一(ムラート視点)
「まさか、オルベールくんが皇太子だなんて」
帝都、貴族街。アドー伯爵家のタウンハウス。
ムラート・アドーは自室で公式発表の書面に目を落とす。
そして数ヶ月前に一つの任務を与えられたことを思い出す。
「ゾーイ伯母様も人使い荒いよなぁ」
誰に聞かせるでもなく独り言をぶつぶつと呟きながら、物思いに耽る。
ムラートの伯母ゾーイは、白大母こと皇太后の侍女である。
その縁で、ムラートも何かと使い走りを言いつけられてきたのだ。
だがその指示は妙だった。この頃活発になっている『バザン王国併合論』について、オルベールの意見を聞いてこい、などと。
「俺は軍学校の生徒だからまぁ、そういう話題すること自体は不自然じゃないかもだけどさぁ……」
だがおそらく、皇太后がこれを命じたのはムラートが初代軍務院長の孫息子だからだろう。
軍務院。
それはおよそ四十年前に施行された、軍騎分離政策により創設された帝国の政府機関。
従来は地方貴族が大量の私兵と軍事力を抱える構造だった。
その危機感から国を守る“軍人”と、個人に忠誠を誓う“騎士”に分離。騎士団の新規採用を制限するとともに軍務院を設立。
就職先にあぶれた貴族の次男三男を優先的に軍部に取り込み、数十年かけて中央が軍事力を吸収した中長期政策である。
「軍学校の試験で百回は書かされた……はぁ」
思い出にしみじみと浸る間もなく、オルベールとの会話を記憶から引っ張り出す。
「……律令院の家の者としては、違法でない限り口出ししない、だっけか。難しい立場だもんねぇ」
プラト公爵家は代々法を司る律令院の院長を歴任する家だ。だからこそ、中立、公平、調停を重視する。だが。
「個人としては、併合そのものは反対ではない。だが、戦争による併合には反対、か。軍人家系の俺には思い付かない考えだ」
オルベールは言った。バザン王国はすでに虫の息だと。
わざわざ帝国から攻め入り、バザン王国の国家主義を刺激して一致団結させる道理がどこにある。下手をすれば長引き、戦争被害が拡大する。
ならば軍事力以外で追い詰めればいい。困窮するバザン王国に経済支援をはじめとした様々な手助けをし、帝国への依存を深め、そして帝国傘下に自然に置く。
それがオルベールの意見だ。
「あの言い方だと、細かいところまで考えてるっぽいんだよなぁ。今度詳細聞いてみよっと」
ムラートは乾いた笑みを浮かべた。




