24話 告白
ルシアは、王宮裏庭の最北端にある塔の最上階へ幽閉された。
塔入り口の天井付近には、鉄の落とし格子の足がチラリと見え、分厚い木の扉を開けた先には洞窟の入り口のような真っ暗な穴。
暗さのあまり先の見えない螺旋階段を、埃臭さで顔をしかめながら見上げると、ほんの小さな明かり取りの窓が天井付近に開けられているだけだった。
長い階段を登って連れてこられた部屋の窓には鉄格子が嵌められ、家具は最低限、初夏の昼であっても石壁は冷たい。
年老いたメイドが、藤の籠に硬いパンと水の入ったジャグを持って訪れ、質素な着替えを置いていった。
「ヒスイは、ジョスランを探せたかしら」
白トラ猫に紙人形を託したルシアは、窓の鉄格子越しに外を眺め独りごちた。
「クロヴィスの魔法……すごかったな」
魔法は、失われていなかった。
ならば今ルシアが行っている術も、魔法なのだろうか。ぼうっと空を眺めるが、答えは出ない。
「ジョーと、話さないと」
自分の前世のこと。あの本に書かれていたこと。議論する余裕もなく、こうして捕まってしまった。
「情けないな……足手まといになっちゃった」
心細い。頼もしい相棒に、会いたい。紅色の力強い目で、見つめて欲しい。
捕まって初めて、自分の中でジョスランの存在が大きくなっていたことに気づいた。
「にゃあん」
わずかに開いた窓の隙間から、白トラ猫が入ってくる。
「あ。おかえりヒスイ。届けられたのね」
ルシアが懐から、ジョスランへ届けたものと対になる紙人形を取り出すと、勝手に話し始めた。
『これから、俺の事情聴取だ。絶対に救い出すから、そこで待ってろ』
頼もしい声に、ルシアの不安は一気に消し飛ぶ。
「あら。救い出されるのを待っているようなお姫様には、なれないわよ」
『知ってる。俺の惚れた女は、自分で檻をぶっ壊して出てくる』
ルシアの胸に嬉しさが込み上げた。嬉しい、と思っている自分には、戸惑っているが。
それを誤魔化すため、茶化した。
「ジョーって本当に王族なの?」
『騎士団に入ってみろ。誰でもこうなる』
「ふふ」
事情聴取の待ち時間は、話す余裕があるのだろう。紙人形から聴こえてくる声音は、穏やかだ。
「ねえ、ジョー。クロの魔法、見たわよね」
『ああ。さっき本人と話したら、あっさり認めた』
「え」
『アカデミーで、魔法を習ったんだと。だが誰から習ったのかは、覚えていないらしい』
アカデミーとは、貴族の子息が通う王立学院のことだ。
「魔法は、失われていなかった……」
『しかもクロヴィスは、自分でも研究していたらしい。俺のこの目も、無意識に魔法を使っているのではないかと言っていた』
それは、ルシアも予想していたことだった。
『俺は、自分の生まれが母の死を招いたと思っている。魔法を死を見る力として使っていても、不思議ではない』
「ジョー……」
『ルシアは、誰の死を見たんだ?』
言葉に詰まった。ルシアもまた死者を見ることができる。ならその理由が知りたい、とジョスランは言っている。
『無理に話す必要はないが。顔が見えないからこそ、話しやすいこともあるだろうと思っただけだ』
顔は見えないが、ジョスランが今どんな顔をしているのか、想像できてしまった。
気まずそうに、後頭部をかいているに違いない。
「わたくしは……わたくしには、前世の記憶があるの」
ルシアは、ジョスランに全てを打ち明けることにした。
○●
その夜、騎士団本部にある個室の一角に、ジョスランはいた。
対面での聴取は一方的なもので、ジョスランの怒りは凄まじく、部屋の温度を上げていると錯覚するぐらいになっていた。
ジョスランの正面に腰掛けているマルスランが、眉根を寄せる。
「感情的になるな」
「そりゃ、なるだろう! なぜルシアを幽閉する必要がある⁉︎」
「怪しげな魔法を使った」
「だから、あれは魔法ではない!」
「証拠は」
「俺たちは、悪魔退治に多大な貢献をしただろう!」
「証拠にならん」
「自分で喚び出して倒すだと? なぜわざわざそんな面倒なことをする必要がある」
「だからその理由を聞いている」
ジョスランは、簡素な木の机の天板に肘を乗せ、凄んだ。
「……団長も、同じ考えか?」
騎士団長のガエルは、マルスランの背後で腕を組んで聴取を見守っていた。
ギロリと赤い目が睨め上げると、さすがのガエルも少し臆す。それを誤魔化すためか、大きな咳払いを一つしてからしわがれた声を出した。
「無実ならば、すぐに証明できよう」
「答えになっていない」
部屋には、他にも師団長レベルの人間が十人ほど詰めていた。
剣凶の戦闘力を見込んでの万全な体制に、ジョスランは深く長い息を吐く。
「副団長。そもそもはじめから疑ってかかっていることが、俺からすると疑わしい」
ジョスランは、マルスランに詰め寄った。
「……何?」
「マルスランは、弓の名人だ。あれだけの混戦と動揺の中、華奢な女性の肩を射抜くなど造作もないだろうな」
「何が言いたい」
「俺が母を殺した、と陰口を叩いているだけなら良かったが。まさかこのような蛮行に出るとはな……親父が知ったらなんと言うだろうか。説教どころか、自ら斬首してくれと陛下に迫るかもな」
「世迷言を」
マルスランの声には抑揚がないが、目には明らかに動揺の色が浮かんでいる。
もう一押しか、とジョスランは喉を鳴らす。ルシアに言われた時は信じられなかったが、今では首謀者はクロヴィスではなくマルスランだと確信していた。なぜならジョスランの目には――
「母上。兄の間違いは、俺が正す。だからそんな悲しそうな顔をするな」
悲しげな顔でマルスランに寄り添う、女性の姿が見えている。会ったことはないが、マルスランと目元がそっくりで、母だと断言できる。
「はー。貴様はまたそのような」
「マルスラン。この世に非ざるものを見る俺のこの能力は、魔法だ」
まつ毛の長い、青くて大きな目が、限界まで見開かれた。やはり母と似ている、とジョスランは妙なところで感心する。
「俺に魔力があるということは、兄にもある可能性が高い」
「なにを言っている」
「マルスラン。貴様が首謀者だ」
「首謀者? それは貴様だろう。縊り殺してくれる」
「やってみろ」
ジョスランを断罪する根拠は、乏しい。だが、マルスランが「チリン」と小さな鐘を鳴らすと、団長含め部屋にいる騎士たちが全員抜剣した。
「おいおい。貴様らまでおかしくなってんのか」
「あの人数を洗脳できるのなら、このぐらい造作もないと思わないか」
「……やっと認めたな……」
ジョスランは、勢いよく立ち上がった。
「なぜ! こんなことをしたっ!」
あいにく、今のジョスランは丸腰だ。
武器を持った複数の騎士相手に、戦う手段は拳しかない。近接戦闘は、間合いで遥かに不利であり、致命傷の観点でも得策ではない。普通なら逃げの一手を選択するが、ジョスランは机を蹴り上げ拳を構えた。
虚ろな表情の騎士たちが剣を構え、ジリジリとジョスランへ近づいてくる。団長までもが、魂の抜けた単なる兵力と成り下がっているのを見て、ジョスランは悲しくなった。
「洗脳した奴らなぞ、俺の敵ではない。剣がなくて良かった。殺さずに済む」
「そんな強がりは、いつまで持つかな」
マルスランは余裕の表情で部屋の扉口まで後退し、様子を窺っている。
「チッ。相変わらず人任せか。良いご身分だ」
ジョスランは侮蔑を込めてペッと唾を吐き捨てると、背後から斬りかかろうとしていた騎士の頬へ回し蹴りを入れた。
ノーモーションで動いたためか、想定外の攻撃を受けた騎士は、まるで人形のように部屋の隅まで吹っ飛んでいく。それでも周囲の騎士たちは無反応だ。
「心の入ってない剣に、剣凶が負けるかよ」
「いちいち癇に障る」
憎悪を含んだマルスランの目線を受け止めたジョスランは、わざと嘲笑う。
「混乱に乗じて、か弱い女性を射抜くしか能のない臆病者が。いくら洗脳したって、勝てるわけがないだろう」
騎士たちは、思考していないから、狭い室内でお互いの手首を斬りつけたり、体をぶつけてバランスを崩したりしている。
ジョスランは体軸が崩れた相手の、防具のない人体の急所――こめかみや人中、頸椎、脇から肝臓を狙ってのボディ――を執拗に攻め立て続けた。
騎士の中には、剣を持つ手がブルブル震えている者まで出始めている。確実にダメージを喰らっているのに、洗脳されているから、攻撃は緩まない。
ジョスランに、手加減するつもりは毛頭ない。この状況を打破しなければ、ルシアは罪を着せられ殺される、と確信しているからだ。
「もうやめろ! 内臓が、破裂するぞ!」
止まらない。倒れない。気絶もしない。ただひたすらに斬りかかる仲間へ反撃し続けるジョスランを、心の痛みが襲う。このままでは、斬らずとも蹴り殺してしまう。
「はっは! 殺すがいいぞ、ジョスラン。殺せ。そうしたら、謀反で斬首刑にしてやる」
意識がなくとも、日頃訓練で鍛えられた騎士たち、ましてや団長までいるのだ。
立ち塞がる彼らを完全に排除するのは困難で、愉悦の表情で見ているマルスランまでの十数歩が、果てしなく遠い。
「くそっ」
歯軋りをしたジョスランの口の中に、鉄の味が広がる。
このままでは埒が明かない、と焦るジョスランの目の前の窓が、突然たわんだ。
「⁉︎」
金属製の窓枠が、外から押されたように歪んだ、と思ったと同時に、一斉にパリン! と窓ガラスが割れ、強風が吹き込んできた。
ジョスランは咄嗟に顔を両腕で庇ったが、騎士たちは露出している肌にガラスが突き刺さり、次々と倒れていく。
「なんだ⁉︎」
部屋の明かりが全て風でかき消え、細い三日月がもたらす頼りない月光だけでは、視界が利かない。マルスランにとっても想定外の事態のようで、微かに動揺している様子が見て取れる。
全ての窓ガラスが吹っ飛んだのを確認してから、ジョスランは窓枠まで駆け寄った。すると建物のすぐ側の階下に白虎に乗ったルシアと、ルシアに対峙して翼をはためかせて飛ぶ悪魔が目に入った。
「ルシアッ‼︎」
腹から叫んだジョスランの声に、ルシアが気づいて振り返る。
「ジョー! こやつが、ゾランダーよ!」
闇夜を切り裂く甲高い声に、ジョスランは瞠目した。
そしてマルスランを振り返り、心底軽蔑したとばかりに、言葉を投げつける。
「悪魔まで使うとは! 見損なったぞ!」
「うるさい」
マルスランは冷たく言い捨てると、床に倒れている騎士たちを踏みつけながら、ジョスランへ一歩一歩近づいていく。
「貴様には、分からないだろう。王国が屋台骨から腐っているのを目の当たりにして、何もできない歯痒さも。他者を愚弄するしか能のない愚か者どもがのさばっている、王宮内も」
ジョスランが驚愕と呆れで動けなくなっていると、マルスランはニタアと笑う。
「こんな国、滅んだ方がいい」




