18話 不仲
翌日の昼過ぎ。
お見舞い係の二人は、仕立てられた『制服』を着て、王宮の廊下を歩いていた。
「どうだ?」
「よくお似合いです」
「それ、本心か?」
「……もちろん」
ジョスランの制服は結局騎士服に準じて仕立て、色や生地をルシアと合わせ、王宮・近衛の標準色である赤地にお見舞い係独自のカラーとして紫を取り入れた。
色々相談した結果、貴族の家に立ち入ることやマナー的に、騎士の標準から逸脱しすぎない方が良いとの結論に達したからだ。
ジョスランのマントは黒でフード付き、装飾は最低限で、白いトラウザーズに黒いロングブーツを履いている。スタンドカラーの上衣はタイを省略し、金糸で襟や袖が彩られ、二列の金ボタンで前みごろの左右が留められている。
ところどころ差し込まれた紫――襟や袖口、上衣の裾や白いトラウザーズの脇ラインなど――が近衛との差別化を図る他、良いアクセントになっていた。
一方のルシアは、狩衣をドレス風にアレンジしている。
ジョスランと同じく赤地に金糸の刺繍で、腰はコルセットではなく同生地の太い紐で帯のように巻いている。スカートは白のプリーツタイプで、中はキュロットになっているが、プリーツのため見た目では分からない。黒い編み上げブーツを履き、小袖風上衣の袖は絞れるように赤色の紐が通してあるため、パーティなどでは肘部分で絞ればマナー的にも問題ない。袖口や襟元など、ところどころにレースが付けられていて、華麗な場でも引けを取らないデザインにした。
「ルシアのは、不思議な袖だな。優美であり、そこに色々道具が入れられる。効率的だし、とてもよく似合っている」
「ありがとう」
ジョスランが頬を少し緩ませたので、ルシアは不思議に思った。
「ジョー?」
「いや。ようやく認められた気がして」
「認められ、とは?」
「お見舞い係としてだ」
所属を明らかにする意味としても、制服というのは有用なのだとルシアは学んだ。自分が誰でどこに所属していて、どういう役割かを視覚で分からせる効果がある。
「今回の問題は大きいわ。気を引き締めましょう」
「ああ……クロヴィスに対してもな」
「ジョー、まさか疑ってっ――」
廊下の曲がり角で、ルシアは誰かとぶつかりそうになった。
「おっと、失礼。……ああ、こちらにいらっしゃいましたか」
廊下で鉢合わせになったのは、クロヴィスだ。
いつも通りの、黒いフロックコートに白いシャツ、ダブルジャケットは腰の切り返しが細めに作られた、体型維持が大変そうなデザインで、白いシャツに薄い水色のアスコットタイを合わせている。
クロヴィスが緊張の面持ちのルシアに少し小首を傾げると、ジョスランが「偶然だな」と声を掛ける。
「ええ、ちょうど良かったです。演習場見学の許可が下りました。早速向かっても?」
「話が早くて助かるわ、クロ。行きましょう」
ルシアがジョスランの剣呑な空気を誤魔化すように同意すると、
「おいルシア。言っておくが、見学するだけだぞ」
ジョスランはニヤリと口角を上げた。
「ジョーもね?」
「俺が居たら騎士の奴ら、落ち着かないだろ」
お見舞い係のわざとらしい軽口に対し、クロヴィスは静かに告げる。
「残念ですが。剣凶と手合わせできるような騎士は、もう残っていないようです。手取りが減るならと離脱する者も多いらしく」
「なんですって!」
「チッ、思ったより事が進んでるな」
それから三人は押し黙り、緊張感を孕んだまま廊下を歩き出した。
○●
――時は、早朝の宰相室まで遡る。
バタン!
宰相室の扉を叩きつけるようにして出てきたのは、恰幅の良い中年男性だ。
かろうじて残る髪の毛をべったりと頭頂部に撫で付け、団子鼻の周囲には吹き出物が目立つ。
宰相室に向かって歩いていたジョスランは、横を歩いていたルシアの行手を阻むように腕を横に出して止めると、そのまま廊下の壁へ追いやるようにした。
「ちょ」
抗議の声を上げかけたルシアは、すぐに息を呑み込む。
ジョスランは背中全体でルシアを覆い隠すようにして、荒々しく鼻息を漏らす中年男性へ、わざとらしいほど恭しく礼を行った。
「忌々しい剣凶めが。まだ王宮をうろちょろしておるのか」
「恐縮です、財務大臣閣下」
「これから騎士団は大変になるぞ。せいぜい、指をくわえて見ておけ」
「……」
「ふん」
言いたいだけ言って去っていくずんぐりとした後ろ姿を横目で見送りながら、ルシアはジョスランへ囁く。
「今のは」
「この王国のどでかい膿、財務大臣のドナ・アギヨン伯爵。次の御前会議で騎士団予算削減案を上奏するというもっぱらの噂だ」
ルシアは、瞠目する。
「それは、本当ですか」
「俺の昔からのツテで仕入れた話だ」
「なるほど……」
宰相室でいつも通りフラビオと向かい合ったルシアは、挨拶もそこそこに仮説を展開した。
「わたくしの従僕の追跡により、ゴタイは孤児院の人間であると裏が取れました。しかも、西の辺境伯の面貌と一致する人物が、王国騎士を囲い込む話をしていたと」
「何?」
フラビオが珍しく感情的になり、眉尻を吊り上げる。
「その従僕とやらは、信頼できるのか?」
「ええ。コルトーでマノンを守った、ヒスイという者ですわ」
マノンは現在、フラビオの養女となりイグレシア侯爵家に入った。
彼女なりに事の詳細を語ったと聞いているルシアは、『恩人のヒスイ』のことも当然耳に入っていると踏んだ。そしてそれは、正しかったようだ。
「ぐぬぅ」
フラビオが納得したのを見てとり、ルシアはさらに続ける。
「閣下。わたくしは先日、王弟殿下――元騎士団長と現騎士団長の不仲が、実は内憂を抑えるための演技であったとお聞きしました」
フラビオは、ルシアの意図を汲みかねているのか、押し黙ったままだ。
「では、騎士団長と西の辺境伯との仲はどうでしょうか」
フラビオの返答を、あえてルシアは待たない。
「先の西の隣国との戦争で、当時副団長であったガエル様は、大きな武功を上げられた。ところが、西の辺境を治めるトビア・ギルメット伯がそれに猛反対をしたのは、有名なお話です」
「ルシア。何が言いたいのだ」
フラビオは、いよいよ痺れを切らしたようだ。
「騎士団長は今、西の辺境伯のことは『特になんとも思っていない』――ですね?」
ルシアが目で促すと、クロヴィスが端的に返事をする。
「はい。私が本人に直接聞きました」
フラビオは眉根を寄せ、唸るように吐き出した。
「……騎士団長は今、王宮内に気を遣わざるを得ない立場だからな。王都の外のことは、構っていられんだろう」
「騎士団予算の削減が、御前会議にかけられるとか。先ほど財務大臣が来ていたのも、その件でしょうか」
「ルシア。それは機密事項だぞ?」
フラビオがジロリと睨むが、ルシアの姿勢は揺るがない。
「騎士団長に全く相手にされなくなった西の辺境伯は、不満を抱えていたはずです。そこに誰かが擦り寄ったらどうでしょう。『騎士団予算が減る今が好機だ。王国騎士を西の辺境騎士団に取り込んでしまえ。戦力で脅威となれば、無視できなくなるどころか、勝てるぞ』と」
「なんだと! いくらルシアでも、憶測で」
「クロヴィスの調査によれば――ゴタイなる占い師が『西へ行け』と勧めた騎士たちの最終目的地は、ギルメット領にある神殿でした」
色々な土地を経由されたため、追跡は困難だったらしい。あらゆる手を使ったという宰相補佐官の表情は、硬い。
「それが真ならば……そうかっ、数日後の騎士団演習か!」
「西の辺境騎士団も参加する。だからこその仮説ですわ」
「王国騎士団を大幅に上回る辺境騎士団が、王都で演習をする……ルシアの仮説が正しいとすると……」
ルシアは、下腹部に大きく力を入れた。
「ええ。この機会に乗じ、王国騎士団を西の辺境騎士団が制圧する。すなわち、『反乱』ですわ」
――そうしてルシアたちは、騎士団演習場まで足を運んだ。
この王国では、年に一度騎士団全体で演習を行うのが慣例となっている。
北は山岳地帯、東は海という地形的な有利があるが、西と南は隣国と接している分兵力も多く配置されている。ただし南は温暖な土地柄特有の陽気な気質で、南の辺境伯は隣国と友好な関係を結んでいる。一方巨大な鉱山を抱える西側は、資源の宝庫。利権争いがいつ起きるとも限らず、油断がならない情勢だ。
つまりは有事に備えた、西の辺境騎士団との合同訓練という意味合いが強い。
「ルシア。わざわざ演習場まで来た狙いはなんだ」
ルシアとジョスラン、それからクロヴィスは、王宮の東に併設されている演習場を見回す。
昼下がり、訓練をする騎士の姿は、まばら。
ルシアは演習場の砂地へ降り立つと、制服の袂から式札を取り出した。木の手すり越しに見守るジョスランの、紅色の目がパチパチと瞬く。
「何をする気だ?」
「下準備。ここが会場なら、備えるに越したことはないでしょう」
ルシアはブツブツと場を清める術を唱えながら、演習場と観客席を仕切る板囲の表面に、お札を一枚貼った。
ジョスランは初夏の青空を見上げ、はああと大きな息を吐く。
「備え、ねえ。何もなきゃいいが」
「そういうジョーは、訓練しなくて良いのです?」
「相手がいればな」
ちろりと振り返れば、騎士たちは足早に去っていく。やはり剣凶と手合わせができるような騎士は残っていないらしい。
苦笑するジョスランが砂地に踵をつけたのを見計らって、ルシアは袂から式札を取り出し宙へ投げる。
「ヒスイ!」
「はーい。オイラ、まだ戻れてないんだけどなあ」
たちまち姿を現した白トラ猫の獣人は、苦笑しつつも、コキコキと頭を傾けて準備運動をし、踵を浮かせて拳を構えた。
「ヒスイ!? 猫ではなかったのですか!?」
驚くクロヴィスにヒスイはのんびりと答えながら、ジョスランの正面に移動した。
「オイラの猫の姿も人型も、動きやすいってだけ。ほんとは違うよ」
ジョスランは、手首や足首をぐるぐる回してから、軽く膝を屈伸させている。
「へえ、仮の姿なのか。どうりで華奢だ。そんなんで勝てるか?」
「急所狙えば良いも〜ん」
「んじゃお手並み拝見、だな」
「いくよ〜ん」
返事を待たずにタンッと飛び上がったヒスイは、容赦無くジョスランの首元へ手刀を伸ばす。
バックステップで後ろに跳んだジョスランは、拳を頬の近くで握り込み構えてみせた。
「全力で来い」
ルシアが板囲に札を貼り終え顔を上げると、ジョスランとヒスイが今のは自分の勝ちだと言い争っている。
クロヴィスが仲裁しようと嗜めてはいるが、二人とも耳に入らないようだ。
面倒になったルシアは――
「引き分け。さ、帰るわよ」
背後から不満を垂れ流されても無視をして、歩き出した。
○●
それから数日後、ついに騎士団演習の本番を迎えていた。
騎士団長の計らいで見学を許可されたお見舞い係は、騎士演習場観客席の最前列に陣取っている。クロヴィスは念のため、宰相の側から離れないよう言ってあった。
「ルシア。奴らのあの目つき」
「おやあ、正気じゃないみたいだね」
ジョスランとヒスイが見たままの感想を告げるのを、ルシアは非現実的な気持ちで聞いていた。
「なんということを……」
王国騎士団の二倍以上の人数を抱えた辺境騎士団が、ゾロゾロと演習場に降りていく。
それだけならばまだ良いが、それぞれ様子がおかしい。虚な目で同じ方向を向いて一言も喋らず、ただ呆然と立っているだけなのだ。
一方王国騎士たちは、近くにいる人間と雑談をしたり、軽くストレッチをしたりしている。見比べると余計に、異常さが一目瞭然だ。
ルシアは、ギリギリと拳を握りしめる。
「西の辺境伯の功績のためだなんて、そんな小さくてくだらない理由なんかじゃない。戦争を始める気かもしれない」
「チッ、一体なんなんだ、奴らのおかしな様子は」
「おそらく――洗脳」
搾り出すようなルシアの声が、ジョスランには絶望に聞こえた。




