第17話 母親と瓜二つの女性の正体とは.....!?
そして、屋敷の扉がゆっくりと開いた。その向こうに立っていた人物を見た瞬間、私は言葉を失った。
「……お母様?」
そこにいたのは、五年前に亡くなったはずの、母と瓜二つの女性だった。
――お母様?
その言葉が口から零れた瞬間、屋敷の中にいた誰もが動きを止めた。
燃え落ちかけた庭を背にして立つ女性は、確かに母とよく似ていた。柔らかな栗色の髪も、少しだけ伏せられた目元も、私が幼い頃に何度も撫でてもらった手の形さえも、記憶の中にある母の姿と重なって見える。
けれど、私はすぐに違和感へ気づいた。
母ではない。
顔が似ているだけなら、ここまで胸がざわつくはずがない。
むしろ逆だった。
似すぎているからこそ、違う部分がはっきりと分かる。
「……あなたは、誰ですか?」
私が問いかけると、女性はしばらく黙っていた。やがて、ゆっくりと口元を緩める。
「大きくなったのね、リーシェ」
その声を聞いた瞬間、胸の奥が大きく揺れた。
間違いない。
声までもが母と同じだった。
「……どうして、その名前を?」
「あなたの母親から聞いたのよ」
「母から?」
「ええ」
女性は静かに頷いた。
「あなたのお母様とは、古い友人だったの」
私は一歩だけ前へ出た。
「では、母は亡くなっていないのですか?」
「……いいえ」
その一言が、妙に重かった。
「あなたのお母様は、確かに亡くなっているわ」
心臓が、ひどく冷たくなる。
だったら、目の前にいる、この女性は何なのだろう。
「それなら、なぜそんなにも母に似ているのです?」
「私とあなたのお母様は.......“姉妹”だからよ」
「……え?」
思考が止まった。
女性は少し困ったように笑った。
「私はあなたのお母様の姉。つまり――あなたにとっては、伯母にあたるの」
「伯母……」
私はその言葉を口の中で転がした。
母に姉がいた。
そんな話は、一度も聞いたことがない。
「どうして誰も、私に教えてくれなかったのですか?」
「教えられなかったのよ」
「誰に止められていたのです?」
「……王宮に」
その言葉と同時に、ヴァイスが静かに剣を下ろした。
殿下も険しい表情になる。
「やはりか......」
「殿下はご存じだったのですか?」
「存在だけはな......」
「なら、なぜ私に教えてくださらなかったのです?」
「君の母君から、口止めされていてな」
「母が......?」
「ああ。『リーシェが自分の力で真実へ辿り着くまで、何も教えないでほしい』と......」
私は唇を噛んだ。
本当に母らしい。
最後まで、自分で答えを見つけさせようとする人だった。
「……本当に、困った母親ですね」
思わずそう呟くと、伯母が小さく笑った。
「ええ。昔からそうだったわ。自分で全部抱え込んで、周りには何も言わないくせに、最後には『あなたたちのためだから』なんて笑うの」
「……」
「あなたも、よく似ているわ」
「私は母ほど頑固ではありません」
「そうかしら?」
「少なくとも私は、五年間も硬いパンを自ら食べ続けたりはしません」
ヴァイスが横で咳払いをした。
「……それは君が好きで食べていたわけではないだろう」
「ふふっ、分かっていますよ.......冗談です」
「随分と分かりにくい冗談だ」
「そこまで真顔で返されるとは思いませんでした」
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。けれど、伯母は笑っていなかった。
「リーシェ。あなたが笑っていられるうちに、話しておかなければならないことがあるわ」
「……何でしょう?」
「あなたのお母様は、ただ財政の不正を調べていたわけではない」
伯母の視線が、私の手にある出生記録へ向けられた。
「あなたを守ろうとしていたの」
「私を?」
「ええ」
伯母は静かに頷いた。
「あなたの父親が誰なのかを知れば、あなた自身が危険に晒される。それを分かっていたから、母親はあなたを公爵家の娘として育てることにした」
「でも、私はずっと……」
言葉が詰まった。
公爵家の娘として育てられた。
そう聞けば聞こえはいい。
けれど実際の私は、北棟の物置部屋で硬いパンを齧り、家族から存在そのものを無視されていた。
「父は私が邪魔だったのでしょうか」
「違うわ」
伯母の返事は、驚くほど早かった。
「アルフレートは、あなたを嫌っていたわけではない」
「……では、なぜ?」
「......怖かったのよ」
「父が.......?」
「ええ。あなたの存在が、自分の人生をすべて壊してしまうことが」
私は黙った。
父の顔が頭に浮かぶ。
弱々しく、言い訳ばかりで、最後には私へ金まで借りようとしてくる、そんな男。
そんな父が、私を恐れていた?
「……私に、何の力があるというのです?」
「あなた自身には何もないわ」
伯母は、そこで少しだけ悲しそうに笑った。
「正確には――あなたが何者なのかを知っている人間たちが、あなたを恐れているの」
その言葉に、背筋が冷えた。
「それはつまり……」
「.......リーシェ」
伯母が一歩近づく。
「あなたの本当の父親は、もうこの世にはいない」
「……」
「けれど、その血を継ぐ人間は、今も王宮にいる」
私は息を呑んだ。
「.......誰ですか?」
伯母は答えなかった。
代わりに、第二王子を見る。
「レオニード殿下.......あなたから話してあげて」
「……私から?」
「あなたも当事者でしょう」
殿下は苦い顔をした。しばらく沈黙したあと、ゆっくりと口を開く。
「リーシェ。君の母君が愛した男は――」
その先を聞く前に、屋敷の外から再び騎士の叫び声が響いた。
「敵が裏門へ回りました!」
「数は!?」
「十名以上! 全員、王宮騎士の装備を身につけています!」
「.......王宮騎士だと?」
ヴァイスの表情が変わる。
「殿下、これは明らかにおかしい」
「ああ」
第二王子が立ち上がった。
「私の命令ではない」
「では、誰の命令です?」
「……分からない」
その瞬間、伯母が小さく息を吐いた。
「とうとう来たのね」
「何を知っている?」
ヴァイスが尋ねると、伯母は少しだけ目を伏せた。
「この屋敷には、あなたたちがまだ見つけていないものがあるの」
「それは何ですの.......?」
「あなたのお母様が.......最後に残した証拠よ」
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