↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/22

第19話 ピンチはチャンス、とはよく言ったものですね!

 ――第二王子殿下が、拘束された。


 その報告を聞いた瞬間、私は手にしていた紙を無意識に握り締めていた。


 先ほどまで地下室に漂っていた静けさは跡形もなく消え、代わりに胸の奥へ嫌な予感がじわじわと広がっていく。


「どういうことですか?」


「詳しいことまでは、まだ……ただ、王宮騎士団の一部が殿下の執務室へ踏み込み、その場で身柄を拘束したとのことです。理由については『国家機密に関わる重大な容疑』としか伝えられておりません」


「国家機密……」


 私は先ほど母が残した紙へ視線を落とした。


 ――あなたの出生を最も恐れている人物は、今も王宮にいる。


 偶然とは思えなかった。


 むしろ、ここまで露骨に重なってしまえば、偶然だと考える方が難しい。


「......ヴァイス様」


「ああ。俺も同じことを考えている」


 ヴァイスは落ち着いた声で答えながら、私の手から紙を取り上げ、もう一度そこへ目を通した。


「誰かが、俺たちより先に動いたんだろう。君の出生に関する証拠が見つかったことを知って、第二王子殿下を黙らせようとしている」


「ですが、殿下を拘束して何になるのでしょう?」


「口を封じるには十分な意味がある。殿下は君の母君と接触していた数少ない王族の一人だからな」


 そこで伯母が、静かに口を挟んだ。


「.......それだけではないわ」


「何かご存じなのですか?」


「ええ。レオニード殿下は、あなたのお母様から一通の手紙を預かっていたはずよ」


 私は目を見開いた。


「手紙.......?」


「そう。あなたの出生について、本人が直接書いたものをね」


「では、今回の拘束は……」


「その手紙を奪うためでしょうね」


 背筋を冷たいものが走った。私は母の日記を胸元へ抱き寄せる。


「……どうして、そこまでして私の出生を隠したいのでしょう?」


 伯母はすぐには答えなかった。しばらく迷うように目を伏せ、それから静かに口を開く。


「王位継承に関わるからよ」


「ですが、前国王陛下はすでに亡くなられています。私がその子供だったとしても、それだけで王位を要求できるわけでは――」


「普通なら、ね」


 伯母の言葉に、ヴァイスが眉をひそめた。


「普通なら、ということは.......?」


「あなたのお父上である先代国王には、正統な後継者を定める前に結んだ、ある約束があったの」


「約束……?」


「ええ。詳しくは日記を読めば分かるわ」


 私はすぐに母の日記へ手を伸ばした。


 古びた表紙を撫でる。


 紙は黄ばんでいたが、文字は驚くほど鮮明だった。


 一枚目を開く。


 そこには日付とともに、母の字が並んでいた。


『今日、あの人から王家の秘密を聞かされた』


 私は思わず息を止め、ページをめくる。


『もし私に子供が生まれ、その子が女児であったなら、王家はその子を無視できない。だが、私はその子を王宮へ差し出すつもりはない』


 その文章を読んだ瞬間、胸の奥が締めつけられた。


 さらに先へ進む。


『王位など、その子には必要ない。あの子には、ただ普通に笑って、普通に人を愛して、自分の人生を自分で選んでほしい』


「……お母様」


 思わず声が漏れる。それは、母が私に最後まで与えたかったものだった。


 王族としての地位でもない。


 莫大な財産でもない。


 ただ、自分の人生を自分で選べる自由。


 五年間、私が手に入れられなかったものだった。


 私は日記を握り締めたまま、次のページを開く。


 そこには、短い一文があった。


『けれど、あの子を守るためには、私自身が悪者になるしかない』


「……?」


 私は眉を寄せた。


「悪者になる……?」


 伯母が静かに目を閉じた。


「あなたのお母様は、自分があなたを捨てたように見せかけたのよ」


「……だから、私は何も聞かされなかった?」


「そう。あなたに真実を伝えれば、あなた自身が王家の争いへ巻き込まれる。だから、あなたには『母に捨てられた娘』として生きてもらうしかなかった」


 胸の奥に、鈍い痛みが走る。母が私を愛していなかったのではない。愛していたからこそ、私は何も知らされなかった。


 そう考えると、五年間抱えていた寂しさの形が少しだけ変わっていく。


 消えるわけではない。


 けれど、意味が変わるのだ。


「……それでも、私は寂しかったです」


 ぽつりと呟く。


「母がどれだけ私を守ろうとしていたとしても、私はずっと一人だった。事情を知らない私にとっては、それがすべてでしたから」


「ええ」


 伯母は否定しなかった。


「だからこそ、あなたには怒る権利があるわ。母親だからといって、何もかも許す必要はないのよ」


 その言葉が、不思議と心に残った。


 愛していたから許さなければならない。


 母親だから理解しなければならない。


 そんな必要はないのだ。大切だったからこそ、寂しかった。その二つは、同時に存在していい。


「……ありがとうございます」


 私がそう言うと、ヴァイスが隣から静かに私の肩へ手を置いた。


「君は、随分と強くなったな」


「そうでしょうか?」


「ああ。昔なら一人で抱え込んでいたことを、今はちゃんと言葉にしている」


「……ヴァイス様の前だからですよ」


「それなら、これからも俺の前では遠慮するな」


「では、遠慮なく申し上げますけれど」


「......なんだ?」


「私を一人で危険な場所へ行かせないという約束は、今後も守っていただけますか?」


「もちろんだ.......!」


「ふふっ、即答ですね」


「君に関してだけは迷う理由がない」


 あまりにも真顔で言われたので、私は返す言葉を失った。


「……何度言えばわかっていただけるのでしょうか........まったく、そういうところですよ」


「む? ........何がだ?」


「時々、こちらが恥ずかしくなるようなことを平然と言うところです」


「事実を言っているだけだが?」


「その『事実だから問題ない』という顔をやめてくださいませ」


 伯母が後ろで小さく笑った。


「あなたたち、本当に仲がいいのね」


「伯母様、今はそこを楽しむ場面ではありません」


「そう? 私は緊張している時ほど、笑える相手がそばにいる方がいいと思うけれど」


 私は少しだけ笑った。


 確かに、その通りかもしれない。


 どれほど重い真実を突きつけられても、隣でくだらないことを言ってくれる人がいるだけで、人は少しだけ前を向ける。


 その時だった。


 地下室の入口から、再び騎士の声が響く。


「ヴァイス様! 大変です!」


「今度は何だ?」


「王宮から、正式な召喚状が届きました!」


 騎士が差し出した封書には、王家の紋章が押されている。


 私はそれを受け取り、封蝋を割って書面を開く。


 そこには簡潔な文面が記されていた。


『リーシェ・フォン・アーレンス公爵令嬢に対し、王宮への出頭を命じる』


 その下に記された名前を見て、私は目を細めた。


「……国王陛下からではありません」


「.......誰だ?」


「王太后殿下です」


 ヴァイスの表情が一瞬で険しくなった。


「王太后……?」


「ええ」


 私は書面をもう一度読み返した。そこには、さらに一文だけ付け加えられている。


『なお、出頭に際しては単独で参内すること』


「……一人で来い、ですって?」


 思わず笑ってしまった。


「随分とまあ、分かりやすいお願いですこと」


「.......断れ」


 ヴァイスが即答する。


「......嫌です」


「是非とも即答して欲しくなかったな......」


「ヴァイス様と同じことをしただけです」


「......これは遊びじゃないぞ」


「.......分かっています」


 私は書面を机の上へ置いた。


「だからこそ、行きます」


「リーシェ.......」


「私の出生を恐れている人物が王宮にいる。そして第二王子殿下まで拘束された。ここで逃げれば、相手の思う壺です」


 私は立ち上がった。


「むしろ好都合ではありませんか」


「……何がだ?」


「向こうから、私を王宮へ呼んでくださったのですもの」


 私は封書を丁寧に折り畳んだ。


「こちらから探しに行く手間が省けましたわ」


 ヴァイスが呆れたように息を吐く。


「君は本当に、追い詰められるほど楽しそうになるな」


「そう見えます?」


「ああ。目が笑っている」


「それはきっと――」


 私は口元を上げた。


「五年間分の利息を、まだ全部いただいていないからでしょうね」

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!


 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。