十一(レヌマ副院長視点)
レヌマ副院長は仏頂面だった。自分の執務室に皇太子オルベールがいるからだ。
ことの発端はつい数分前。
軍務院本部の廊下で、ルルニア院長との会談を終えたオルベールが“偶然”にもレヌマ副院長と鉢合わせたことだった。
もっとも、実際は事前に話が通っていた。
軍務院のレヌマ副院長とまで正式に会談すれば、ルルニア院長の面子を潰すことになる。
ゆえに、“偶然”会ったというわけだ。
とはいえレヌマ副院長は少しばかり面食らっていた。
まさかこんな普通の青年が新皇太子だとは、思いもよらなかったのだ。
同時に考えた。
『新・バザン王国併合論』などという馬鹿げた構想。机上の空論ばかりの若造に、今こそバザン王国併合の意味を知らしめる時だ。
「皇太子殿下にとって、戦争とはなんですか」
レヌマ副院長の唐突な問いに、オルベールは首を傾げた。
「そうですね……必要ならばするものです」
その返事に、レヌマ副院長は眉を顰めた。
「皇太子殿下、それは違う。戦争とは必要ならばするものではない。国にとって“しなければならないもの”だ」
「その心は?」
前のめりになるオルベールに気を良くし、レヌマ副院長は早口に語る。
「第二次西大陸戦争時、帝国は攻め込まれた。先制攻撃を敵に許したのだ。これは不名誉なことだ。偉大なる帝国は常に攻め込み、主導権を握らなければならない」
オルベールは頷いた。
「一理あります。帝国の威信は重要ですから」
おや、とレヌマ副院長は思う。この若造、思ったよりも話が通じるのではないか。
「バザンは忌むべき存在だ。敗戦国でありながら、早期の講和により併合を免れた。第二次西大陸戦争のやり残しだ。これを放置しては、いつ再び帝国に牙を向くか分かったものではない」
「……だから先に滅ぼすと」
レヌマ副院長は嬉しかった。
白い目で見られない。ちゃんと話を聞いてくれる。
そうだ、私は何もおかしいことは言っていない。
オルベールは少し考えるそぶりを見せて言った。
「副院長殿、もしやあなたはバザン王国を併合した後、仮にスラトニアやセルニアとことを構えることになっても、全て打ち滅ぼせばいいとお考えで?」
その言葉に、レヌマ副院長は思考を止める。バザンを滅ぼしたいと、常々考えてはいた。
だが、その先について考えたことはなかったのだ。
レヌマ副院長は、焦りを必死に隠しながら肯定した。
「も、もちろん、帝国の敵は全て打ち滅ぼすのです。威信にかけて」
オルベールは物憂げな表情を浮かべた。
「ですが、セルニアは狡猾な国です。周辺諸国を焚き付ける」
「関係ありません。全て一網打尽にすればいい。帝国にはそれだけの力がある!」
言いながら、レヌマ副院長はだんだんと勢い付く。不思議とそれが正解のように思えてきた。
オルベールはポツリと言った。
「力があるのは認めましょう。しかし長期戦は望ましくない。一網打尽にするなら、短期決戦で圧倒的な勝利を収めてこそ帝国たり得るでしょう」
レヌマ副院長は息を呑んだ。
想像以上だ。このオルベールという若者はなんと聡明なのか。あの弱気な文書はなんだったのか。
「なにか、お考えがあるのですか」
レヌマ副院長が聞かせてくれと詰め寄れば、オルベールは部屋の片隅にある地図を見た。
「圧倒的な力を持つ兵士を作るには、実戦が一番、そうですね?副院長殿」
「え、ええ!」
「ならば、練習台がある方がいい。バザン、スラトニア、セルニアと戦っても壊れない、強い帝国軍を育成する練習台……そう、例えばリュシーム連合や、トドル王国など」
そこで再びレヌマ副院長の思考が止まる。
リュシームはまだ分かる。だがトドル。聞き覚えはあるが、あまり意識したことのない国。
帝国の北西に位置する、孤立した島国。
「とはいえ、皇太子たる僕に軍の裁量権はない。気の長い話ではありますが、僕が皇帝になるまでに考えておいてもらいたい」
確かに冷静に考えれば、そんな裁量はオルベールにはない。レヌマ副院長は少し黙り込み、そして顔を上げた。
「……ええ、考えておきます」
その声は掠れた。
なぜだか喉の奥に小骨が引っかかったような気分だった。




