。逃げてるだけならなおさら、私と紗綾さんは別物だって。でも、私にはそれができなかった。真綾のお姉ちゃんでいることを、手放せなかったんだよ」


 本当は、真綾が私と紗綾さんを別々の人間だと認識していることに、薄々気付いていた。私に紗綾さんを押しつけて、無理矢理生きていると自分自身に信じ込ませて、罪の意識から逃げようとしているんじゃないかって。


 それなのに、私にはその真実を突きつける度胸も強靱な心も無かった。


「怖かったんだ。紗綾お姉ちゃんでなくなった私を、真綾が受け入れてくれるのかどうか。もしかしたら、もう二度と笑いかけてくれないんじゃないかって。そう思ったら、突き放すどころか泣きすがる真綾を抱きしめてた。本当、情けないお姉ちゃんだよ」


「でも、今日は真綾ちゃんを突き放そうとした。私達に過去を話すことで」


「腹くくったからね。ちょっと荒療治かもしれないけれど、君達二人がいれば真綾も勇気が出せるんじゃないかと思って。辛い過去を乗り越える、そんな強い勇気を」


「大げさじゃないですか?」


「ううん、私が腹をくくれた理由の一つが、君達三人の絆だよ。解散危機に瀕しても、絶対に離れない強い絆。それがある今なら大丈夫なんじゃないかと思って」


「絆、ですか」


「そう。それに今の真綾には、音楽が、Marching Little Monsterがある。冗談抜きで、真綾を変えてくれたのは、音楽と、そして君達二人のおかげなんだ」


「私達ですか?」


「そう。理央ちゃんが真綾と音楽を引き合わせてくれて、花凛ちゃんが加入してくれたおかげでMarching Little Monsterができて、三人でバンド活動するようになって。その頃から真綾は劇的に変わったよ。本当よく笑うようになった」


 バンド活動を始めてから、違和感のあるものじゃなく、本当に楽しそうに笑うようになった。私といない時でも、理央ちゃんや花凛ちゃんと笑いながら過ごせるようになった。それは嬉しい反面、複雑な気持ちでもある。


「本当は、私がそう変えてあげられたら良かったんだけどね。いや、変えてあげたかった。でも、やっぱり私には無理だったみたい。だから、真綾のことよろしく頼むよ」


「頼むって……真綾ちゃん追いかけないんですか?」


「だって、大嫌いって言われちゃったし。それに、守りたいって思いながらも、必要とされなくなったら卑屈になって、醜い嫉妬してケンカしたりもして。そりゃ、こんなダメダメなお姉ちゃんより音楽を取るよ。もう要らないって思うよ。だからさ、私より二人が行った方が、真綾連れ戻せるんじゃないかな」


「ちょっ、紗弥さんっ?」


 理央ちゃんがギョッとした顔で私を見る。何か変なこと言ったかな、と私が不思議がっていると、頬を何かが伝っていった。触れてみるとそれは水で。気付けば、理央ちゃんと花凛ちゃんの顔が滲んでぼやけていた。


「なんで……なんで涙なんか……っ」


 拭っても拭っても、涙はとめどなく溢れて止まらない。息が、胸が、苦しい。泣いている、そう脳が認識してしまうと、今まで溜めていた感情が湧き上がるかのように、それは一気に涙となって溢れ始めた。


 悲しい。悔しい。真綾に嫌われてしまったことが、何もしてあげられなかった無力な自分が。どうして、もっとちゃんと守ってあげられなかったんだろう。彼女が一歩を踏み出せるよう、ちゃんとあの時突き放してあげられなかったんだろう。自分のことばかり優先して、その結果真綾を苦しめ続けて。そんなのお姉ちゃんのすることじゃない。紗綾さんだったら、絶対そんな間違い起こさない。私が偽物の姉だから、こんなことになったんだ。


 こんなこと、昔の私だったら絶対思わなかった。自分はもっと冷静な人間だと、自分さえ良ければ他人のことなんてどうでもいいと、そう思っていたはずのに。


「なんで……こんなに好きに、なっちゃったんだろう……っ」


 嗚咽まじりの疑問は、流れ落ちる涙と一緒に制服の袖口に留まる。


 大塚家の養子になって、桜明女学園を無事卒業して、良い大学に入って、一流の企業に就職して。そうして自分の力だけで生活できるようになったら、大塚家とは縁を切るつもりだった。利用された分とことん利用して、そして用がなくなれば、それは私にとってただの不用品。真綾の事情なんて知らない、関係ない。だって、私は本当の家族ではないのだから。最初の頃はずっとそう思っていた。


 それなのに。大塚家の人達の優しさと、そして真綾の姉に対する愛情と後悔に触れるたび、私の胸の奥の凍てついた何かが少しずつ溶けていくのを感じた。私に向けられたものではないと知りながらも、真綾が「大好き」だと告げるたびに、言いようのない温かな感情がじわじわと私の身体に浸透していく。そうしたら、いつしか本当に自分に向けられているんじゃないかと錯覚するようになった。


 バカだ、私は。そんなはず、あるわけないのに。いくら真綾が私のことを紗綾さんでないと認識していたとしても、その愛情は本物の姉にだけ向けられていたものだったのに。真綾が大好きなのは、紗綾さんだけなのに。それなのに、愚かな私は、その穏やかな空気に慣れすぎて、いつしか勘違いするようになっていた。それは自分に向けられているんじゃないかと。その結果がこのザマじゃないか。自分の愚かさに涙を通り越して笑いたくなってくる。


「真綾……っ」


 でも、これだけ愚かで惨めになっても、私は真綾のことが好き。妹として、真綾に負けないくらい彼女のことを愛している。だって、真綾は私を変えてくれた人だから。社会と己の境遇を呪うことしかできなかった私に、愛情という素晴らしい宝物をくれた。欲しくてたまらなかった“本物の家族”をくれた。そんなとても大切な人だから。この事実だけは、けっして変わらない。だからこそ、彼女の力になってあげたかったのに。


「ごめんね……っ」


 こんな姉でごめん。偽物の姉でごめん。役立たずの姉でごめん。真綾の大好きな紗綾さんになれなくてごめん。自分のことばっかりで、一人では苦しんでる真綾を救ってあげることもできなくて。こんな情けない私が、真綾の大好きな紗綾さんなんかに成り代われるわけなかったのに。真綾に大好きって言われる資格なんてなかったのに。いつまでも居心地の良い真綾の隣に居座って、あなたを苦しめ続けて。甘えたままで本当にごめん。もうこんなお姉ちゃん、いらないよね。本当、真綾のお姉ちゃんになっちゃってごめんね。


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