十四(ウカーシュ侯爵視点)
財務院長にしてウカーシュ侯爵たる彼は、今日も今日とて愛しき妻メルヴィーナに抱きつかれていた。
「……それで、今回はどんな案件かな」
恐る恐る尋ねれば、メルヴィーナは愛らしく微笑んだ。
「バザン王国への財政援助の話が出ているそうですね」
「ど、どこからその話を」
「ぜひお受けなさいな」
ちゅっ、と頬にキスをされる。
だが流石に流されていい案件ではないことくらい、ウカーシュ侯爵も理解していた。
「理由を教えてくれるかな」
「むしろ私は、あなたが躊躇う理由が理解できないのですけれど」
ウカーシュ侯爵は狼狽えた。誰もがメルヴィーナのように聡明で視野が広ければ、ウカーシュ家はこれほど繁栄していないのだ。
彼女が卓越した社交と政治センス、そして強運を持ち合わせているからこそ、ウカーシュ家は五公に並び立つ権勢を誇っている。
「……昨年度は黒字だが、一昨年度は赤字。決して余裕があるわけではない。バザンを経済援助する利益はどこにあるんだい」
ウカーシュ侯爵なりに頭は使っているつもりだ。しかし、この妻には到底及ばない。
メルヴィーナは仕方なさげに眉を下げ、丁寧な解説を始めた。
「現在、バザンに財政援助しているのはアシュトとスラトニアの二国ですわ。そして、次期アシュト大公であるペネロペ様には私たちの次男が婿入りしましたでしょう」
「ああ、今年の初めのことだね。つまり……?」
ウカーシュ侯爵の間の抜けた声に、メルヴィーナは呆れたようにため息をついた。
「はぁ、つまりですね。アシュトとスラトニアが負担している財政援助の一部を帝国が担えば、二国に対し恩が売れるのです!その理由付けとして、私たちの次男がペネロペ様に婿入りしたことを挙げれば、周囲は下手につつけない。そして、恩を理由にアシュトとの関税緩和も夢ではありませんの!」
ああ、と点と点が線で繋がる。ウカーシュ侯爵は得心した。
「何より、この財政援助で主導権を握れば、スラトニア王室と繋がりを持つアドー家にすら恩が売れるかもしれません!あそこには年頃の娘もいますわ。もし、うちの長男に嫁に来てくれれば、軍務院の中枢と縁が持てますのよ!」
その力説に、ウカーシュ侯爵は遠い目をする。だめだ、勝てない。
初対面の時からメルヴィーナという女は計算高かった。
それにまんまと引っかかった時点で、尻に敷かれるのは確定事項だったのだ。
「……うん、よし、財政援助の件、俺は賛成派の立場をとるよ」
「賢明な判断です」
メルヴィーナは嬉しげに、ウカーシュ侯爵の唇にキスを落とす。
今回も言いくるめられてしまった。
そこでふと思い出す気掛かり。
「……ユリウスは今、どうしているのかな」
不安げに目を伏せるウカーシュ侯爵に、メルヴィーナはケロリと言った。
「ああ、ユーリのところで上手くやっているようですよ。あそこなら帝国最北で帝都から離れていますし、ちょうど六つになる娘がいますから。家庭教師としてそれなりに勤めているとか」
「ああ、君の弟のユーリくんね」
頷くメルヴィーナにウカーシュ侯爵は頭を抱えた。
「本当、何から何まで君に頼り切りだ……」
「あら、でも嫌じゃないでしょう?」
ああ、本当に。
ウカーシュ侯爵は、妻の尻に敷かれているに限る、と思考を放棄してもう一度メルヴィーナにキスをした。




