第14話 目を張る事実がそこにはあった......!?
直後、廊下を一人の騎士が駆けてきた。
「大変です......!」
「そんなに急いで........何があったんだ?」
「第二王子殿下が――」
騎士は息を切らしながら叫んだ。
「王都を出ました.......!」
「……!?」
私は立ち上がった。
「.......どこへ?」
騎士が答える。
「北東部です!」
その瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。
北東部。
そこは――。
私が五年間かけて立て直した領地。
そして、母が最後に調べていた、不正の出発点でもある。
「……なるほど」
私は静かに笑った。
「逃げるつもりですわね」
ヴァイスが剣の柄へ手を添える。
「なら、追うまでだ」
「ええ」
私は窓の外を見る。
王都の向こう、遥か北東へ続く道、そこには、まだ私の知らない真実が眠っている。
「今度こそ――」
私は小さく呟いた。
「五年間分のすべてを、白日の下に晒して差し上げますわ」
そして私たちは、北東部へ向かうことになった。
――その道の先で。
私は、母が死ぬ直前に残した最後の秘密を知ることになる。
それがまさか.......
私自身の出生にまで関わるものだとは、この時の私はまだ知らなかった。
♢
第二王子がこちらへ向かってくる。
夕暮れの街道を、数十騎の騎兵が土煙を巻き上げながら進んでくる光景を窓越しに眺めていると、胸の奥に奇妙な感覚が広がっていった。
恐怖――ではない。
むしろ、五年間ずっと胸の奥に引っかかっていた何かが、ようやく姿を現したような、不思議な納得感だった。
「……どうして、ここにいることが分かったのでしょう?」
私が呟くと、ヴァイスは窓の外から視線を離さないまま、静かに答えた。
「考えられる可能性はいくつかある。俺たちの動向を王宮内部から流している者がいるか、旧邸宅の周囲を監視していたか、あるいは――最初から君がここへ来ることを知っていたかだ」
「最後の可能性が、一番嫌ですね」
「ああ。俺も同じことを考えている」
ヴァイスの声から、先ほどまでの穏やかな雰囲気が完全に消えていた。
騎士団長としての顔。
国境で四年間戦い続けた男の目が、そこにはあった。
「リーシェ、ここから先は俺の後ろにいてくれ」
「……嫌です」
「即答か」
「当然でしょう。ここは私の母の屋敷で、今手にしているのも母が私へ残した手紙です。それなのに、私だけ後ろに隠れているなんて、そんなことをしたら一生自分を許せませんもの」
「だが、相手は第二王子だ」
「ええ、存じています」
「.......王族だぞ?」
「だから何です?」
私は手紙を胸元へしまいながら、ゆっくりと振り返った。
「私が五年間、何をしてきたと思います?」
ヴァイスは答えなかった。
「誰にも頼れない状況で、夜中に一人で帳簿を調べて、領地の数字を追い、知らない商人へ手紙を書き、少しずつ資金を動かしてきました。父にも、ヴィオラ様にも、王宮にも頼らずに、ただ自分が正しいと思ったことを続けてきたのです」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「それなのに、ここへ来てようやく母の残した真実を見つけたところで、『相手が王族だから怖いので隠れます』なんて、そんな都合のいい話がありますか?」
ヴァイスがしばらく私を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……分かった」
「ありがとうございます」
「ただし、俺の後ろに隠れない代わりに、俺の隣から離れるな」
「それなら構いません」
「絶対にだ」
「ふふ、わかってますから、安心してくださいませ」
その返事を聞いて、ヴァイスはようやく少しだけ表情を和らげた。
「よし......」
「……何ですか?」
「いや。君ならそう言ってくれると思っていた」
「では、最初から聞かなければよかったのでは?」
「君に一度くらい『守られる側』を経験してほしかったんだがな」
「五年間ずっと守られませんでしたので、今さら一度くらいと言われても困ります」
「……そうだったな」
ヴァイスが苦笑する。
その笑顔を見て、私も少しだけ肩の力が抜けた。
◇
ほどなくして、屋敷の正面で馬が止まった。
騎兵たちが一斉に下馬し、その中央から一人の青年が歩いてくる。
第二王子――レオニード・アルヴェル。
王族らしい整った顔立ちに、見る者へ自然と威圧感を与えるほどの自信をまとっている。
その姿を見た瞬間、司法官たちが一斉に頭を下げた。
けれど私は、頭を下げるだけに留めた。
彼が何者であろうと、今の私にとっては「母の秘密を知っているかもしれない人物」でしかない。
「これは随分と物々しい出迎えだな」
第二王子が軽く笑う。
「まさか私が来るとは思っていなかったのだろう?」
「ええ。正直に申し上げれば、もう少し早くお会いできるとは思っておりました」
「……何?」
「あなたが私を追っていることくらい、昨日の時点で分かっていましたから」
第二王子の笑顔が、ほんのわずかに止まった。
「ほう」
「ただ、まさか私の母の旧邸宅まで直接いらっしゃるとは思いませんでしたわ。王族というのは随分と暇――」
「リーシェ」
ヴァイスが横から私の名前を呼ぶ。
「……何でしょう?」
「最後まで言う必要はない」
「まだ半分しか言っていませんけれど」
「十分だ」
第二王子が思わず吹き出した。
「ははっ! なるほど。噂以上に面白い令嬢らしい」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「今はそれでいいさ」
第二王子は笑みを浮かべながら、こちらへ数歩近づいた。
「さて、リーシェ・フォン・アーレンス。いや――」
彼の視線が、私の胸元へ向けられる。
「その手紙を、どこで見つけた?」
空気が変わったと同時に私はすぐに理解した。
この男は、知っている。
母が何を残したのか、この屋敷に何があるのか、そして――私が何を知ったのか。
「なぜ、その手紙の存在をご存じなのです?」
「……」
「まだ私は、一言も手紙の内容を話しておりません。それなのに『その手紙』とおっしゃったということは、少なくともあなたは、この部屋に何があるのかを知っていたことになります」
第二王子は答えなかった。
代わりに、ほんの少しだけ笑った。
「.......相変わらず鋭いな」
「相変わらず?」
私は眉をひそめた。
「以前、どこかでお会いしたことがありましたか?」
「……」
第二王子が黙る。
その沈黙が、何よりも雄弁だった。
「答えてください......!」
「.......リーシェ」
ヴァイスが私の隣で低く言う。
「焦るな」
「........分かっています」
私は第二王子から目を離さない。
「ですが、私はもう五年間も待たされているのです。これ以上、誰かに都合よく話を逸らされるつもりはありません」
第二王子はしばらく私を見つめたあと、静かに息を吐いた。
「……君の母親は、非常に優秀な女性だったよ」
「母の話、ですか」
「だが、あまりに優秀すぎたのだ」
「それはどういう意味です?」
「彼女は、王宮の財政に不正があることを知った。それだけではない。公爵家の財政が意図的に操作されていることにも気づいた」
「そこまでは分かっています」
「そして、その不正を辿っていくうちに――」
第二王子がそこで言葉を止める。
「王家にまで辿り着いた」
私は息を呑んだ。
やはりそうだった。
グスタフも。
ローデリックも。
父も。
ヴィオラも。
全ての背後には、王宮が関わっていた。
「では、母はその事実を知ったから殺されたのですか?」
「……」
「答えてくださいよ.....!!!」
私は思わず、握りしめた拳を机の上にバンッと叩きつけた。
「殺された、とは言っていないさ」
「では病死だったと?」
「そうとも言っていない」
私は拳を握りしめた。
「なら、何を知っているのです?」
第二王子は私を見つめる。
そして、次の瞬間.......私が予想だにしていなかった言葉を口にした。
「君の母親は、君を守るために死んだよ」
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