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第6話 今の私には頼りになる人がいますわ!

「.......誰かに脅されているのですね?」


「…………」


 否定はなかった。


 だが、村長はしばらく俯いたのち、やがて絞り出すように言った。


「私には家族がいます。妻も、子供も……もし私が何かを話せば、あの人たちまで巻き込まれてしまう」


 私は息を呑んだ。


 単なる横領犯なら、自分自身の罪を恐れればいい。それなのに、この男は家族の身を案じている。つまり、脅している側には――。


 ーー人の口を塞ぐだけの力がある。


「……分かりました」


 私は一度、静かに息を吐いた。


「これ以上、ここであなたを問い詰めることはしません」


 村長が、わずかに顔を上げる。けれど、私はそこで言葉を切った。


「ただし、帰るつもりもありません」


「……リーシェ様」


「あなたが恐れている相手が誰であろうと、私が当主である以上、この領地で起きていることを見なかったことにはできません」


 私は窓の外へ視線を向けた。


 荒れた畑、壊れた水路、そして、こちらを遠巻きに見つめる村人たち......


 誰もが怯えている。


 ならば、この土地には金銭の不正だけではなく、人の心まで縛りつける何かが存在している。


「私はこの領地を受け継いだばかりです。だからこそ、ここで暮らす人たちがどんな思いで日々を過ごしているのかを、自分の目で確かめたいのです」


 村長は何も言わなかった。ただ、目を伏せたまま、拳を強く握っている。


 その隣で、ヴァイスが静かに口を開いた。


「.......村長」


 その声は、先ほどまでの商人を演じていた彼とはまるで違っていた。


「リーシェがここで見たものを、なかったことにはさせない。だが、だからといって君や家族を危険に晒すつもりもない」


 村長が顔を上げる。


 ヴァイスは真っ直ぐ彼を見つめ、優しく微笑みかけながら話した。


「誰が相手だろうと、俺たちが守る。安心してくれ。だから、今すぐすべてを話せとは言わない。――ただ、もう少しだけ時間をくれ」


 それは命令ではなかった。


 けれど、絶対に守るという意思だけは、はっきりと伝わる声。村長はしばらくヴァイスを見つめた後、震える唇を噛みしめた。


 私はその横顔を見ながら、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


 こういうところなのだ。


 ヴァイスが私の隣にいてくれることを、心強いと思う理由は。


 ただ剣が強いからではない、権力を持っているからでもない......


 誰かが助けを求めている時、決して見捨てないところなのだ。そして、私が前へ進むと決めた時には、決してその背中を押しつけるのではなく、隣に並んで歩いてくれる。


「……ヴァイス様」


「どうした?」


「ありがとうございます」


「礼を言われるほどのことじゃない」


 彼はそう言ってから、ほんの少しだけ笑った。


「君が行くところなら、俺が隣にいるのは当然だろう?」


「……そういうことを、さらっと言うのはずるいと思います」


「うむ? 何がだ?」


「いえ。何でもありません」


 私は少しだけ頬が熱くなるのを感じて、慌てて視線を逸らした。


 ――まったく。


 本人にその自覚がないところが、一番困る。


 そんな私たちのやり取りを見ていたマーサが、何か言いたそうな顔をしていたが、幸いにも何も口にはしなかった。


 その時だった。


 外から、小さな足音が聞こえた。誰かがこちらへ近づいてくる。やがて、扉が控えめに叩かれた。


 マーサが扉を開く。


 そこに立っていたのは、十歳にも満たない少女だった。


 少女は怯えたように周囲を見回し、それから私を見つけると、小さな手をぎゅっと握りしめた。


「……リーシェ様」


「あなたは、どうしました?」


「.......お願いがあります」


 少女は何度も後ろを振り返った。


 誰かに見られていないか確認しているのだ。そして、胸元から小さく折り畳まれた紙を取り出した。


「これを……誰にも見つからないように読んでください」


「これは......?」


「この村で、本当に税を取っている人の名前です」


 私は紙を受け取った。


 指先が触れた瞬間、少女の手が小さく震えていることに気づく。


 それほどまでに、恐ろしいことなのだ。


 私はゆっくりと紙を開いた。


 そこには、ある一人の名前が書かれていた。


「…………」


 見覚えがある。


 いや、見覚えがあるどころではない。


「……この方は」


 声が自然と低くなる。


 ヴァイスが私の手元を覗き込んだ。


 そして、そこに書かれた名前を見た瞬間――。


 表情を失った。


「……リーシェ」


「ええ」


「この名前に、間違いはないのか?」


「私も確認したいと思っていました」


 そこに記されていたのは、王宮直属の財務官の名前だった。


 公爵家の財政にも何度か関わり、王都では非常に高い信頼を得ている人物。


 少なくとも、公的な記録上では――。


 北東部などに足を運ぶ必要のない立場の人間だった。


「この人は、王都にいるはずです」


 私が呟くと、ヴァイスが紙から目を離さないまま答えた。


「俺もそう認識している。しかも、この人物は単なる役人じゃない。王宮の財政に深く関わる立場だ」


「……では、なぜ」


 私の指先が紙を強く握る。


「なぜ、その人の名前が、この村で『本当に税を取っている人間』として書かれているのでしょう?」


 答えは返ってこなかった。


 村長も。


 少女も。


 マーサさえも。


 ただ、ヴァイスだけが静かに紙を見つめている。


 やがて、彼が低い声で呟いた。


「……最初から、俺たちは見誤っていたのかもしれないな」


「どういう意味です?」


「俺たちは、公爵家の中にいる誰かが税を抜いていると思っていた」


 ヴァイスが私を見る。


「だが、もし王宮の人間が最初から関わっていたのなら、この件は公爵家だけの問題ではない」


「……王宮そのものが関係している可能性がある」


「ああ」


 けれど、その一言だけで終わらせることはできなかった。


 ヴァイスはさらに言葉を続ける。


「そして、もし六年前からこの仕組みが動いていたのなら、ヴィオラが関わる前から誰かが公爵家の財政を利用していたことになる」


「つまり……ヴィオラ様ですら、この仕組みの一部だった可能性がある」


「そう考えるべきだろう」


 私は紙を折り畳み、胸元へしまった。胸の奥に、奇妙な静けさが広がっていく。


 恐怖がないわけではない。


 むしろ、これまでとは比べものにならないほど危険な相手だと分かっている。それでも、不思議と逃げたいとは思わなかった。


「……ヴァイス様」


「.......どうした?」


「調査の方針を変えましょう」


 私は真っ直ぐ彼を見る。


「この村だけを調べるのではなく、この財務官が六年前からどのように公爵家の財政へ関わっていたのか、そのすべてを洗い直します」


「分かった」


「それから、王都へ戻ったら――」


「俺が調べる」


「え......?」


 ヴァイスは当然のことのように言った。


「王宮内の記録と人脈については俺のほうが動きやすい。君は領地側の帳簿を洗ってくれ」


「ですが、それではヴァイス様に負担が――」


「君が心配することじゃないさ」


 彼は微笑んだ。


「君が安心して調査に集中できるようにする。それが俺の役目だ」


「……本当に、あなたは」


 私は思わず笑ってしまう。


「どこまで過保護なんですか?」


「君に関してだけは、これくらいでちょうどいい」


「それを普通の顔で言うのですから、困ります」


「困るのか?」


「……非常に困ります」


 頬が熱くなる。


 けれど、そんな私を見て、ヴァイスはどこか嬉しそうに笑った。


「なら、もっと慣れてもらわないとな」


「何にです?」


「俺が君を大切にすることに」


「…………」


 言葉が出てこない。


 マーサが横で小さく咳払いをした。


「お二人とも、調査中でございます」


「……分かっています」


「俺も分かっている」


 けれど、ヴァイスはまったく悪びれた様子がない。私はそんな彼を見て、とうとう小さく笑ってしまった。


 ――こんな状況なのに。


 いや.....こんな状況だからこそ、なのかもしれない。


 隣にいてくれる人がいることが、これほど心強いとは思わなかった。窓の外では、夕暮れが静かに畑を赤く染め始めている。


 荒れた土地。


 怯える人々。


 六年前から続く不正。


 そして、公爵家の外側から伸びてきた一本の糸。


 その先には、王宮がある。


 私は静かに息を吐いた。


「……徹底的に調べましょう」


「もちろんだ」


「たとえ相手が王宮の人間でも?」


「相手が誰であろうと関係ない」


 ヴァイスは迷いなく答えた。


「君が守ると決めた領地なら、俺も一緒に守る。それだけだ」


 その言葉に、私は小さく頷いた。


「……頼りにしています」


「任せてくれ」


 その返事だけは、不思議なくらい頼もしかった。


 私はまだ知らなかった。


 この税収不正が、単なる金銭の問題ではないことを。


 そして、この一枚の紙が――。


 やがて公爵家だけではなく、王宮そのものを揺るがす大事件の始まりになることを......


 そして、その財務官の背後にいる人物こそが――。この国の中枢を揺るがす、最大の敵になることを......


 だが、ただ一つだけ、今の私には、はっきり分かっていることがあった。


 何が相手でも.......どれほど大きな闇が、この国の奥深くに潜んでいたとしても.......


 私はもう、一人ではない。


 隣には、私が信頼する人がいる。


 だから――。


「……必ず、全部暴いてみせますわ」


 そう呟いた私の手を、ヴァイスがそっと包む。


「その時まで、俺が隣にいる」


 その言葉が、夕暮れの静かな部屋に落ちた。不正の真相はまだ闇の中。


 けれど.......私たちの戦いは、もう始まっていた。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!


 感想コメントもお待ちしております!

 

 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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