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第13話 緊急事態......!?

「この印章を使って指示された資金移動のうち、十二件が侯爵様の個人口座へ繋がっております。これについても『長年の経験で分かること』として説明していただけますか?」


「――っ!」


 侯爵の顔色が変わった。


 私はさらに続ける。


「もちろん、まだ個人口座だけではございません。侯爵様の親族が経営する商会、そこからローデリックへ渡った金銭、さらにその一部がグスタフの口座へ戻っている記録まで確認済みです。私としては、これだけ綺麗な資金の流れを見せられてしまうと、むしろ感心してしまいますわ。よく六年間も誰にも見つからないと思えましたね?」


「……お前」


 侯爵の声が低くなる。


「一体、どこまで調べた......?」


「ーー五年間分です」


「……!?」


「いえ、正確には六年間分になりましたね」


 私は微笑んだ。


「私、帳簿を見るのが好きなのです。数字は人間と違って、機嫌を取ってくることも、嘘をついてこちらを騙そうとすることもありませんから」


 ヴァイスが横で小さく呟く。


「……君は本当に帳簿が好きなんだな」


「今さらですか?」


「いや。改めてそう思っただけだ」


「婚約者として、そこは覚えておいてくださいませ」


「......覚えておこう」


「ちなみに私はヴァイス様より帳簿の方が好き、という意味ではありませんからね? 帳簿はlikeであってloveにはならない友達的な感じなんですよ」


「ははっ!……そこは確認しておきたかったところだから少し安心したぞ」


 私も思わず笑ってしまった。


 その一方で、侯爵は完全に追い詰められていた。


「これは……何かの間違いだ......」


「では、司法官に調べていただきましょうか」


「.......必要ない!」


「なぜです?」


「私が調べればいい!」


「なるほど」


 私は頷いた。


「つまり、財務大臣である侯爵様ご自身が、この事件の調査を担当すると?」


「…………」


「それは困りますわね」


 私は笑顔のまま告げた。


「だって、容疑者本人に調査をお願いすることになってしまいますもの」


 侯爵の顔が引きつった。


 司法長官が立ち上がる。


「エドガー・フォン・ローデンベルク侯爵。これ以上は、あなた自身にも正式な聴取が必要です」


「待て......!」


「まだ何か?」


「私は王国の財政を二十年以上支えてきた人間だぞ! そんな私を、一介の令嬢の言葉だけで疑うというのか!」


 その瞬間、私は机の下から、最後の一枚を取り出した。


「一介の令嬢、ですか?」


 紙を机の上へ置く。


「では、こちらをご覧ください」


 侯爵が書類を見る。


 そこには――。


 六年前。


 まだ私の母が生きていた頃に作られた、公爵家の財政監査記録。


 その最後に、母の手書きで一文が残されていた。


『財務局より不自然な資金移動を確認。エドガー・フォン・ローデンベルク侯爵へ照会予定』


 侯爵の顔から、完全に血の気が引いた。


「……これは」


「私の母が残した記録です」


「……」


「母は、あなたの不正に気づいていた」


 侯爵は何も言えなかった。


 私は静かに続ける。


「そして、その直後から母は体調を崩し、その半年後に亡くなりました」


「…………」


「もちろん、母の死とあなたを結びつける証拠はありません。そこについては、私も憶測で申し上げるつもりはありません」


 私はそこで一度言葉を切った。


「ですが、少なくともあなたが六年前から公爵家の財政に関心を持っていたことだけは、これで証明できます」


 侯爵の唇が震える。


「……あの女が、まだこんなものを……」


 その言葉を聞いた瞬間。


 室内の全員が侯爵を見た。


 侯爵自身も、自分が何を言ったのか理解したらしい。


「あ……」


「今、『あの女がまだこんなものを』とおっしゃいましたね?」


 私は微笑んだ。


「母の記録が残っていることを、まるで知っていたかのような言い方でしたけれど?」


「……違う」


「では、誰のことを指して『あの女』と?」


「…………」


「侯爵様」


 私はゆっくりと立ち上がった。


「もう十分ではありませんか?」


 侯爵は私を睨みつけた。


「……何?」


「あなたが六年間隠してきたものは、もうほとんど残っていません」


 私は机の上に並んだ証拠を見渡した。


「帳簿も、手紙も、送金記録も、印章も、そして母の記録まで出てきました」


 そして最後に、侯爵の目を見る。


「それでもまだ、『私は何も知らない』とおっしゃいますか?」


 長い沈黙が落ちた。


 やがて――。


 侯爵が、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


「……私一人ではない」


 司法長官が息を呑む。


 私は黙って次の言葉を待った。


「この計画を考えたのは……私ではない」


「では、誰です?」


「……」


 侯爵は震える手で額を押さえた。


「王宮の中には、私よりさらに上にいる人間がいる」


 ヴァイスの表情が険しくなる。


「誰だ?」


「……」


 侯爵はしばらく黙り込んだ。


 そして。


 震える声で、その名前を口にした。


「......第二王子殿下だ」


 ――その瞬間。


 部屋の空気が凍った。


「……第二王子?」


 私は思わず聞き返した。


 侯爵は俯いたまま、力なく頷く。


「そうだ。私は命令されただけなんだ。公爵家の税収を一部抜き、王宮の裏金として流せと……そうすれば、第二王子殿下の派閥を支える資金になると言われた」


「では、私の母が不正に気づいたことも?」


「……知られていた」


「だから、母を黙らせるためにヴィオラ様と父を利用した?」


「違う! 私はそこまで――」


「では、誰が?」


「…………」


 侯爵は答えなかった。


 私はその沈黙を見て、静かに息を吐く。ここまで来ても、まだ全ては繋がっていない。


 けれど、ようやく見えたのだ。


 私が五年間虐げられていた理由。


 母が残した財政記録。


 ヴィオラによる公爵家の財産横領。


 ローデリックの不正。


 グスタフの資金操作。


 そして、第二王子。


 すべてが一本の線になりつつある。


「......リーシェ」


 ヴァイスが私の肩に手を置いた。


「ここから先は、俺が守る」


「……ありがとうございます」


「だから、一人で全部背負うな」


「分かっています」


「本当に?」


「ええ」


 私は少しだけ笑った。


「ですが、帳簿の整理だけは私に任せてくださいませ」


「そこは譲らないのか」


「当然です」


 ヴァイスは呆れたように笑った。


「……分かった。本当に君らしいな」


 けれど、その直後、王宮の外から激しい鐘の音が鳴り響いた。


 司法長官が窓へ駆け寄る。


「何事だ……!?」


 直後、廊下を一人の騎士が駆けてきた。


「大変です......!」


「何があった?」


「第二王子殿下が――」


 騎士は息を切らしながら叫んだ。


「王都を出ました!」

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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 感想コメントもお待ちしております!

 

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 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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