三(ヴィクトリア視点)
婚約破棄事件から数えて五日後。
ヴィクトリアはセナレム公爵家のタウンハウスに留守番だった。
自分の未来を決める取り決めのはずなのに参加権がない。それがこの上なく口惜しかった。
だが、同時に理解していた。
離宮……あそこは帝国の禁域のような場所だ。白大母と呼ばれる皇太后の暮らす世界。
なぜそのような呼ばれ方をしているのかと言えば、ひとえにあまりに強大すぎるゆえ、俗称で誤魔化さなければ話題にするのも憚られるからである。
そして離宮は非公式ながら、きっと全て決めてしまえる場所。
そこに、当事者とはいえ何の爵位も役職も持たない、一貴族の娘であるヴィクトリアが同席できるはずもなかった。
そして、時間だけが過ぎる。
馬車の音がしたのは、夕刻前。
「お父様っ」
「今すぐにオベリアを呼べ」
ヴィクトリアは走る一歩手前の速度で玄関に向かう。
しかしたった今、帰ったばかりのセナレム公爵は、ヴィクトリアには目もくれずオベリアを呼んだ。
「……え?」
瞬間、ヴィクトリアの足が止まる。
嫌な予感がした。
しばらくして現れたオベリアに、セナレム公爵は喜色満面で言い放った。
「お前が皇太子妃になることが決まった!正式な通達はもう少し先だが、来月から早速教育を始めよう」
「お父様……?」
ヴィクトリアは震える声で呟いた。
そこでようやく、セナレム公爵はヴィクトリアを一瞬睨みつけ、咄嗟に取り繕った。
「あっ……ああ、ヴィクトリア。お前は入婿をとって、我が家を継ぐことになった。相手選びは私に任せて、当主としての教育に専念しろ」
その声は冷たかった。
ああ、これは決定事項なのだ。ヴィクトリアは悟る。
同時に、疑問が絶え間なく湧き出てくる。
「なにが、どうして……」
「さて、何から話すべきか。正式な通達があるまで、あまり広まるような真似をするとまずいのだが」
もったいつける話し方。余裕のある態度。
今朝とは打って変わったその様子に、ヴィクトリアだけでなくオベリアも顔を引き攣らせる。
そしてオベリアが恐る恐る口を開いた。
「……その、お父様。そもそも私の婚約者は、オルベール様のはずです」
そうだ。オルベール。
帝国五公の一角、プラト公爵の弟。セナレム家へ婿入りする予定だった男。
しかし、セナレム公爵は目を泳がせた。
「んんっ、あ、あぁ、オルベール……様、か。あ、いや、うん……何と言ったものか」
おかしい。セナレム公爵は、オルベールを呼び捨てにしていたはずだ。それが、様付け?
ヴィクトリアは理由を必死に考えるが、浮かんでくるのは荒唐無稽な推測ばかりだ。
「お父様、本当に一体何が……」
「とにかく!我が家に不利益があるような事態は避けられた。お前たちは公式の通達を待て。余計なことはするな。良いな?」
全くよくない。だが、ここで食い下がったところで事態が改善するとも思えなかった。
ヴィクトリアは行き場のない不安と憤りと疑問を抱えたまま、しばらくの時間を過ごすことになるのだった。




