超問題児の真綾
「コメントにも書いてあった通り、真綾も私の後を追って桜明女学園に入学した。一年間猛勉強してね。どれだけ努力したかは、今の真綾の学力を知ってる二人の想像にお任せする。まあそんなこんなで、今度はベッタリ生活が学内にまで及んできたわけだけど……」
「けど、なんですか?」
「いや、そのせいで桜明女学園での真綾は、超問題児扱いだったんだよね」
『超問題児?』
二人の声が綺麗にハモる。あの真綾が、と言いたげに眉間のシワがさらに深くなった。
「まあ、同じ小学校出身の子も中にはいたから、大塚家の事情はすぐ広まったわけ。んで、性格の悪かった私がターゲットに選ばれて、わかりやすくイジメられ始めたんだけど。それを知った真綾がキレちゃって」
「キレるって……何したんですか、あの子」
「伝説は色々あるんだけど。たとえば、私がトイレに入ってる時にバケツの水をかけられたことがあって。それを知った真綾は、どこからかホースを持ち出してそれを蛇口に繋ぎ、イジメたやつらの教室に水をぶちまけたの」
「マジですかっ?」
「大マジ。あと、私の制服が切り刻まれることがあってさ。そしたら、真綾はその犯人達の制服を同じように切り刻むだけじゃなく、教室内で火を点けて燃やし始めちゃったの。そしたら消防も巻き込む大規模なボヤ騒ぎになっちゃって」
『うわっ……』
「あと、私がイジメられてる現場に金属バット持って乗り込んできた時は、さすがにヤバイと思ったなぁ。なにせ、目が人殺す勢いだったから」
「まさか、真綾ちゃん人殺しちゃったんですかっ?」
「まさか。心配しなくても、私が寸でのところで食い止めたよ。まあ、その代償に右腕を骨折しちゃったけど」
『…………』
「まあ、そのおかけで私へのイジメは早々になくなったんだけど。今思えば、両親が必死に説得したとはいえ、よく学校側は真綾を退学にしなかったよね。ほんと不思議」
そこまで言って、ハッと我に返る。すると、二人の顔が引きつっていた。それを見て私は苦笑する。
「そりゃあドン引きもするよね。姉のためにここまでするかって」
「まあ、正直……」
「でも、真綾は真剣だったんだよ。たぶん、今度は私がお姉ちゃんを守る、とか勝手に自分に課してたんじゃないかな」
「自分に?」
「そう。お姉ちゃんを守らなきゃダメ、お姉ちゃんのこと大好きじゃなきゃダメ、お姉ちゃんのことを第一に考えなきゃダメ、自分は幸せになっちゃダメ。そんな風に自分に課して、がんじがらめになってた気がする」
「どうしてそんなことを?」
「たぶん、罪滅ぼしだったんじゃないかな。自分のせいで死なせてしまった紗綾さんへの。あの頃の真綾、私といる時以外は能面というか、感情の無い人形みたいな顔してて。ほんと幸せになることを放棄してるみたいだった」
一人でいる時の真綾を初めて見た時、私と一緒にいる時とは正反対の顔をしていて正直驚いた。でも、そこでやっといつも私に向けられている笑顔の違和感の正体に気付けた。この子は楽しくて笑ってるんじゃない。そうでなければいけないと作っているんだって。
「アホな真綾、そんなこと思わなくてもいいのに」
「そうだよ。いくら紗綾さんのことがあったからって、幸せになっちゃいけないなんて、そんなことあるはずないのに」
「不器用なんだろうね。どうすれば罪悪感が無くなるか、真綾なりに必死だったのかもしれない」
もがいて、もがいて。そうやって溺れているうちに、漂ってきた藁の私に真綾はしがみついた。でも、もしかしたらまだ彼女は溺れ続けているのかもしれない。何の役にも立たない、この藁を握りしめたまま。
そう思ったら、私は嫌になって机に突っ伏した。
「あー、もうやだ。死にたい」
「ちょっ、なんなんですかいきなり」
「だって、私って役立たずだなぁと思ったら、なんか前より自分が嫌になった」
「役立たずって、真綾ちゃんに対して何もできてないって意味ですか?」
「まあ、そんなとこ。しかも、前に一回真綾から逃げようとしたことがあるからなぁ。なおさら嫌になる」
「真綾から逃げるって……もしかして、この高校に入学したことですか?」
「うん」
私は身体を起こすと、二人に向かって小さく肯定を示した。
「私を守ってくれるのはいいけどさ。それがエスカレートしていくうちに、だんだんと怖くなってきちゃって。だって、私を死んだ実の姉と思い込んでるだけじゃなく、その姉を守るためならなんでもするんだよ。人を殺してもかまわないっていう目をしてたんだよ。もうホラーじゃん、狂気じゃん! 怖いでしょっ?」
「だから、逃げようとしたんですか?」
「うん。このまま一緒にいたら、いつか殺されるかもしれないと本気で思って」
「なるほど。あなたなら考えそうなことではありますが」
「それで、本音はなんなんです?」
花凛ちゃんの問いかけに、私は思わず「え?」と目を丸くした。心臓が一度ビクついて不整脈になる。その後を引き継いだのは理央ちゃんだった。
「あなたが本当にそう思って真綾から離れたいと思ったのなら、真綾が一緒にここへ来るはずないじゃないですか。きっと本気で真綾にバレない所へ逃げたはずです。でも、あなたはそれをしなかった。つまり、理由は他にあるんでしょ?」
それは確信を持っている目だった。まるで、あなたならそんな理由で真綾から離れるはずがないと、そう思っているような二人の表情。それが真綾の姉として信頼されているような気がして、思わず胸が熱くなった。




