第21話 その秘密とは.....!?
「五年間、誰も私を守ってくださいませんでしたので。自分の身くらい、自分で守らなければならなかっただけです」
その言葉に、王太后の表情がほんの少しだけ曇った。
「あなたは……母親に似ていますね」
その一言で、胸の奥が大きく鳴った。
「……母をご存じなのですか?」
「ええ。あなたのお母様とは、若い頃からの付き合いでした」
「では、なぜ母を王宮から遠ざけたのですか?」
王太后の表情が止まる。
「 ……誰から聞きました?」
「母の日記です。地下室に残されていました。そこには王家の秘密について書かれていて……私の出生に関わることまで記されていました」
「……地下室を見つけたのね」
「ご存じだったのですか?」
「もちろんです。あなたのお母様が何を残したのかも、それをあなたがいつか見つける可能性があることも……すべて分かっていました」
その答えに、私は息を呑んだ。
「では、今回私を呼んだ理由も、その日記を見つけたことを確認するためですか?」
「……半分はそうよ」
「では、残り半分は……?」
王太后は答えなかったが、その沈黙だけで私にとっては十分だった。
何かを隠している。
そして、おそらくそれは、私の出生そのものよりも重要なことだ。
「……王太后殿下」
私は一歩前へ出た。
「先ほど、私の母をご存じだったとおっしゃいましたね。でしたら、一つだけ教えてください。母が亡くなる直前、最後に会った人物は誰ですか?」
王太后の指が、ほんのわずかに震える。
ほんの一瞬。
けれど、私は見逃さなかった。
「……あなたは、本当に目ざとい子ね」
「一旦は褒め言葉として受け取っておきますわね」
「まったく……褒めたつもりはありませんよ」
「では、先ほどと同じように悪口として受け取りますわ」
王太后はしばらく私を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「あなたのお母様も、そういうところがあったわ」
その笑顔は、先ほどまでとは違っていた。どこか懐かしむようで、同時にひどく寂しい。
「最後に会ったのは――」
王太后が口を開いた、その瞬間だった。
扉が激しく叩かれる。
「王太后殿下! 緊急のご報告が!」
「入りなさい」
駆け込んできた若い騎士は、顔を真っ青にしていた。
「第二王子殿下が……拘束された場所から逃亡したとの報告が入りました……!」
「……逃亡?」
王太后の顔から、先ほどまでの柔らかな笑みが消えた。
「誰かが手引きをしたのです?」
「それが、まだ分かっておりません。ただ、殿下は王宮地下の旧文書庫へ向かったと……」
私はヴァイスを見る。
彼も同じことを考えたのだろう。
「旧文書庫……王家の過去の記録が保管されている場所だ」
「つまり……」
「第二王子は、君の出生記録を探している可能性が高い」
王太后が立ち上がった。
「……まずいわ」
「何がです?」
私が尋ねると、王太后は一瞬だけ迷った。
そして、観念したように答える。
「これは私の予測に過ぎない話ですが、第二王子が探しているのは……あなたの出生記録よ」
「……!?」
「そして、そこには――」
王太后の言葉が止まる。
「何が書いてあるのですか……?」
「……あなたが、誰の娘なのか」
部屋の空気が凍りつく。私はしばらく黙っていた。けれど、不思議なほど冷静だった。
母の日記。
肖像画。
王家の秘密。
そして、私の出生記録。
これまで別々だったものが、ようやく一つの場所へ向かい始めている。
「……分かりました」
私は立ち上がった。
「では、行きましょう」
「……どこへ?」
「旧文書庫です。ここまで来たのですもの。自分の出生くらい、自分の目で確かめてみせますわ」
「俺も行く」
「召喚状には単独でとありますけれど?」
「知るか」
「騎士団長が王太后の命令を無視してよろしいのでしょうか?」
「君を一人で行かせることの方が、俺にとっては重大な問題だ」
私は思わず笑った。
「……本当に、仕方のない方ですね」
「君にだけは言われたくない」
「まあ。私は常識的な令嬢ですわよ?」
「それは初耳だな」
「後で詳しく説明して差し上げます」
「ははっ! それは丁重に遠慮させていただこうか!」
二人で歩き出す。
その背中へ、王太后が静かに声をかけた。
「……リーシェ」
「はい……?」
「もし記録を見つけても――その場ですぐに信じてはいけません」
私は振り返った。
「……どういう意味ですか?」
王太后は答えなかった。ただ、悲しげな目をしていたのだ。その表情を見た瞬間、私は悟った。
ーー出生記録そのものが、真実とは限らない。
誰かが六年間、いや――私が生まれる前から、真実を書き換えようとしていたのだ。
そして、その人物は今も王宮の中にいる。
旧文書庫へ続く廊下を歩きながら、ヴァイスが小声で尋ねてきた。
「リーシェ。もし、そこに君が予想もしない名前が書かれていたら、どうする?」
私は少しだけ考えた。
そして、前を向いたまま答える。
「その名前が誰であろうと、私は私です。血筋は過去を決めることはできても、未来まで決める権利はありませんから」
ヴァイスが静かに笑う。
「……やっぱり、君は強いな」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「強くなったのです。五年間、誰にも助けてもらえなかったので」
その言葉に、ヴァイスは何も返さなかった。ただ、私の歩幅に合わせるように、ほんの少しだけ速度を落としす。
やがて、旧文書庫の扉が見えた。
ーー重い鉄扉。
その向こうには、王家が何十年にもわたって隠してきた記録が眠っている。けれど、その扉の前には誰もいない。ただ、鍵穴には――まだ乾いていない赤い蝋の跡が残されていた。
「……誰かが、今しがた開けたようですね」
ヴァイスが腰の剣へ手を伸ばす。
私は静かに息を吸った。
そして、扉へ手をかける。
――カチャリ。
開いた刹那、暗闇の奥から紙の焼ける匂いが漂ってくる。
「……誰かがいる!」
ヴァイスの声が響いた次の瞬間、文書庫の奥から一人の男が走り出してきた。その手には、古い王家の記録が握られている。
「そこのもの……! 止まれ!」
ヴァイスが叫ぶと、男は振り返った。そして私の顔を見た瞬間、明らかに怯えた表情を浮かべる。
「……やはり、生きていたのか」
「……私をご存じなのですか?」
男は答えなかった。
ただ、手にしていた記録を強く抱き締める。その表紙に記された文字を見て、私は息を呑んだ。
――『王女出生記録』
そして、その下には……
私がこれまで一度も聞いたことのない名前が記されていた。
――『母:エレノア・フォン・アーレンス』
――『父:*****』
父親の名前だけが、黒く塗り潰されている。その瞬間、男が記録を破り捨てようとした。
だが――。
「させると思うか?」
ヴァイスが一歩踏み込んだ。
男の手が止まる。
私は、黒く塗り潰された父親の名前を見つめた………
ようやくここまで来た。
五年間、私を苦しめ続けた「知らない」という闇が、今まさに形を持って目の前に現れている。
「……今度こそ、逃がしませんわ」
私は静かに言った。
けれど、その声にはもう迷いはない。
真実がどれほど残酷でも構わない。
誰の血を引いていようと。
何を隠されていようと。
今度は、私自身の手で確かめる。
――五年間、奪われ続けた人生を取り戻すために。
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