第7話 残念令息の成り立ち
公爵家の嫡男として生を受けた。
『貴方は王家の血をひく高潔なるドーン一族の一員として生を受けたのです。決して間違った事をしてはいけません。貴方の行う事は正しい事だけです』
『貴方は強き者の一族なのです。強き者は弱き者を助ける義務があります』
間違った事をしてはいけない。
弱き者は助けるべき。
母から毎日のように教えられていた。
母が生きている時まで。
『お前はドーン一族として皆を正しい道へ導くのだ!』
『ドーン一族は弱き者であってはいけない。常に強き者でいろ!』
正しい道へ導く。
常に強き者でなくてはならない。
母がなき後、父から毎日のように教えられた。
母からの教え。
父からの教え。
どんな時も弱音を吐いてはいけない。
教えの通り絶対に泣き言は言わなかった。
家庭か教師の授業が厳しくても。
ドーン一族の血筋が重く感じても。
私は弱音を吐くわけにはいかない。
私に婚約者が出来た。
婚約者は可愛く聡明であった。
弱き者として婚約者を守らなければいけない。
ドーン一族となる婚約者を正しき道に導かなければいけない。
だが、婚約者は私が思っていた者とは違っていた。
『ハルマゲ様、己と水の言葉ですが、東の国では二つ連なると血という意味になります』
『心配して頂きありがとうございます。一人で難しそうでしたらご相談したいと思います』
『今週末ですか?今週末は領地の修道院で行われるチャリティーに参加する予定です』
婚約者は間違わなかった。
婚約者は弱き者ではなかった。
婚約者は弱き者を助けていた。
婚約者は私よりもドーン公爵家に相応しかった。
このままではいけない。
このままでは婚約者が私よりもドーン公爵家に相応しくなってしまう。
今以上に努力をしなければ。
婚約者以上に完璧にならなくては。
そうでないと私は弱者になってしまう。
私は努力した。
努力に努力を重ね彼女の上に立つ事が出来た。
だが、緩める訳にはいかない。
少しでも緩めれば私は弱者へとなってしまう。
継続しなければ。
その後も必死に努力を続け常に婚約者の上に立ち続ける事が出来た。
これは私が願っていた事。
なのに、何故か、少しも楽しいと思った事がない。
ドーン公爵家の血に私の体が少しずつ悲鳴をあげ始めていた。
学園の帰り、馬車の中から見た市井で歩く民は楽しそうに笑っていた。
彼らは弱者で低能だから笑う事しか出来ない。
何て哀れな生き物なのだ。
だが、その哀れな生き物が無性に羨ましく思えてしまった。
何故、あのような低能な者共を羨ましく思わなくてはならないのだ。
しかし、気付けば私は馬車を止め街中を歩いていた。
何の目的もない、ただ歩くだけであるが何故か心が落ち着くように思えた。
以降、たまに市井を歩くようになった。
何の目的もない、ただ歩くだけ。
だが、それが私を落ち着かせてくれていた。
そんなある日、一人の女性から声をかけられた。
彼女はたまに歩く私の事が前から気になっていたらしい。
彼女が気になっていたのは私の服装であった。
あまりにも良い服を着て歩いていたため危険だと注意された。
彼女の言う通りだ。
彼女にお薦めの服飾店に連れていって貰い何着か見繕って貰い購入する事にした。
「お買いあげありがとうございます」
どうやら私はカモられたようだ。
だが不思議な事に彼女の事を全く憎くも恨みもない。
それどころか、彼女が見せる満面の笑みによって心が浄化されてしまった。
街を歩くだけであった私はこの日より彼女の笑みを見に行く事にした。
「・・・こないの」
彼女に出会って一年経とうとしたある日、彼女は笑顔を見せてはくれなかった。
『こない』とは何がこないのだろうか?
「何がこないんだい?」
「月のものが・・・」
そんな・・・まさか・・・
私にはまだ早い、それに・・・
私は完璧でなくてはいけない。
でも、彼女と私の愛の結晶が嬉しい
でも、このような事が知れ渡れば私は完璧でいられなくなる。
でも、彼女と幸せになりたい。
でも、そうなれば私はドーン公爵家の者でなくなる。
私が私でなくなる。
でも、彼女の笑みを見れなくなるのは嫌だ。
何とかしなくては・・・
何とかして、彼女に幸せになったままこの件を闇に隠さないと。
でもでもでもでもでもでもでもでもでもでも・・・
「い、いくら出せばいい」
完璧な私の脳が叩き出した答え最低であった。
彼女は目から一筋の涙が流れる。
「ご免なさい。聞かなかったことにして」
彼女が席を立つ。
だが、私は動く事が出来なかった。
「・・・さようなら」
去っていく彼女をただ見送る事しか出来なかった。
彼女の姿が見えなくなっても私は動けず、暫くその場にいた。
自身の目から彼女と同じように一筋の涙が流れていた事に気付かず。
そして私は壊れた。
それ以来、私の心は壊れたように彼女の笑顔に代わる者を探しも止めた。
婚約者では得られない癒しを。
壊れた私の脳は自身の都合がいいように変換するようになった。
学園に一人の令嬢を見掛けた。
令嬢のラスト・エンペラル。
王都から最も遠い領地を持つエンペラル男爵の令嬢。
残念令嬢の噂を聞いた事があるが、実際に見た令嬢は噂の通り残念であった。
だが、その残念感が何処と無く彼女を思い出させる。
令嬢は残念令嬢と最も弱者な存在。
弱者な令嬢を私が施してあげなくては。
それがドーン一族としての定め。
そうすれば彼女のように笑うあの笑顔が私のものになる。
それから残念令嬢の笑顔が見逃せなくなり、気付くと令嬢に声をかけていた。
令嬢からは断られるばかりであった。
私は完璧なはず。
だから、私が悪いのではなく令嬢が悪いのだ。
残念令嬢だから仕方がない。
それでも私は完璧な者。
完璧な私は決して施しの手を緩めない。
令嬢が返事をしやすいように令嬢の領地の事業に手を加えた。
だが、残念令嬢は私のものになろうとしなかった。
あの彼女と同じ笑みが手に入る事が出来ないままであった。
心が癒されない。
癒しが欲しい。
癒しを求めた私は別の場所で彼女と似たような笑みをする女性に施しを与えた。
残念令嬢とは違い女性は私の施しを受け取った。
心が癒される。
これで私は完璧のままでいられる。
しかし、私の癒しは長く続かなかった。
女性から子が出来たと告げられる。
告白後、私の心は癒されなくなった。
ならば、いらない。
癒す事が出来ない者など必要ない。
しつこい女性を突き飛ばすと女性はお腹を抱えて叫んでいた。
私との子はいなくなった。
女性から笑顔が消えたので別れる事にした。
心の癒しを求め違う女性を探し求めた。
癒しがある間は私は完璧でいられるのだから。
「ハルマゲ様、少々お遊びが激しすぎるのでは?」
婚約者から告げられた言葉に一瞬心臓が止まる。
一瞬であるが私は死んだ。
「何の事だい?」
惚ける事しか出来なかった。
完璧な笑みで婚約者を見ていたつもりだが上手く笑みが作れているか解らなかった。
「さようですか・・・」
婚約者は私を問う事はしなかった。
上手く凌げたと思った。
しかし、噂が私の完璧の仮面を剥がそうとした。
私の施しが噂され始めると私を慕うように集まっていた弱者共が誰もいなくなった。
「君が『ありもしない』噂を流したのだろう!」
「わたくしは『真実の相談』しかしたことありません」
婚約者と言い合いをするようになった。
もう、この婚約者は私にとって完璧ではなくなった。
私の理想の婚約者は彼女のように笑う残念令嬢しかいない。
残念令嬢ならば私の癒してくれる。
残念令嬢の隣ならば私は完璧な存在でいられる。
もう無理をしなくて済む。
しかし、ここでも婚約者が私達の真実の愛を邪魔してきた。
許せまじ行為だ。
婚約者には罪を償わせてやる。
そして私は残念令嬢を手に入れ完璧な存在となるのだ。
だから麻雀などと言う運だけのゲームなどに負ける訳がない。
完璧な私は負ける訳がない。
だから私は二試合目を望む事にした。




