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誰(た)がために君は歌う ~とあるバンドと姉妹の百合事情~  作者: 渡辺純々
第四章 姉妹の事情
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誰かを本気で殺したいって思ったことある?

「ねえ、誰かを本気で殺したいって思ったことある?」


「はあ? そんなのあるわけないじゃないですか」


「花凛ちゃんは?」


「ありません」


「まあ、普通はそうだよね。でも、私はあるんだよ。殺したいって思ったこと」


 真面目な顔でそう言うと、理央ちゃんと花凛ちゃんの息を呑む音が聞こえた。


「小六の時の社会科見学の時にね、トイレ休憩から戻ってきたら、乗ってきたバスが駐車場にいなかったことがあって。わかりやすく言えば置いてけぼりくらったの」


「まさか。普通担任の教師が気付くでしょう」


「それが、先生もグルだったんだよ。たぶんだけど、保身のために私をいじめてたモンスター気味の親を持つクラスの生徒に反論できなかったんじゃないかな。だから私を犠牲にした」


「そんな……っ」


「それまでの私は、天涯孤独でも、いじめられても、なんとか自分を保ってこの世界で生きてきた。お前らなんかに負けるもんか、いつかこの運命ごとひっくり返してやるって。でも、置いていかれた瞬間、私という個人が世界から忘れ去られたような気がして。私は、こんな泥水すすりながらも惨めに生きてるのに。それなのに、お前らはそんな私を、私の存在ごと消そうとするのかって。そう思ったら、激しい怒りが込み上げた」


 まるで笑われている気分だった。こんな惨めで無様な姿になっても、生にすがりついている自分を。お前はゴミと一緒で、この世界に存在価値なんてないのにと。


「まだ教師が真剣に謝ってくれたら許せたんだけど。迎えに来たそいつがさ、ヘラヘラ笑ってたんだよ。わりぃ、わりぃって。それ見た時にはっきり自覚した。こいつを殺したいって」


 心に芽生えた明確な殺意。その時握りしめた拳の感触は、今でも怖いくらい覚えている。


「目の前で笑っているこの教師を殺そう。そして、私をいじめていた奴らや見て見ぬフリをしていたクラスメイトの奴ら全員殺して、そして私も死のう。それがせめてもの奴らへの復讐だ。そう思う度にその憎しみは膨らんでいった。自分でも制御しきれないくらいに」


 今でも思い出しただけでその時の殺意が蘇ってくる。ああ、殺したいって。そんな自分が怖くて、机の下で思わず袖口をギュッと力強く握る。


「母親のお使いだって言ってメモ用紙見せたら、店員さんは不審がる様子もなく包丁を買わせてくれたよ。まさか十二歳の子どもが人殺しに使うとは思ってもみなかったんだろうね。凶器を入れたリュックを背負いながら明日決行しようと覚悟を決めて。そうして憎しみにまみれながら歩いていた時に出会ったのが、真綾だったんだ」


「そんなタイミングで……」


「そう、すごいでしょ? 最初話を聞いた時はふざけんなって思ってたけど。別れ際に真綾が言ったんだ、“必ず見つけ出す”って。その時思わず置いてけぼりされた時のこと思い出しちゃって。ちょっと試してみたくなったんだ、真綾の本気度を」


「試すって、どうやって?」


「自分が入所してる施設の名前だけ告げて帰ったの。本気で私を見つけたいのなら、たったそれだけの手がかりだけで見つけてみせろって」


「それで、どうなったんです?」


「それがさあ、あの子本当に私に会いに来たんだよ。“見つけた!”って嬉しそうに笑いながら。まあ今考えたら、この時代施設名だけでもすぐに居場所は割り出せるんだろうけど。でも、まさか本当に会いに来るとは思ってもみなくて。その時にちょっとね、置いてけぼりくらった時の憎しみが少しだけど和らいだ気がしたんだ」


 真綾が本当に私を見つけに来るのか、それがわかるまでは計画を延期しよう。一度会いに来ただけで信用してはいけない。明日も来るのか試してみよう。そんな日々が続いていくうちに、いつしか教師やクラスメイト達のことなんかどうでもよくなっていた。


「私が誰も殺さずに、今普通に生活を送れているのは、全部真綾のおかげなんだ。彼女が私に愛情を……紗綾に扮した私に愛情を注いでくれているからこそ、私は他人に対する憎しみを押さえ込んで生きることができている。でもね、だからこそ、彼女を失うのが怖い」


「怖い?」


「一度芽生えた殺人衝動っていう魔物はさ、完全には消えないんだよ。ふとした拍子に檻から抜け出そうとするの。今だって、昔のいじめられてた時のこと思い出しただけで憎しみが溢れてくる。そんな自分が怖い。真綾という鎖を失った時自分がどうなるのか。もしかしたら、また誰かを殺したいって思うんじゃないかって。そう思ったら怖くてしかたないの」


 たまに夢で見る。小学生の頃の教師やクラスメイト達を包丁で皆殺しにした後、血まみれの私が嬉しそうに微笑んでいるところを。そんな時は恐怖に声なき声を上げて、ベッドの端にうずくまり夜が明けるのを震えながらひたすら待つ。大丈夫、私には真綾がいるから大丈夫と、自分にそう言い聞かせながら。


「もしかして、紗弥さんっていつもそんな恐怖と戦ってるんですか?」


「まあね。だからさ、真綾が金属バット持っていじめっ子達の前に現れた時は、心底ゾッとした。その時の目が、包丁を買った時の私と一緒だったから」


「じゃあ、真綾ももしかしたら本気で……」


「かもね。でも、それだけは絶対にダメ。あの子は、真綾は私みたいになっちゃダメなんだよ。こんな飼い慣らせない魔物を心に住みつかせちゃいけない。こんなモノを抱えながら生きていく恐怖を、あの子にだけはさせちゃいけない」


「だから、あなたは真綾から離れようとしたんですか?」


 理央ちゃんと花凛ちゃんの目が私の答えを待っている。私はそれに応えるようにゆっくり頷いた。


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