五(ユリウス視点)
「こんなはずじゃ……」
ウカーシュ侯爵家の三男ユリウスは、自室で謹慎させられていた。
他でもない母の命によって。
なぜ、こんなことになったのか。ユリウスは己の行いを振り返る。
確かことの始まりは十年以上前。
生涯を捧げるに足る女性、麗しきヴィクトリアに出会ったことだ。
親族の集まりで知り合った同い年のヴィクトリアは、流行りの恋愛小説にもドレスにも目もくれなかった。彼女が熱心に読んでいたのは、異国の経済の本だった。
それがやけに新鮮で、心惹かれた。ヴィクトリアと会話をするために、ユリウスも必死で勉強を頑張った。
そして、彼女と初めて議論した時。己の目指す道を理解したのだ。
それすなわち、ヴィクトリアの隣で、ヴィクトリアの成し遂げたい研究を全力で助ける、唯一無二のパートナー。
当然、ユリウスは自分がヴィクトリアと結婚するものだと思っていた。
なのに、なのに。
ヴィクトリアの才媛ぶりは、皇帝の目にまで留まってしまった。
そして、皇太子ジェラルドの婚約者になった。
あの日の衝撃を忘れたことはない。ユリウスの目の前は真っ暗になった。将来がぱったり、見えなくなった。
ユリウスはジェラルドが妬ましかった。憎たらしかった。腹が立ったし、悔しかったし、情けなかった。
だから、本当は良くないと分かっていたけど、せめてヴィクトリアが結婚するまではと、ユリウスは手紙の頻度も落とさず、二人きりの議論も続けた。
それが問題視されることも、自覚はしていた。
それを、ヴィクトリアの取り巻きたちが言う“高尚なる学術討論を逢瀬だのと邪推するのは、その者の心が不純だからだ”という言葉に縋り正当化した。
母メルヴィーナからは何度も、何度も注意された。これ以上は庇いきれないとすら言われた。
だが、ユリウスは心のどこかで驕っていた。
どうせ大丈夫だろう、と。
その慢心が社交界でどれほどの命取りかを思い知ったのは、ヴィクトリアが婚約破棄されてからだ。
ユリウスはようやく気づく。自分は重大な事態の当事者になったのではなかろうか。
そして。
母に謹慎処分をくらい、部屋に閉じ込められた。手紙を出すのも禁じられた。
明日、それが解かれる。そうしたらまず、真っ先にヴィクトリアに会いに行こう。彼女の心に寄り添って、今度こそ。
「ユリウス、あなたを今日付けで勘当します」
謹慎明け。ユリウスの母はそう言った。
「母上……?」
「あなたは私の再三の警告を無視し、我が家に不利益をもたらしました。看過できません。あなたをこの家に置く危険性が、あまりに大きい」
冗談を言う目ではなかった。本気だと、悟った。
だが、勘当とはいったい何か。貴族学園は?住む場所は?
まさか、全て失うとでもいうのか。そうしたらユリウスはどう生きればいい。
「ぼ、僕は、どうなるのですか」
「好きに生きなさい。自由に。自己責任で。自分の面倒は自分で見なさい」
無理だ。十七歳の世間知らずの貴族の三男坊に、一体何ができる。
ユリウスは、己が世間に対して無知だと言うことくらいは知っている。
ヴィクトリアとの議論も所詮は机上の空論だ。ユリウスは下町で直接銅貨を払い、物を買ったことすらない。
「あ、あんまりです。僕は罰されるようなことは、何も」
「……本気で言っているのなら、尚更勘当よ」
ああ、なぜ、なぜ。
「どうして、こんなことに」
ユリウスはようやく、己の行いの代償を突きつけられた。




