第10話 決着の時ですわ!!
「その金額は、徴税に伴う手数料でございます。地方の領地を運営していれば予定外の出費もございますし、すべてを公爵家へ報告する必要があるとは限りません」
「なるほど。では、その『徴税に伴う手数料』を証明する領収書と、徴収を許可した領主の承認書を見せていただけますか?」
「っ......!?」
「それから、三年前に徴収された金額が現在まで一度も公爵家の帳簿へ戻ってきていない理由も、併せて説明していただけると助かります。まさかとは思いますが、徴収した税を三年間も行方不明にしたまま、帳簿上では何の問題もないというおつもりではありませんよね?」
「……それは、その……商会との口約束で処理しておりまして、正式な書類は――」
「商取引を口約束で済ませた、と?」
私はそこで一度言葉を切り、ローデリックの顔をまっすぐ見つめた。
「それでは、あまりにも都合がよすぎますわね。正式な書類が存在しない、承認書もない、領収書もない、それなのにお金だけは毎年きれいに消えている。偶然にしては、ずいぶんと規則正しい偶然ですこと」
「…………」
「しかも、その消えた金額と、あなたの私的な口座へ入金された金額がほぼ一致しているのですから、私としては『地方役人による単純な帳簿上のミス』という説明より、もっと納得できるお話を伺いたいところなのですが」
ローデリックは、そこで完全に黙り込んだ。
私は別の帳簿を開き、今度は署名のある頁を彼の目の前へ置く。
「それと、こちらについてもお願いします。この署名はあなたのものですね? 先ほどまで『自分は何も知らない』とおっしゃっていましたけれど、王宮財務局へ提出された書類の三十二箇所にあなた自身の署名があり、そのすべてが現在の筆跡と一致しております」
机に置かれたローデリック手には多量の冷や汗が垂れ流れていた。
「もしこれまでの説明を撤回されるのでしたら、今のうちにどうぞ。後になって『誰かに勝手に署名された』とおっしゃっても、筆跡鑑定まで済んでしまえば、さすがに誰も信じてはくれませんでしょうから」
「……私は.......命令されたんです........」
ローデリックが、ようやく絞り出すように呟いた。
「ならば教えていただきましょうか.......誰に?」
「…………」
「言えないのですね」
「……」
「でしたら、私から申し上げましょうか?」
私は一呼吸置いてから、彼の目を見据えた。
「グスタフ・ベルンハルト」
「――っ!」
その瞬間、ローデリックの膝から力が抜けた。
「……なぜ、その名前を……」
「あら?」
私は思わず首を傾げる。
「私はまだ『その名前で間違いありませんか?』とは尋ねておりませんけれど?」
「…………!」
「むしろ、こちらが驚いておりますわ。質問に答えるどころか、ご自分から答えまで教えてくださるなんて……ローデリック様は、思っていた以上に親切な方なのですね」
「ち、違う! 今のは言葉の綾で――」
「ええ、分かっております」
私は微笑んだ。
「ですから、安心してくださいませ。『自分からグスタフの名前を出してしまった』という事実については、きちんと記録しておきますから」
「それは安心できないだろう!!」
思わず叫んだローデリックを見て、隣にいたヴァイスが顔を背けた。
「……ヴァイス様?」
「いや」
「笑っていますよね?」
「笑っていない」
「肩が震えていますけれど」
「……少しだけだ」
「あとで覚えておいてくださいませ」
「分かった」
緊迫していたはずの部屋に、妙な沈黙が落ちた。そして、その沈黙を破るように扉が開く。
◇
「リーシェ様、王宮より正式な調査命令が下りました」
入ってきた司法官の言葉に、私は静かに頷いた。
「やはり来ましたか」
「はい.......今回の件は、もはや地方役人による横領事件ではありません。王宮財務局の人間が関与している可能性が浮上した以上、王宮としても放置できないでしょう」
「でしたら、私もすべて協力いたします。五年間かけて集めた資料がありますから、調査に必要なものがあれば遠慮なくおっしゃってください」
「五年間……?」
司法官が驚いた顔をする。
「まさか、リーシェ様は今回の件を五年前から?」
「正確には、不正そのものを五年前から知っていたわけではありません。ただ、領地の収穫量と税収の数字が不自然に噛み合わないことには、ずっと疑問を抱いていました。ですから、夜中に帳簿を調べ、領民から届いた手紙と照らし合わせ、少しずつ記録を残していたのです」
私は机の横に積み上げていた書類を指した。
「ここにあるものが、その五年間の記録です。誰が何をしたのかはまだ完全には分かりませんが、数字の変化と資金の流れなら、私が説明できます」
司法官は、しばらく言葉を失っていた。
「……これほどの資料を、すべてお一人で?」
「一人ではありません」
私はマーサへ視線を向ける。
「私を信じて手伝ってくれた人たちがいましたから」
マーサは胸を張った。
「お嬢様が夜中に帳簿と睨めっこをしている間、私は何度も眠気と戦いました!」
「……それは手伝ったと言えるのでしょうか?」
「もちろんです。眠気との戦いは非常に過酷でした」
「それなら私より大変だったのかもしれませんね」
部屋に小さな笑いが起こる。
けれど、司法官が次に差し出した書類を見た瞬間、その空気は再び引き締まった。
「リーシェ様。こちらをご覧ください」
「……これは?」
「ローデリックの私室から発見された手紙です」
私は封筒を受け取り、差出人の名前を確認する。
そこには――。
ーーーグスタフ・ベルンハルト。
はっきりと、その名前が記されていた。
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