第2話 完璧令嬢との和解
「ラストさん、ちょっといいかしら?」
完璧令嬢が取巻き令嬢を連れて現れた。
残念令息に絡まれている所を目撃されると必ずお昼に呼び出される。
理不尽な説教時間。
今日の学食は紅蓮鳥のエンペラル揚げで私の大好きな地元料理であった。
楽しみにしていたのに・・・
幻覚か飛び去って行く紅蓮鳥が見えたが追いかけても無理だという事は解っているので静かに見送る事にした。
堂々と歩く完璧令嬢とその取巻き達の後ろから項を垂れるように歩く私。
まるで、これから処刑場へと連れていかれる囚人のようであった。
ラストにとって完璧令嬢は憧れの存在であったが、だからといってお昼が抜きになるのは勘弁して欲しい。
先に歩く取巻き達が度々チラチラとラストの方を見る。
一度、彼女達が右に曲がった際に間違えたふりして左に曲がり逃げた事があったため警戒されていた。
目的の場所に着く。
ここは職員が集う部屋の前。
下手な場所に呼び出せば苛めと捉えられるため、スパイダ様が正当な理由により説教をしている事を証明するためこの場所を選んでいた。
こういう些細な所にも気を使わせる所が完璧令嬢であった。
「ラストさん、いつも申しておりますが婚約者のおられる方と無暗に接触される事は貴族として宜しくないですわ」
婚約者のおられる方=残念令息。
完璧令嬢からは何時も残念令息にラストの方から話し掛けているように見えていた。
完璧令嬢は、どうやら視力が悪いらしい。
「はい、すみません」
申し訳ないなど心にも思っていない。
だけど、流石に言えない。
こんな人の通りが多い所で『公爵令息が軟派者で迷惑している』など、下手をしたら侮辱罪で捕えられてしまう。
男爵令嬢の命など高貴な人達からしたら石ころみたいなものだ。
だから我慢して謝る事にした。
だけど、それで許される事はない。
「申し訳ない、申し訳ないと仰られる割には何度も同じことを繰り返されるのは何故かしら?」
「以後、気をつけます(それは貴女の婚約者が話掛けてくるからです)」
「ですから、その言葉を以前にお聞きしておりますわ」
今日は何時もよりもしつこい。
何だかフツフツと込み上げてくるものがあった。
我慢している私が馬鹿馬鹿しく思えて来た。
もう言ってもいいのではないか。
別に私が悪い訳でもないし。
だけど、流石にこの場所はまずい。
「スパイダ様、宜しいでしょうか?」
「な、何ですの」
何時も謝る事しかしなかった私が突然顔をあげ一歩前へ歩みより話し掛けて来たことで完璧令嬢にも少し動揺が見られたが、そこは流石は完璧令嬢、周りに気付かれないように動揺の所作を最小限に抑えていた。
「私に意見をお求めでございますが、このような場所で求められましても私が語れる意見は制限されてしまいます。それなのに何度もここで意見をお求められるのは些か卑怯では御座いませんか?」
どうだ!
私だってダイに言葉遣いを散々学んでいる。
その成果を見せてやった。
だけど、何故か目の前にいる完璧令嬢&取巻き令嬢の時が止まっていた。
それだけではない、すれ違う者達が足を止めこちらを見ながら同じく時を止めていた。
教師達も例外ではない。
一瞬、私はタロットカードの『世界』の能力が芽生えたのかと勘違いしてしまった。
完璧令嬢の手が震え始めた。
時の停止が解除されたようだ。
それに伴い取巻き令嬢も時の停止が解除され『スパイダ様?』と心配そうに完璧令嬢の顔色を伺っていた。
「よくもわたくしに卑怯者と仰られましたわね。解りましたわ。貴女のためにこの場でと思っておりましたが、お望み通り二人でゆっくりとお話し致しましょう。夕刻お迎えに伺いますわ」
どうやら私は言葉遣いよりも言葉選びに失敗してしまったみたいで完璧令嬢の逆鱗に触れてしまった。
普段なら昼を犠牲するだけで終わっていた説教タイムが逆鱗に触れた事により延長時間を設けられてしまった。
「そんな・・・」
「宜しいですわね?」
「イヤ・・・ちょっと用が・・・」
「宜・し・い・で・す・わ・ね?」
「・・・はい」
理不尽だ。
あまりにも理不尽過ぎる。
理不尽な説教の延長を約束させられ私は教室へと戻った。
「どうだった?」
ダイが心配そうに話し掛けて来た。
私は正直にやり取りを一部始終話した。
ダイは腕を組み少し考えていたかと思うと直ぐに笑みを浮かべた。
「寧ろ良かったんじゃないか?」
「どういう事?」
私の不幸に笑みを浮かべるダイを睨む。
「睨むなって。二人であれば、お前も言いたい事が言えるだろ。そうすれば、お前が被害者の方である事を解って貰えるんじゃないのか?
向こうはラスタの噂を知っているから多少の残念も覚悟している事だろうから安心してもいいんじゃないかな」
「・・・確かに」
ダイの言う通り、もしかしたら二人きりなら真実を述べても問題ないかも・・・
そうすればもう完璧令嬢のクモの巣のようなネットリとした説教時間によりお昼を台無しにされる事はなくなる。
「そうとなれば俄然やる気が出てきたわ!」
『ポキポキ』
「拳を鳴らすな!」
時は過ぎスパイダ様の延長戦の時間が訪れた。
「さぁ、お望み通りの場所を用意致しましたわ」
ここはマーン侯爵家専用の馬車の中。
昼の約束通り今、馬車の中は完璧令嬢と残念令嬢だけであった。
急な出来事であったのにも関わらず、ぱっとこのような事を思い付かれるとは、学園成績上位の方は違うと関心してしまった。
「どうしたのです。もしや、またすみませんでしたと謝られるだけかしら?」
「いえ、その前にお聞きしたい事があります。スパイダ様は残・・・ハルマゲ令息の事を愛されておられるのですか?」
完璧令嬢はキョトンと目を丸くするも直ぐに小さく溜め息を吐く。
「残念な方だと思っておりましたがここまでとは思いもしませんでしたわ。宜しいですか、貴族の婚約は両家が決めた政略的なものが含まれております。そこに愛の有無など関係ありませんわ」
「安心しました。その返答は愛がないと思わさせて頂きます」
「ですから愛がないからと貴女がしゃしゃり出てきていい話では・・・」
「いえ、これで安心してハルマゲ令息の文句が言えます」
「え、文句ですの?」
完璧令嬢は再びキョトンとした顔で私を見ている。
整った顔でそのような表情は女性の私でも可愛らしく思えてしまった。
「ハルマゲ様には見掛ける度に愛人にならないかと話し掛けられているんです」
「愛人!?」
「ええ、会う度に愛人になれ愛人になれと煩く付きまとわれて大迷惑なんです」
「迷惑なのですか?申し訳ないですがラストさんにとっては公爵家と繋がりが出来ればお家の事業も安定されるのではありませんか?」
「冗談じゃない、顔はまともでも婚約者が通う学園で平気で愛人になれなんて軟派する男の何処に惚れると言うのですか?
それにエンペラル男爵家の事業が上手くいっていないのはハルマゲ令息が邪魔しているからです」
「・・・」
「そもそもスパイダ様はこのままで宜しいのですか?」
「どういう意味かしら」
「知性も品性もない私を軟派してくるのですよ。あのような方は他にも平気で声を掛けているはずです。婚姻した後で隠し子が次から次へと出てきたらどうします?」
「・・・」
「ですので、私は被害者の方ですので注意しても繰り返すのは加害者が野放しのままだからです」
「もし、それが本当でしたら何故に今までに仰らなかったのですか?」
「相手は公爵令息ですよ。貧乏男爵家の娘の言葉より公爵令息の言葉を皆さん信じますよね。下手をすれば不敬罪で処刑もあるのに誰が言えるというのですか」
「その割には今、雄弁に語られておりますわね」
「もう我慢の限界(お昼の説教も含め)でしたので。今日など余りにもムカついたので思わず顔面に一撃を喰らわす所でした」
「一撃って・・・」
「安心下さい。未遂です」
「そ、そうですの」
「これで解って頂けましたでしょうか?」
「・・・ええ、信じられませんがハルマゲ様の性格ならあり得なくもありませんわね」
「信じて下さりありがとうございます(これでお昼が潰れる事がなくなったわ)」
誤解が解けた所で丁度よく私が住む寮についた。
完璧令嬢の誤解も解消された。
残念令息は変わらず声を掛け続けて来るだろうが、昼の呼び出しがなくなったことだけでも満足したと足取り軽く馬車を降りた。
「スパイダ様、本日は送って下さりありがとうございます。無事に誤解も解けて良かったです」
これで完璧令嬢に絡まれる事はもうない。
学園ではもう挨拶を交わすしかないだろうと最後のお別れをした。
「いいのよ。明日も迎えに来ますからここで待っておりますわ」
「へ?」
「だってマルハゲ様に迷惑されているのでしょ。私の隣でしたら安全じゃありませんこと?」
「・・・確かに」
「それではまた明日」
走り去る馬車を見送る。
憧れの完璧令嬢との別れが名残惜しい訳ではない。
突然の完璧令嬢の取巻きへとなってしまった事で動く事が出来なくなってしまっていた。




