第16話 自分の“価値”とは......!?
「……私の出生に、王家が関わっているのですか?」
「関わっている、というより――」
殿下が言葉を選ぶ。
「君が何者なのかを知れば、この国の王位継承そのも
のが揺らぐ可能性がある」
「……そんな大げさな」
「大げさではない」
その声には、王族としての威厳があった。
「君は自分のことを、ずっと『価値のない娘』だと思わされてきたのだろう?」
私は答えなかった。
答えなくても分かる。
「だがな、リーシェ」
殿下は、まっすぐ私を見つめた。
「人間の価値は、誰かに与えられた肩書きで決まるものではない。王女だから価値があるわけでも、公爵令嬢だから価値があるわけでもない。まして、誰かに虐げられたからといって、その人間の価値が下がるわけでもない」
静かな声だった。
けれど、その言葉は妙に胸へ残った。
「価値というものは、奪われた地位ではなく、何も持っていない時に何を選んだかで決まる。君は五年間、何も持っていなかった。それでも領民を助け、領地を立て直し、国境へ物資まで送った。ならば――」
殿下はそこで一度言葉を切った。
「君の価値を決めたのは、王家でも公爵家でもない。君自身だ」
胸の奥が、熱くなった。私はずっと、誰かに認めてもらいたかったのかもしれない。
父に。
母に。
家族に。
けれど今、初めて気づいた。認められなかった五年間が、私の価値を証明していたのだ。
「……随分と立派なことをおっしゃるのですね」
「まあ王族だからな」
「そこは謙遜しないのですか?」
「今のところはしておこう。後で恥ずかしくなりそうだしな」
「意外と人間らしいのですね」
「君の婚約者ほどではないがな」
「なぜ俺を見る?」
ヴァイスが不満そうに眉を寄せる。
「いや、君は先ほどからリーシェ嬢の隣を一歩も離れないからな、大層優れた忠誠心だ」
「当然に決まってるだろ」
「……即答ですか」
「俺が離れた隙にまた何か起きたら、今度こそ俺は自分を許せない」
ヴァイスは私を見る。
「五年間、君を一人にしてしまった。それを取り戻せるとは思っていない。だが、残りの人生まで同じにするつもりはない」
「ヴァイス様……」
「守ると言うだけなら簡単だ。だから俺は、言葉ではなく行動で示す」
その言葉に、私はしばらく返事ができなかった。
こういうところだ。
この人がずるいのは。
格好いいことを言った直後に柱へぶつかるくせに、肝心なところでは絶対に逃げない。
「……では、責任を取ってくださいね」
「もちろんだ」
「私、かなり面倒な女ですから」
「知っている」
「自分で言っておいてなんですが、即答は少し傷つきます」
「訂正しよう。面倒ではなく、放っておくと勝手に領地の税収を倍にする女だ」
「それ、褒めています?」
「最大級に」
思わず笑ってしまった。
その瞬間だった。
外から、馬の嘶きが響いた。続いて、屋敷の門が開く音。騎士の一人が慌てて駆け込んでくる。
「殿下! 緊急の報告がございます!」
「どうした?」
「王都から使者が来ております……グスタフ・ベルンハルトが、今朝方から行方をくらませたとのことです!!」
空気が一瞬で張り詰めた。
「グスタフが?」
私が聞き返すと、騎士は頷いた。
「はい。それだけではありません」
騎士が一枚の紙を差し出した。
「王宮財務局の記録庫から、六年前の公爵家関連資料が大量に持ち出されております」
私は紙を受け取った。
そこには、資料の一覧が記されていた。
横領記録。
王宮財務局との取引記録。
母の調査記録。
そして――。
「……出生記録」
私の声が震えた。
殿下が険しい顔をする。
「やはり、狙いはそれか」
「ですが、どうしてグスタフが私の出生記録を?」
「知られてしまったのだろう」
「......何を?」
殿下は答えなかった。代わりに、私が持っている出生記録へ視線を向ける。
「リーシェ......」
「......はい」
「その記録を、もう一度よく見てみろ」
私は紙へ目を落とした。
父親の欄は黒く塗り潰されている。けれど、その下に、薄く残っている文字があった。
私は指で紙をなぞる。
「……これ、は」
消されたはずの文字。
かすかに残った筆跡。
私は目を凝らした。
そして、その名前を読み取った瞬間――。
「……どうして」
手が震えた。
そこに書かれていた名前は、私がこの世で最もよく知る男の名前だった。
「.......アルフレート・フォン・アーレンス」
ーーー父の名前。
けれど、それだけではなかった。その下に、小さく記された一文がある。
――『実父ではないものを保護者として登録する』
私は息を呑んだ。
「……では、私は」
誰なのか。
その答えを口にするより早く、屋敷の外で再び大きな音が響いた。今度は、爆発ではない。
門が破られた音だった。
ヴァイスが即座に剣を抜く。
「全員、リーシェを囲め!」
騎士たちが一斉に動く。私は震える手で出生記録を握りしめた。五年間、私を苦しめていたのは、家族の悪意だけではなかった。
もしかすると――。
私自身が何者なのかを知られたくない誰かが、ずっと私を公爵家の片隅へ隠していたのではないか。
「ヴァイス様」
「何だ?」
「私……ようやく分かりました」
私は顔を上げた。
「私が五年間、虐げられていた理由です」
ヴァイスが目を見開く。
「私が弱かったからでも、価値がなかったからでもない」
門の向こうから、武装した者たちの足音が迫ってくる。
「――私が、知られてはいけない人間だったからです」
そして、屋敷の扉がゆっくりと開いた。その向こうに立っていた人物を見た瞬間、私は言葉を失った。
「……お母様?」
そこにいたのは、五年前に亡くなったはずの、母と瓜二つの女性だった。
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