第11話 ここからが本番ですわ!
ーー翌日。
私たちは王都へ向かった。
王宮へ到着すると、すでに多くの官僚が集まっていた。その中心に立っていたのが、グスタフ・ベルンハルトだった。
「お初にお目にかかります、リーシェ・フォン・アーレンス嬢。今回の件については、私どもも大変遺憾に思っております。地方の役人が独断で不正を働いていたのであれば、王宮財務局としても厳正に対処しなければなりません」
穏やかな笑み
丁寧な口調。
いかにも誠実そうな男だった。私はその笑顔を眺めながら、静かに微笑み返す。
「そうですか。それは安心いたしました」
「……安心?」
「ええ。もし地方役人の独断ではなく、王宮財務局まで関係していたとなれば、それこそ国家を揺るがす大事件ですもの。ですが、グスタフ様ご自身が『地方役人の独断』と断言なさるのであれば、王宮財務局には何の問題もないのでしょうね?」
「もちろんです」
「では、明日の調査でそれが証明されることを楽しみにしておりますわ」
グスタフの笑顔が、ほんのわずかに固まった。
私はそれ以上何も言わず、ヴァイスとともにその場を離れる。
「……どう思う?」
歩きながらヴァイスが尋ねた。
「真っ黒ですね」
「やはりそう思うか」
「ええ。あれほど完璧な笑顔を作れる方が、私の名前を聞いた瞬間だけ左手の指を二度握りましたもの」
「そこまで見ていたのか」
「五年間、他人に隠れて帳簿を見続けてきたのですよ? 人の癖を見るくらいは得意になります」
「ふっ......なるほどな」
ヴァイスが少しだけ笑う。
「では、俺は何をすればいい?」
「何もしなくて結構です」
「なぜだ?」
「ヴァイス様が隣にいるだけで、相手が勝手に警戒しますから」
「……それは褒めているのか?」
「もちろんです」
「なら、明日も隣にいる」
「お願いします」
私は小さく笑った。
そして翌日。
王宮財務局で始まった正式な調査によって、グスタフの用意した『完璧な逃げ道』は、一つずつ崩されていった。
最初に提出されたのは、彼が関与を否定していた六年前の決裁書。
「この署名は私のものではありません」
グスタフは堂々と言い切った。
けれど、私はすぐに別の書類を取り出した。
「では、こちらの署名はいかがでしょう?」
「……?」
「三日前にあなた自身が提出した、今年度の財務承認書です。同じ人物が書いたとは思えないほど違う筆跡なら、私も納得いたしますけれど――」
私は二枚の書類を並べた。
「残念ながら、完全に一致しておりますわ」
グスタフの顔が強張る。
「それは……私の名前を誰かが真似たのでしょう」
「そうですか」
私は頷いた。
「では、その『誰か』を一緒に探しましょう。王宮財務局の印章を使用できる人物、あなたの執務室へ出入りできる人物、そして六年前の決裁内容を知っていた人物をすべて調べれば、すぐに分かるでしょう」
「…………」
「もちろん、あなた自身も調査対象に含めますけれど」
グスタフは黙り込んだ。
私はそこで初めて、一枚の封筒を取り出した。
「ただし」
封筒を机の上へ置く。
「その調査は必要ないかもしれません」
「……何?」
「すでに、あなたが何をしたのかを証明できるものを持っていますから」
封筒の中から取り出したのは、一通の手紙。
ローデリックから押収したものだった。
そこには金額、送金先、日付.......
そして――グスタフ自身の名前。
すべてが記されている。
「これは……」
グスタフの声が震えた。
「どうして、それが……」
「またですか?」
私は思わず笑ってしまった。
「私、まだ『この手紙をご存じですか?』とすら尋ねていませんわ」
「…………!?」
「グスタフ様」
私は静かに彼を見つめた。
「あなたは先ほどから、証拠そのものよりも『それを私たちがどこから入手したのか』ばかり気にしていらっしゃいますね」
彼の顔から血の気が引いていく。
「それはつまり――」
私は最後の一言を、ゆっくりと告げた。
「その証拠が、本物だと知っているということではありませんか?」
大広間が、完全に静まり返った。
誰も口を開かない。
誰もグスタフを庇わない。
そして私は、机の上にもう一枚の書類を置いた。
「まだあります」
「……!」
「六年前の資金移動について記録された、公爵家側の原本です」
グスタフの視線が書類へ釘付けになる。
そこには三つの名前があった。
アルフレート・フォン・アーレンス。
ヴィオラ・フォン・アーレンス。
そして――。
グスタフ・ベルンハルト。
「これで、六年間の流れが繋がりましたね」
私は静かに笑う。
「ですから、もう言い逃れは結構です」
司法長官が立ち上がった。
「グスタフ・ベルンハルト次官補。あなたを正式な容疑者として拘束します」
「ま、待て.......!」
グスタフが初めて取り乱した。
「私は王宮に仕える人間だぞ.......! こんな証拠だけで私を――」
「証拠『だけ』?」
私はその言葉を聞いて、思わず笑った。
「........グスタフ様」
机の上には、六年間分の帳簿。
送金記録。
手紙。
決裁書。
そして、三人の署名。
「これだけ揃っていて、まだ『証拠だけ』とおっしゃいますの?」
私は椅子から立ち上がった。
「でしたら、もう一つだけ教えて差し上げます」
グスタフが怯えたように私を見る。
「私が五年間、何をしていたと思います?」
「……何を……!」
「あなたたちが隠した数字を、一つずつ拾っていたのです」
私は微笑んだ。
「ですから――」
その言葉とともに、最後の書類を机へ置く。
「六年間分の不正なら、六年間分の証拠を揃えてありますわ」
グスタフの顔から、最後に残っていた余裕さえ消えた。ヴァイスが隣で小さく息を吐く。
「……終わったな」
「いいえ......」
私は首を横に振った。
「まだです」
「.......まだ?」
「グスタフ様がこれだけのことを一人でできるはずがありませんもの」
私は書類の一番下にある、見慣れない印章を指で示した。
「この印章……私は知りません」
「……!」
「つまり」
私はゆっくりと顔を上げる。
「この方の上に、まだ誰かいるということですわね?」
その瞬間.......
グスタフの表情が、初めて恐怖に変わった。
――そして私は、その顔を見て確信した。
まだ終わっていない。
むしろ本当の『ざまぁ』はここから始まるのだと。
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それでは、また次のお話でお会いしましょう!




