第20話 冗談が通じるタイプの人で安堵ですわ!
「こちらから探しに行く手間が省けましたわ」
ヴァイスが呆れたように息を吐く。
「君は本当に、追い詰められるほど楽しそうになるな」
「......そう見えます?」
「ああ。目が笑っている」
「それはきっと――」
私は口元を上げた。
「五年間分の利息を、まだ全部いただいていないからでしょうね」
ヴァイスが一瞬黙り、それから小さく笑った。
「……分かった。なら、俺も行く」
「召喚状には単独でとありますけれど?」
「そんなの知るか。やすやすと言うことを聞くバカがどこにいるっていうんだ」
「あら、私は聞くと思っていましたがね。それに、騎士団長が命令違反を?」
「それが暗に俺をバカと言ってるのかは置いといてだな........君を一人で王宮へ行かせるよりは、そちらの方が俺にとって重大な違反だ」
私は思わず目を瞬いた。
そして――少しだけ笑う。
「では、参りましょうか」
「ああ」
地下室を出る直前、私は一度だけ振り返った。
母が残した日記。
王家の秘密。
そして、私の出生を恐れる誰か。
まだ分からないことは多い。けれど、もう怖くはなかった。なぜなら、私は一人ではない。
そして何より――。
王宮の誰かが私を恐れているというのなら、その理由を、私自身が確かめてやればいい。
――その日の夕方。
王宮の最奥にある一室で、一人の女性が報告書を読み終えていた。
「……リーシェ嬢は、召喚に応じるそうです」
「そう」
女性は静かに微笑んだ。
「なら、予定通りね」
「ですが、本当に大丈夫でしょうか? 第二王子殿下の拘束も、まだ完全には――」
「問題ないわ」
女性は書類を机へ置く。
その指には、古びた指輪が一つ嵌められていた。そこに刻まれていた紋章を見た瞬間、側近の男が息を呑む。
「その指輪は……」
「知っているの?」
「はい.........先代国王陛下が、かつて王妃殿下へ贈られたものと記憶しておりますが……」
「.......そうよ」
女性は笑った。
「だからこそ、あの子には絶対に渡してはいけないの」
窓の外では、王都の鐘が鳴っている。その音を聞きながら、女性は静かに呟いた。
「リーシェ・フォン・アーレンス……いいえ」
一拍置いて。
「――王家の血を継ぐ、最後の娘」
その瞳には、先ほどまでの穏やかな笑みなど残っていなかった。
「あなたには、まだ知られてはいけない秘密があるのよ」
ーーー
王宮へ向かう馬車の中で、私は何度目かになる召喚状を読み返していた。
紙面に記された文言は簡潔だった。けれど、その簡潔さこそが、かえって不気味に思える。説明する気がないのか、それとも説明できない事情があるのか。いずれにしても、こちらに選択肢を与えるつもりがないことだけは明白だった。
「……どう思います?」
向かいに座るヴァイスへ尋ねると、彼は私の手元を覗き込み、召喚状の一文をじっくりと眺めてから、淡々と答えた。
「どうも何もない。『単独で来るように』と書かれている以上、相手はこちらと二人で話すつもりがないのだろう........だが、俺は同行する」
「まったく、天邪鬼みたいな人ですね.......」
「君を一人で王宮へ行かせるつもりはないし、そもそも俺がいることで困るような話なら、最初から向こうが困るような真似をしなければいい」
「……召喚状を受け取った令嬢の婚約者としては、随分と物騒な理屈ですわ」
「君に関することだけは、多少物騒なくらいでちょうどいい」
「それを堂々と言ってしまうところが、ヴァイス様の困ったところです」
そう返しながらも、私は少しだけ肩の力を抜いた。
王宮へ向かうというだけなら、以前にも何度か経験している。けれど今日ばかりは違う。王太后が私を名指しで呼び、しかも「単独で」と念を押している。その理由が、私の出生に関わることだと考えれば、平静でいろという方が無理な話だった。
「リーシェ」
「はい?」
「……怖いか?」
珍しく真剣な声音だった。
私は少しだけ窓の外へ視線を向け、それから正直に頷いた。
「ええ、少しだけ........でも、怖いからといって真実から逃げるつもりはありません。母が何年もかけて隠していたものなら、なおさらです」
「っ......!」
「五年間、私は何も知らないまま、誰かの都合で決められた人生を歩かされてきましたから……せめてこれからは、自分が何者なのかくらい、自分の目で確かめたいのです」
「......そうか」
ヴァイスはそれ以上、何も聞かなかった。
ただ、馬車が大きく揺れたとき、私の身体が傾かないようにさりげなく腕を差し出してくれる。
言葉で安心させようとするのではなく、最初から私が倒れないようにしてしまう。
そういうところが、この人はずるい。
「……ヴァイス様」
「なんだ?」
「もし今日、私が王族の血を引いていると正式に認められたら……どうします?」
彼は少しだけ考えたあと、驚くほど自然に答えた。
「何も変わらない。君が公爵令嬢だろうと王族だろうと、あるいはどこの家にも属さないただの町娘だったとしても、俺にとってはリーシェだ。肩書きは人間の価値を決めるものじゃない。せいぜい、周囲が態度を変えるための理由になるだけだ」
「…………」
「だから、君が何者だったとしても、俺が君の隣にいることには何の問題もない」
「……そういうことを、そんなに真顔で言わないでくださいませ」
「事実を言っているだけだが?」
「その『事実だから問題ない』という顔が一番困るのです」
私が視線を逸らすと、ヴァイスは小さく笑った。
やがて馬車が王宮の正門を抜ける。
見慣れたはずの白い城壁が、今日は妙に冷たく見えた。案内されたのは、普段の謁見の間ではなく.....,.
王太后の私室に近い、古い応接間。その扉の前には王宮騎士が二人立っている。
「……随分と物々しいですね」
「ああ。だから俺が来た」
「ヴァイス様」
「なんだ?」
「今の一言で、すべてを解決したような顔をするのはおやめください。私はこれから王太后殿下とお会いするのですよ?」
「分かっている。だが、君を一人で行かせるよりは、俺がここにいる方が安心できる」
「……それは私ではなく、ご自分がですかね?」
「......両方だ」
あまりにも真顔だったので、私はそれ以上何も言えなかった。
そんな話をしていると、重々しい音ともに扉が開かれる。
「......お入りください」
中へ入ると、そこには王太后が一人で座っていた。以前見たときよりも、随分と小さく見える。
それでも、その瞳だけは鋭く、こちらを一目見ただけで何もかも見透かそうとしているようだった。
「よく来ましたね、リーシェ」
「お招きいただき光栄です、王太后殿下」
私が礼をすると、王太后は私の隣へ視線を移した。
「……そちらの騎士団長は?」
「私の.......婚約者です」
私は迷うことなく答えた。
「召喚状には、あなた一人で来るように書いたはずですが?」
「ええ、もちろん存じております。ですが、私は王太后殿下の命令より婚約者の心配を優先してしまう程度には、まだ未熟な令嬢ですので」
「……随分と堂々とした未熟者ですね」
「お褒めいただきありがとうございます」
「褒めてはいませんがね」
「では、悪口としてありがたく頂戴しますわ」
王太后が黙り込み、隣ではヴァイスがわずかに肩を震わせていた。
笑っている。
後で覚えておきましょう。この人は結構、冗談が通じるタイプである、とね。
「それに........」
私は王太后へ向き直った。
「本当に私一人とお話しになりたいのであれば、なぜ扉の外に王宮騎士をこれほど配置されているのでしょう? 私を守るためならまだ理解できますが、そうではないのでしたら……随分と警戒していらっしゃるように見えます」
王太后の眉がわずかに動いた。
「……よく見ていますね」
「五年間、誰も私を守ってくださいませんでしたので。自分の身くらい、自分で守らなければならなかっただけです」
その言葉に、王太后の表情がほんの少しだけ曇った。
「あなたは……本当に母親に似ていますね」
その一言で、胸の奥が大きく鳴った。
「……母をご存じなのですか?」
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