九(オルベール視点)
オルベールは安堵した。
オベリアの精神状態は、思ったよりも良くなかったが、今日の対話で多少は持ち直しただろうと思えたからだ。
だが、油断は禁物だ。
オベリアの土台は不安定、些細な他人からの言葉で呆気なく崩れる。
これはしばらくの間、毎日手紙を送った方がいいのかもしれない。
手紙を送る建前もある。
新たに皇太子となったが、君のことは疎かにするつもりはないという政治的なポーズ。
その本音の大部分は心配だと、オルベール自身は気づいているのか。
同時にもう一つ考えるべきことがあった。それが、『新・バザン王国併合論』だ。
もっとも、あれはすでに皇帝の政務補佐官に提出した。そして、各院に配られた。
その反応は賛否が分かれるだろう。
あの資料には、わざと穴を残しておいた。その方が“受け入れられやすい”から。
最初から完璧な理詰めの提案は、相手の思考を奪う。強い反発と、激しい熱狂を呼ぶ。それではいけない。
オルベールはこの議論に関して、複数の出口を見ていた。
そしてそれは必ずしも、譲歩ではない。
なぜなら、オルベールには明確な方針など存在しないのだから。いや、大枠では存在する。
それは大きな問題を起こさず、平和で安定した治世を築くこと。
そのための手段は選ばない。
必要ならバザンを取り込む。必要なら独立国として残す。必要なら全く別の案もある。
そして、もしバザンが帝国の平和を脅かす存在となった時は、必要に応じて滅ぼす選択すら厭わない。もっとも、それは最終手段ではある。積極的に戦争がしたいわけではない。
必要と判断したことを、合理的に選択できる。それこそがオルベールの強みであり危うさだと自認していた。
誰の敵にもならないということは、誰の味方にもならないということだから。
だからこそ、オルベールは強く思う。やはりオベリア・セナレムという存在を隣に置いておくべきだと。
彼女は無自覚な保守派だ。それは社交界において、そして政治において明確な軸になる。
国のためにふらふらと調停するオルベールに代わり、オベリアは立場のはっきりとした存在となるだろう。
そう、期待している。
彼女が知ったらどう思うだろうか。
驚くだろう、たじろぐだろう、自分では無理だと泣きそうな顔をするかもしれない。
だから、まだ言わない。
オルベールは、オベリアを考えると少しだけ早くなる心臓に、気づかないふりをした。




