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第8話 楽々勝利ですわ!?

 それから一時間。


 ローデリックは、よくもまあこれだけ思いつくものだと感心してしまうほど、ありとあらゆる言い訳を並べ立てていた。


「その金額は、徴税に伴う手数料でございます」


「では、その手数料を徴収したことを証明する領収書を見せていただけますか?」


「……領収書は、発行しておりません」


「なぜです?」


「商会との口約束で処理しておりまして……」


「商取引を口約束で?」


「……」


 そこで初めて、ローデリックの口が止まった。


 私は机の上に広げられた帳簿を指先でなぞりながら、静かに次の頁をめくる。


「では、こちらの金額は何でしょう?」


「そ、それは……臨時徴収でございます。領地の運営には、予定外の出費というものがつきものですから」


「そうですか。では、その臨時徴収について記した領主の許可証は?」


「……ございません」


「では、こちらは?」


「税の前払いです」


「前払い?」


「ええ。翌年分の税を一部先に納めてもらっただけでして……」


「それなら、なぜ三年前から一度も公爵家の帳簿に戻ってきていないのでしょう?」


「…………」


 ローデリックは答えなかった。


 答えられない、と言った方が正しいのかもしれない。


 先ほどまで必死に動いていた口元がぴたりと止まり、額から流れた汗だけが、彼がどれほど追い詰められているのかを雄弁に語っていた。


 私はそんな彼を責めることなく、ただ淡々と帳簿を閉じる。


 五年間。


 私は、誰にも知られないように夜中の屋敷で領地の帳簿を調べ続けてきた。


 昼間は継母に与えられた仕事をこなし、夜になれば古びた蝋燭の明かりを頼りに数字を一つずつ確認する。


 税収が減った理由、領民の生活が苦しくなった理由........公爵家の財産が、なぜ毎年少しずつ減っているのか、最初は何も分からなかった。


 けれど、五年も同じ数字を追い続ければ、どれだけ巧妙に隠された不正であろうと、必ずどこかに歪みが生まれる。


 数字は、人間のように嘘をついて笑うことができない。


 帳簿の上ではどれほど綺麗に取り繕っていても、数字と数字を並べてみれば、その矛盾は必ず姿を現すのだ。


 だから私は、ローデリックの言葉を一つも信じていなかった。


「……最後に、一つだけ確認させてください」


 私は一冊の帳簿を開き、ある頁を彼の前へ滑らせた。


「こちらにある署名は、あなたのものですね?」


「そ、それは……」


「先ほどから何度も『私は何も知らない』『帳簿のことは部下に任せていた』とおっしゃっていましたけれど、この署名は間違いなくあなたの筆跡ですわ」


「…………」


「しかも、署名の横には王宮財務局の印まで押されています」


 ローデリックの顔から、血の気が一気に引いた。


 私はその様子を眺めながら、ようやく一つの確信を得る。


 やはり、間違いない。


 単なる地方役人の横領ではない。


 もっと大きなところに、この不正を支えている人間がいる。


「つまり――」


 私は一枚の書類を取り出し、机の上へ静かに置いた。


「あなたは、王宮財務局の人間と繋がっているということですね?」


「……!?」


 ローデリックの肩が大きく跳ねた。それだけで十分だった。けれど、私はあえて追及を急がない。ここで感情的に責め立ててしまえば、相手は口を閉ざす。


 ならば、自分から口を滑らせるまで待てばいい。


「そして、この不正は私の父が当主だった頃から続いている」


「ち、違います! それは――」


「違うのでしたら、誰の命令で行っていたのか教えていただけますか?」


「…………」


「言えないのですね?」


「……」


「では、こちらから名前を申し上げましょうか?」


 ローデリックの唇が、わずかに震えた。


 私は一度だけ彼の目を見つめ、それからゆっくりと口を開く。


「ーーーグスタフ・ベルンハルト」


 その名前を告げた瞬間だった。


 ローデリックの膝から、目に見えて力が抜けた。


「……なぜ……」


 彼は呆然とした顔で私を見つめる。


「なぜ、その名前を……」


 私は、思わず微笑んでしまった。


「ありがとうございます」


「……え?」


「今、あなたが自分からその名前を認めてくださいましたので」


「…………あ」


 ローデリックの顔が、見る見るうちに青ざめていく。どうやら今になって、自分が何を口走ったのか理解したらしい。


「ま、待ってください! 今のは違います! 私はただ名前を聞かれて――」


「名前を聞いた覚えはありませんよ?」


「……」


「私が尋ねたのは、『誰の命令ですか』ですもの」


「…………」


 完全に詰んだ。


 私は思わず口元を手で隠した。


 危ない。


 笑ってはいけない。


 相手は現在進行形で人生が崩壊しかけているのだから、さすがに笑うのは失礼だろう。


 ……とはいえ。


「ヴァイス様」


「なんだ?」


「この方、思っていたよりずっと素直ですわね」


 隣に立っていたヴァイスへ小声で話しかける。


「ああ。ここまで自分から証拠を差し出してくれる人間も珍しいな」


「私はまだ名前を確認しただけなのですが」


「本人が勝手に答えたからな」


「……なるほど」


「俺も勉強になった」


「何の勉強ですか?」


「追及するときは、質問を短くした方がいい!!!」


「まったく.......そこですか?」


 思わず私が笑うと、ローデリックは恨めしそうにこちらを睨んだ。


「お、おのれ……!」


「おのれ?」


「私を騙したな!!」


 怒りのあまり顔を真っ赤にするローデリックに、私は首を傾げる。


「騙してなどおりませんわ」


「ならば、今の質問はなんだ!」


「普通の質問です」


「そんなもの……!」


「勝手に自白なさったのは、ローデリック様でしょう?」


「ぐっ……!」


「私は『グスタフという人物をご存じですか』とすら聞いていません」


「…………」


「ですから、むしろこちらが驚いておりますの。まさか一言で認めてくださるとは思いませんでしたもの」


「…………」


 ローデリックは、完全に黙り込んだ。


 私はそんな彼を見ながら、心の中でそっと呟く。


 ――五年間、散々人を騙してきたのでしょう?


 ならば、騙される側の気持ちも少しくらい味わっていただかないとね。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!


 感想コメントもお待ちしております!

 

 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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