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誰(た)がために君は歌う ~とあるバンドと姉妹の百合事情~  作者: 渡辺純々
第四章 姉妹の事情
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ひねくれ者の紗弥

「質問とかしてもいいですか?」


「いいよ、ここまできたら何でも話す」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 理央ちゃんの質問を受けるため、私は軽く身構えた。


「ややこしくなるんで、“さーや”じゃなくて紗弥さんって呼びますけど。紗弥さんに家族がいないってどういうことですか?」


「理央ちゃんっ」


「いいよ、花凛ちゃん。私が何でも答えるって言ったんだから。あのね、私も後で職員の人から聞いたんだけど、施設の前に捨てられてたんだって。赤ん坊だった私が」


 サラリとそう答えると、二人は同時に申し訳なさそうな顔をした。それを見て私が慌てる。


「あ、気にしないでね。もう終わったことだから。それに、大塚のご両親も、祖父母も、私を紗弥として本当の家族のように接してくれててさ。だから、今は不思議と何とも思ってないの」


「今はってことは、昔はそうじゃなかったんですね」


「そりゃあね。私を捨てた親を恨んだし、周りにいる全ての人間を憎んでた。当たり前に両親がいて、愛情を注いでもらって、何不自由なく生活も送れてて。そんな奇跡が当たり前だと勘違いして生きてるやつらを見てると、自分にはそれが無い分無性に腹が立った。だからイジメられても、こいつらはそんな簡単なことにも気付かない、無能で低脳でゴミ以下の人間だ、って見下すことで心の平穏を保ってたな」


「うわ、性格悪っ」


「でしょ? ほんと嫌なやつ。あの頃はドン引きするくらい性格ひねくれてたなぁ。友達もいなかったし」


 もし、あの時真綾に捕まっていなかったら、私は今過去をこんな風に懐かしむことなんてしていなかっただろう。嫌な奴のまま、周りを見下して生きていたに違いない。


「あの、なんかごめんなさい」


「なんで花凛ちゃんが謝るの?」


「だって、私も当たり前だと思って生きてきたから」


「大概の人はそうだよ。親元を離れて、一人暮らしして、自分で稼いで。そこでようやく親のありがたみを感じるんだって。だから、花凛ちゃんはこれからなんだよ。今のうちにいっぱい甘えときな」


「まるでジジイの説教みたいですね」


「悪かったな、年寄り臭くて。まあ、こんな偉そうなこと言ってるけど、結局は私も大塚の両親に甘えてるからね。私も丸くなったもんだよ」


 昔の自分が今の私を見たら、いったい何と言うだろう。腑抜けになったな、と人を小バカにしたように笑うだろうか。それとも、良かったねと泣いてくれるだろうか。少し前までは絶対前者だと思っていたのに。今の私にはどちらもあり得そうに思えてよくわからない。


「よくそんな性格で、大塚家へ養子に入ろうと思いましたね。やっぱり始めの頃は、真綾とかご両親に対してもひねくれてたんですか?」


 理央ちゃんのその質問に、私はその時のことを思い出すように「んー?」と首を傾げる。そして、ちょっとだけ視線を逸らした。


「……まあ、かなり性格悪かったかなぁ。というか、腹黒かった」


「腹黒かった? 感謝した、とかじゃなくて?」


「まさか。あの頃の私は生意気だったからね、金持ちが貧乏人に施しや同情するなんて最低だと思ってた。だって、そこにははっきりと格差という差別が存在するから。私をイジメてたやつらと一緒じゃんかってね」


「紗弥さん、本当に性格悪かったんですね」


「ごめん、花凛ちゃん。しみじみと言わないで。心にグッと突き刺さるから。それかなり痛いから。あっ、でも勘違いしないでよ。今はちゃんと感謝してるんだから」


「はいはい、それは今のあなたを見てたらわかります。それより、そんな生意気な子どもがどうして養子話を受け入れたんですか?」


 本当にわかってくれたんだろうか。そう疑いつつも、私は目の前で人差し指をピンと立てた。


「ご両親にね、一つだけ条件を出したの。大塚家の養子になる代わりに、桜明女学園に行かせてほしいって。もちろん、ちゃんと受験して受かったらの話ね」


「なんでそんな条件を?」


「亡くなった長女の代わりなんて、そんなの人形と一緒じゃん? だったら、そっちが私を利用するなら、こっちも利用してやるって思ったんだよ。利用されるだけじゃ癪だし、そんなにお人好しじゃなかったから」


「それで桜明女学園への入学ですか」


「あそこは全国でもトップレベルの進学校だからね。そこでエリートコースに乗って、人が羨むような職業に就いて、富も地位も名誉も手に入れて。そんで、それまで私をバカにしてきたやつらを見返してやろうって思って」


「絵に描いたようなひねくれ者ですね。というか、卑屈」


「まあね、そこは否定しないよ。でも、あそこは私立だから、施設育ちの私には手が出せなくて。特待生になれるほど優秀でもなかったし。諦めようとしてたところにチャンスが舞い込んできたからさ、こりゃあいいや、利用しようと思って」


「それで、ご両親はオッケーしたわけですね」


「そう。お互いの利害が一致したから。それで私は養子の話を承諾して、見事試験にも合格し、約束通り桜明女学園へ入学したってわけ。うわ、やっぱり私腹黒い」


 自分でもちょっぴり怖くなる。このしたたかさに。恐る恐る理央ちゃんと花凛ちゃんを見ると、二人とも大きく頷いていた。


「やっぱり、紗弥さんは昔から腹黒かったんだ」


「なんだか、真綾ちゃんが可哀想」


「いやいや、あの子の方がひどいでしょ。死んだ姉役を私に押し付けて、呼び方だって未だに“紗弥”じゃなくて“紗綾”お姉ちゃんで。事情を知ってる人達が変な目で見てくるから、苦肉の策で“さーや”というあだ名で呼び合う仲の良い姉妹を演じてたんだから」


「演じてたんですか?」


 私の失言に、花凛ちゃんがいち早く反応する。その目は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えて、私はすぐに言葉が出てこなかった。


「……最初の方は演じてたかな。これも私の明るい未来のためだって。でもあいつ、出掛けるのも一緒、お風呂に入るのも一緒、寝るのも一緒、とにかく四六時中私にベッタリでさ。一週間でギブアップ寸前まで追い込まれた」


「真綾ならやりそうですね。その光景が目に浮かびます。私だったら、花凛以外鬱陶しくて無理」


「私ならいいの?」


「うん。むしろ嬉しい」


「理央ちゃん……」


「あー……ごめん、今私のターンでシリアスな話の途中だから、イチャイチャしないでくれる?」


 見つめ合い、頬を赤く染めて二人の世界に浸ろうとする彼女達に、私は一応釘を刺す。これだから、付き合いだてのカップルは空気が読めなくて困る。目の前でラブラブするのはかまわないけれど、せめてこの話が終わってからにしてほしい。


 そんな私の思いが顔に出ていたのか、二人は慌てて顔を逸らす。それを見て、私はため息をつきつつ話を戻した。


「私も最初は理央ちゃんと同じ考えだったよ。鬱陶しいって。でも、紗綾さんが生きてた頃もそうだったみたいだけど、亡くなってから特にひどくなったって両親は言ってたからね。真綾なりに不安だったのかもしれない。またお姉ちゃんがどっかに行かないようにって。今ならそう思えるよ」


 移動する時、真綾は決まって私の腕にしがみついていた。まるで、手を離したらあっという間に遠くへ行ってしまう風船を、必死に繋ぎとめておくかのように。それは最初鬱陶しかったけれど、慣れてしまえばそれが無いと少し寂しく感じる。


「それで、ギブアップしたんですか?」


 花凛ちゃんの不安そうな声。私は苦笑しつつ首を横に振った。


「し損ねた。ある日限界がきて、文句言ってやろうと真綾んとこ行ったらさ、あの子部屋の片隅で一人膝抱えて泣いてたんだ。紗綾お姉ちゃんって呟きながら。なーんかそれ見てたらさ、なんていうのかな……さすがのひねくれ者の私も言葉に詰まっちゃって。施設では泣いてる子がいても何とも思わなかったのに、あの時の真綾だけは抱きしめちゃったんだよね。今でもあの時の自分の感情がよくわかんない」


 もしかしたら、膝を抱えて泣いている真綾に、自身の姿を重ねていたのかもしれない。世界にたった一人で、頼れる人もおらず、辛くて、苦しくて、寂しくて。いつも心の中で泣いていた弱い自分が目の前にいた。だから、たぶん抱きしめたくなったんだと思う。辛いよね、寂しいよね、でももう大丈夫、一人じゃないよ、って。


「あの時からかなぁ。“姉”っていうものを意識しだしたのは」


「意識しだしただけ良かったです。今の話聞いてちょっと安心しました。ひねくれてても、そこで妹を放置するような腐った人間ではなかったんですね」


「うん、なんか言い方があれだけど、ギリギリ普通の人間だったみたい。でもね、人としてのイカれ具合では真綾の方が上だったよ」


「あの真綾ちゃんが?」


「そう、あの真綾ちゃんが」


「ウソつかないでください。あのアホだけど人懐っこい真綾が、人間をゴミ以下だと思ってたあなたより性格悪いわけないじゃないですか」


「ねー、今の真綾見てたらそう思うよねー。でも、養子に入った時から彼女を見てきた私にとっては、今の真綾は奇跡なんだよ。ほんとまるで別人」


 ここはウソではないのでちょっと声に力を込める。すると、理央ちゃんと花凛ちゃんは顔を見合わせた。私の話を信じるかどうか決めかねているらしい。


「じゃあ、私達に出会う前の真綾の話を聞かせてください。それでなければ信じようがない」


「そりゃそうだ」


 理央ちゃんの言うことはごもっとも。私は納得して頷くと、再び長い息を吐いた。


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