第十四話「人願の真理」
■ 登場キャラクター紹介
【01】いおりとゆめ
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662171/
【02】ななみとリリカ
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662784/
■前作「銀色の結晶」すずの記録室
※前作の登場キャラクター情報も含まれています。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/1/
翌朝、リリカはななみに通信のことを話した。
朝食の後、村の外れで二人きりになった時に。
昨夜の空気をまだ少し引きずったままの、静かな時間だった。
ななみは、黙って聞いた。
もともと昨夜の途中から、壁越しに内容のほとんどは聞こえていた。
けれど、リリカの口から改めて聞くと、同じ言葉でも重さが違った。
ユウリの声は、直接聞いた時よりも、今の方が深く残った。
遠くから見ていた人間にしか言えない言葉というものが、たしかにあるのだと思った。
リリカが話し終えても、ななみはしばらく何も言わなかった。
風が、村の外れの草を揺らした。遠くで鳥が鳴いていた。
この村の朝は穏やかで、だからこそ昨夜の言葉だけが、まだ胸の中にくっきり残っていた。
「ユウリという人、覚えていましたか」
ななみが言った。
「覚えてる」
リリカは答えた。
「砂場にいた子」
その言い方に、ななみは少しだけ目を向けた。
リリカの記憶の中で、その子はちゃんとその場所にいるのだと分かった。
「あまり喋らなかったけど、ちゃんとそこにいた」 「いつも静かに見てるような子で」
「いおりとも、知り合いだったんですね」
「同じ幼稚園だったから。たぶん、ずっと気にしてたんだと思う。あの子らしい」
ななみは少し考えた。
ユウリという名前。自分の記憶の中心にいたわけではない。
けれど、いおりとリリカの周りにいた静かな存在として、たしかにそこにいたのかもしれない。
「昨日の言葉は」
ななみがゆっくり言う。
「遠くから見ていたからこそ、言えた言葉かもしれません」
「どういう意味ですか」
「近くにいた人間より、外から見ていた人間の方が、正確に見えることがあるという意味です」
リリカは黙って続きを待った。
「後悔が動機になっている、という言葉は。当事者には言いにくい」
リリカは、その言葉をそのまま受け取った。
「ななみさんも、当事者だったんですね」
「はい」
「私も」
短いやり取りだった。
でも、それだけで十分だった。
二人とも、いおりを探していた。二人とも、いおりを失った側だった。
そして、探す理由の中に、自分自身の空白を埋めたい気持ちが混ざっていたことを、もう否定できなかった。
少しの沈黙があった。
リリカが、小石を指先で触れながら言った。
「いおりちゃんに会ったら、何て言いますか」
ななみは、昨日と同じように答えた。
「まだ決めていません」
「昨日もそう言ってましたね」
「会った時に出る言葉の方が本当だと、あなたが言いました」
リリカは少しだけ笑った。
「言いました」
「だから、まだ決めません」
その返し方があまりにななみらしくて、リリカは肩の力を少し抜いた。
「ななみさんらしい」
「何がですか」
「私の言葉を、ちゃんと使うところ」
「当然のことです」
「私だったら忘れてると思います」
「だから、場合によっては、という言い方になるんです」
「それは別の話です」
少しだけ、二人の間にいつもの調子が戻った。
こういうどうでもいいようなやり取りができること自体、昨夜より二人が軽くなっている証拠のようにも思えた。
ななみは少し間を置いたあと、言った。
「通信の内容は、正しいと思いましたか」
「正しいと思いました」
リリカは即答した。
「刺さりました」
「どの部分が」
「いおりを取り戻したいのか、いおりが愛した今を守りたいのか、っていう部分です」
ななみは、視線を少し遠くへ向けた。
「あなたはどちらでしたか」
リリカは小石を見たまま答えた。
「正直に言うと……両方あったと思います」
そこで一度区切る。
認めるのに少しだけ勇気がいる答えだった。
「でも、取り戻したいっていう気持ちの方が強かったかもしれない」
「過去形ですか」
「うん」
リリカが、広場の方を見た。
いおりがいる方角だった。
「あの顔を見たら、変わった。
取り戻すより、あの顔を守りたいって思った。今のいおりちゃんを、そのまま守りたいって思った」
ななみは、それを聞いてすぐに頷いた。
「私も、同じです」
リリカが少しだけ驚く。
「ななみさんが、そんなにすぐ言うなんて珍しい」
「正確に言うと、昨夜から整理していました」
「なんだ、すぐじゃないんですか」
「すぐです。昨夜一晩で整理したので」
リリカがくすっと笑う。
「それはななみさんの中では、すぐなんですね」
「はい」
その返事に迷いはなかった。
ななみなりに、昨夜ずっと考えていたのだろうと分かった。
午後、小さなレイヤーが村の近くで発生した。
村そのものへの被害はない。
だが、通りかかった旅人が一人、霧に飲み込まれかけているという報告が入った。
二人は、すぐに現場へ向かった。
規模はC1。小さい。
ななみ一人でも十分に対処できる程度のものだった。
けれど、ななみは現場に着く前から決めていた。
「リリカさん、一緒に入ります」
「え、いいんですか」
「あの通信の言葉が正しいかどうか、確かめます」
リリカが少し首を傾げる。
「実験ですか」
「試験的な連携です」
「同じことだと思いますけど」
「違います」
そう言いながらも、ななみの声はどこかいつもより柔らかかった。
リリカは笑って、ななみの隣に並んだ。
霧の中に入った瞬間、ななみは違いを感じた。
いつものレイヤーだ。
密度も、侵食の速さも、記録上は大きく変わらない。
なのに、感触が違った。
リリカがそばにいる。
それだけで、霧の重さが分散されるような感じがあった。
一人で押し返している時の、あの妙な圧迫が少ない。
自分の力が前に抜ける。
「どうですか」
リリカが小さく聞く。
「少し違います」
ななみは答えた。
「私も」
リリカは前を見たまま言う。
「ななみさんがいると、霧の中の人の気持ちが読みやすい気がします。
制御してくれてるから、私の方に余裕ができる感じ」
旅人は、霧の中心部にいた。
意識はある。でも、足が動かなくなっていた。
目には恐怖が浮かんでいるが、まだ完全に飲まれてはいない。
ななみが霧の流れを外向きに制御し、圧力を散らしながら圧縮する。
リリカが旅人のそばまで近づいて、途切れずに声をかけ続ける。
「大丈夫ですよ。もう少しで動けるようになります」
「足が……」
旅人の声は震えていた。
「感覚が戻ってきますから。ゆっくり、深呼吸して」
リリカの声は明るすぎず、軽すぎず、でも確実に人を現実へ戻す声だった。
旅人の肩から、少しずつ力が抜けていくのが分かる。
ななみは、その変化に合わせて霧の密度を削った。
以前の連携より、明らかに噛み合っていた。
力の向いている先が揃っている。
何かを取り返すためではなく、今ここにいる一人を守るために動いている。
その違いが、処理の精度だけではなく、体感そのものを変えていた。
霧が消えた。
旅人が、ゆっくりと立ち上がる。
まだ少しふらついていたが、足は動いた。
「ありがとうございました」
そう言って、何度も頭を下げながら、来た道を戻っていった。
二人は、その場に立ったまま少し黙っていた。
風が抜けていく。
霧の残滓は、ほとんど残っていない。
「ななみさん」
「何ですか」
「さっきの、違いました」
「どう違いましたか」
リリカは、少し考えながら言葉を探した。
「うまく言えないけど……軽かった。力を使う感じが」
ななみは黙って聞く。
「前は、何かに押されながら動いてる感じだったけど。今日は、自分から動いてる感じがした」
ななみも、同じことを感じていた。
ずっと背中に貼りついていた重さが、少しだけ剥がれた気がした。
後悔に引っ張られて動くのではなく、今ここで必要なことを選んで動いている。
それは、同じ処理でも質が違った。
「後悔が動機になっている間は、人願の本当の力は出ない」 「という言葉は」
ななみが言う。
「正しかったと思います」
「はい」
リリカも、静かに頷いた。
村に戻ると、いおりとゆめが広場にいた。
様子を見ていたらしく、いおりがこちらに気づいて手を振った。
ななみは、その手を見た。
白い手袋。
ゆめから聞いた話が、頭の中によみがえる。
指が一本増えてしまうほど結晶化が進んだこと。それが、戦い続けた証であること。
あの手袋の下に、その証がある。
ななみは、少しだけ歩みを緩めた。
リリカがそれに気づく。
「どうしました?」
「いおりさんの手袋のことを、考えていました」
「ああ」
リリカも、いおりの手を見た。
「ゆめさんから聞いた話を、いおりちゃんは自分では話しませんよね」
「はい」
「だろうと思う」
リリカは、少しだけ笑って、それから真面目な顔に戻る。
「あの子は昔から、そういう子だったから」
「自分のことは後回しにする」
「うん。でも」
リリカが、いおりに向かって歩き出しながら言った。
「それを知った上で、そばにいるのが、私たちにできることだと思う」
ななみは、その後ろについて歩いた。
知った上で、そばにいる。
守る、という言葉より、今はそちらの方が正確かもしれない。
相手の痛みも、過去も、今の穏やかさも知った上で、それでも壊さずに隣に立つ。
それが今の自分たちにできることなのだと、ななみは思った。
夕方、四人でまた話した。
昨日より、会話が自然だった。
いおりが少し積極的に話しかけてきて、ゆめが時々場を和らげるような一言を挟む。
ぎこちなさが消えたわけではない。
でも、ぎこちなさごと受け入れられる空気があった。
「ななみさんって、真剣ですよね」
いおりが言った。
「そうですか」
「うん。でも時々、リリカさんに突っ込まれると表情が変わる」
「変わっていません」
すぐにななみが返す。
「変わってますよ」
リリカが横から言った。
「変わっていません」
「口元が緩みます」
「緩んでいません」
ゆめが、小さく笑った。
いおりも、つられるように笑う。
その笑い声を聞きながら、ななみは胸の中で何かが静かに動くのを感じた。
四人でいる。
四人で話している。
それがこんなに自然に感じられる日が来るとは、少し前までは思っていなかった。
「ななみさん」
いおりが言う。
「何ですか」
「また来てくれますか」
ななみは、少しだけ間を置いた。
「来ます」
「約束ですか」
「約束です」
いおりが、少し目を細めた。
「なんか、安心した」
「なぜですか」
「ななみさんが約束するの、二回目だから」 「ちゃんと来てくれると思って」
ななみは返答しなかった。
でも、否定もしなかった。
約束が積み重なること。
それが今のいおりにとって、記憶の代わりになるのかもしれないと思った。
その夜、ななみは一人で外に出た。
村を離れる前の夜だった。
明日の朝、また次の任務へ向かう。
空を見上げる。
星が出ていた。
遠くで、村の明かりが温かく灯っていた。
「守れた」
ななみは、小さく呟いた。
でも今夜のその言葉は、以前とは意味が違っていた。
取り戻そうとしたわけではない。
記憶を戻そうとしたわけでもない。
ただ今日一日、いおりが笑っている場所にいた。
今のいおりが安心していられる時間のそばに、自分もいた。
それだけだった。
でも、その「それだけ」が、今は何より大切だった。
守るということは、失ったものを元通りにすることではないのかもしれない。
相手の今を壊さずに、その今が続くようにそばにいることなのかもしれない。
それが、人願の真理なのだと、ななみはようやく少しだけ分かった気がした。
「また来る」
続けて言った。
誰に向けてでもない。
でも、たしかに約束として。
星は静かに瞬いていた。
村の夜は穏やかで、その穏やかさを守りたいと思った。
第十四話:人願の真理――完
キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。
もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、前作『銀色の結晶』も併せて手に取っていただければ幸いです。
■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
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