三
その日、帝国の軍務院の幹部たちは会議室に一堂に会していた。
そこで一つの封筒が配られる。
新皇太子オルベールが著した『新・バザン王国併合論』と題されたそれは、会議室に異様な空気をもたらすことになる。
内容は、以下の通りである。
前提として、バザン王国の現状について考えておくべきことがある。
それは、バザンが現在、財政難に陥っているという点である。
アシュト大公国とスラトニア王国の中間に位置するバザンは、これまで両国の中継地点として機能してきた。
しかし、アシュトが帝国の影響下に入って以降、海路を用いた迂回路が安定。バザンは中継地点としての役割を大きく損なうに至った。
また、第二次西大陸戦争の敗戦など様々な要因が重なり、バザンは国政に金を回す余裕がない。
だが、バザンが国家として成り立たなくなれば、難民や野盗、密輸などの問題が多発することは目に見えている。
そのため周辺諸国、とりわけ国境を大きく接するアシュトとスラトニアは、バザンへの財政援助を余儀なくされている状態だ。
もし、この状況下で帝国が攻め込めば、何が起こるか。
ひとつは、純粋にバザンが崩壊し帝国に併合される道。
ひとつは、バザンの国家主義と反帝国感情を刺激し、帝国という明確な敵を前にバザンが結束する道。
後者の場合、戦争は長期化を余儀なくされる。また、帝国の弱体化を狙う周辺諸国がバザン支援の名目で介入する可能性すらある。
ゆえに対バザン政策の目的を、バザン併合ではなく“バザン王国の実質的な無力化”に置くものとする。
はじめに、現在行われているアシュトとスラトニアによるバザンへの財政援助に、帝国も介入する。
バザン崩壊を憂う第三国の立場から、援助を提案するのだ。
無論、スラトニアは警戒する。しかし財政援助の負担が減るとなれば、受け入れる余地がある。
介入が可能となれば、徐々に帝国の負担割合を高めていく。
アシュトは帝国の影響下にあるため、バザンへの援助の過半は帝国が担うものとなる。
次に、バザンの治安維持などを理由に軍事的援助を行う。
あくまで兵器供与、軍事指導などの名目でバザン王国軍に介入。帝国への依存度を上げる。
そうすれば、バザン王国軍は独立しながら、帝国なしには立ち行かなくなる。
これには軍務院の協力を要する。
最後に、帝国軍をバザンに駐屯させる。名目上は治安の共同維持とする。
これにはスラトニアの警戒を引き上げる可能性がある。そのため、事前に条約などにより、帝国軍に制限を設けるものとする。
一見すると矛盾した行いだが、重要なのは帝国軍がバザン王国内にあるという既成事実である。
これらの政策には一定の反発が見込まれる。反帝国感情を完全に無くすことはできない。
しかし、帝国により利益を享受する状況を作り上げれば、ただちに拒絶することは難しくなる。
帝国は思想ではなく生活を握ることで、バザン王国との“共存”を目指すべきである。
セルニア王国もまた、警戒を強めるのは想像に難くない。
セルニアはかねてより、自国の安全保障が脅かされる可能性を見た瞬間に動く。周辺諸国と連携し、敵国の包囲網を作る。
だがこれは、敵国が脅威であるとの認識が周辺諸国と共有されている場合に限定される。
バザン王国が援助を必要としている。その要請に帝国が応えている。この体面が保たれる限り、セルニアが帝国を敵国とし周辺諸国との団結を図るのは、ただちには難しい。
この方針はバザン王国に侵攻し軍事力でもって併合することにない。
金銭的、政治的にバザン王国をはじめ周辺諸国が帝国を敵として動く理由をなくす。そしてバザンの帝国依存を高め、帝国と対立することそのものを不可能とする。
そうすれば、長期的な帝国の安全保障は成し得る。
帝国臣民の血を流すことなく、平和を維持できるのである。
以上。




