五(セリーム視点)
会議室を後にしたセリームはため息をついた。
これはどう測るべきか、それが問題だ。
息子ムラートの報告では、オルベール皇太子は確かに軍事的併合に消極的だった。
しかし蓋を開けてみればどうだ。
『新・バザン王国併合論』では、実質的にバザンを帝国圏に取り込んでいる。
カルーシ侯爵になんと言うべきか。いや、遠くないうちにこの資料は帝国中枢に広く知られることにはなるのだろう。
なにせ、皇帝政務補佐官が持ち込んだのだから。他にも話は行っているはずだ。
誰が何を思い、どう動く。
派閥は、各勢力は、何を目的とし、何を利益とし、どのような手を打つだろう。
冷静にならなければ。セリームはそう思い、執務室に戻り椅子に腰掛ける。
バザン王国への財政援助自体はいい。そこまでは賛成だ。
問題は、軍事援助など深入りしすぎることだ。
セリームがスラトニアを刺激したくないのは、なにも領地のことだけではない。
スラトニアの現王妃は、セリームの“いとこ”なのだ。
つまり、スラトニアとの関係悪化は彼女の立場を不安定にさせることに他ならない。
もし、今回の案が全面的に通ればスラトニア王妃は、帝国がバザンへの財政援助をする際のスラトニアへの口利きに利用されるだろう。
それが何よりの懸念事項だった。
そこでふと思い至る。
スラトニア国王との縁談を推進したのは誰だったか。
それは、セリームの母ゾフィーだ。
そしてゾフィーは皇太后が故郷から伴ってきた、腹心の侍女。
ゾフィーがアドー伯爵家より皇太后の意向を優先しても、何もおかしなことではない。
セリームは母の忠誠心の深さをよく知っている。
一体いつから、誰に仕組まれていた。まさか、最初から?
それは勘繰りがすぎる。セリームは己を戒めた。
だが今回の『新・バザン王国併合論』も皇太后が考案したものであれば。オルベールは傀儡に過ぎないのかもしれない。
そこまで考えてセリームは思考を止める。
ダメだ、やはり疑心暗鬼になっている。
そして皇太后が出てこない限りどの派閥も決定打を打てない。
皇太后が表舞台から退いて久しい。それすなわち、彼女の意思を誰もが代弁できる。
同時に、あまりに過激な発言を皇太后のものと偽れば、皇太后本人が表舞台に舞い戻り、自らの言葉で意見を明確にする可能性が高い。
それだけは、どの派閥も避けたいのだ。皇太后と意見が食い違えば、途端に勢力を失ってしまうから。
つまるところ、皇太后とは帝国の政治における、巨大な均衡装置なのである。
それは安心であると同時に恐怖だ。
セリームは、皇太后がいつか亡くなる日を思う。そしてまた、項垂れるのだった。




