第1話 残念令嬢
学園の鐘が鳴り響く。
学園の1日が始まる音である。
音の余韻が小さくなるにつれ学園の門が閉められようとしていた。
〖タタタタタタタタタタッ!〗
「チョッと待った~!」
走る足音に女性の声でチョッと待ったコールが聞こえたが、無情にも用務員は門を閉める手を緩めようとしない。
もう、門は殆ど閉められ開いている場所も用務員が立っているため、誰もが女性は間に合わないものと思われた。
だが、次の瞬間、〖ズザアアーー〗と激しい音を立てて、門を閉める用務員の股の間をスライディングするかのように滑り込み、門が閉まる前に学園内に入る事が出来た。
「ふぅー、ギリギリセーフね」
ずっと、走って来たのか額から流れる汗をドレスの袖で拭う。
令嬢の名はラスト。
令嬢は美しく多くの令息から婚約の釣書が届くが、令嬢は未だに婚約を結んでいない。
令嬢には問題があった。
生まれた頃から前世の記憶を持っていた。
前世の令嬢は貴族とは縁遠い人生であった。
また、令嬢の母親は早くに亡くなり、男爵家は貧しく家庭教師を頼む事が出来なかった男爵は令嬢を自由に育ててしまった。
結果、貴族とは思えない令嬢へと出来上がってしまい、令嬢と会った者達が皆が口を揃えて言う。
なんて『残念な令嬢』何だと。
「アウトだ!」
「痛っ!」
汗だくの令嬢の頭をため息をつきながら叩く。
振り返ると立っていたのは幼馴染みのダイであった。
ダイの領地は隣にあり、邸も近かったため幼い時からよく遊んでいた仲であった。
また、次々と婚約を断られる事で問題に思った男爵はダイ令息に貴族としての教育を頼んでいた。
ダイの教えによって令嬢は学園に通えるまでになったがそれでも令嬢への残念感は抜けれなかった。
「どうしてよ、間に合ったじゃない!」
「何処の令嬢が男性の股を潜って来るんだ。貴族令嬢として完全にアウトだろ」
「し、仕方がないじゃない、二度寝したら誰もいないんだもん」
「お前なー、そんなんだから・・・」
ダイは途中で口を閉じ目をそむけ頬をポリポリとかいていた。
彼は私が世間から何て言われているか知っている。
知っているからこそ思わず口を滑らせそうになった事を誤魔化そうと気遣ってくれていた。
「大丈夫よ、知ってるから。『残念令嬢』と言われているんでしょ」
ラスタも世間から『残念令嬢』と言われている事を知っていた。
それでもラスタは気にする事はなかった。
「まー気にするな、前に比べれば良くなって来ているからさ」
「う~ん、そう?周りの反応があまり変わらないからイマイチ解らないんだよね」
ラストが残念令嬢と言われる要因は言葉遣い以外にもう1つあった。
ラストは残念ながら賢くない。
決して遊び歩いている訳でもなく授業も真面目に受けている方だと自負出来る。
だけど、なかなか身につく事がなかった。
『努力が足りない』
『遊び歩きすぎ』
『男に夢中なのでは?』
などとラストの事を悪くいう噂が広がり『残念令嬢』へとなっていった。
だが、ラストは不真面目ではない。
授業で解らない所などをダイに教えて貰うなど努力をしていた。
しかし、人には向き不向きというものがある。
誰もが国王や聖女になれる訳ではなくなれるべき者がなれる訳で、ラストにとっては勉強は不向きな方であった。
それでもラストは諦めたりしない。
世間から言われている言われなき噂は馬鹿馬鹿しいと思って全く気にしたりしていないし、残念令嬢というレッテルはごもっともとしか思っていなかった。
だからといって諦めず勉強をし続けている。
前世の時から彼女はそうであった。
苦手だからといって逃げる事はせず、努力を諦めたりしない。
そんなラストを知っているからこそダイはラストの事を見捨てず今も勉強をラストに教えてくれていた。
お陰で学園の成績は中間よりやや低い程度で収まっていた。
噂など下らない。
呼び名などごもっとも。
と、清々しい性格のラストであるが、そんなラストにも悩やめかしい事がある。
「おはよう、私の麗しき人」
この日もその悩みの種から話し掛けられてしまった。
学園に通い一年過ぎた頃に一人の令息に絡まれるようになった。
朝から幻滅する声が聞こえラストの眉がピクピクと動いた。
声をかけて来たのはこの学園に通う令嬢達から憧れの眼差しを浴びているハルマゲ・ドーン公爵令息であった。
容姿端麗・成績優秀・公爵嫡男と文句の付け所がないように見えるため、令嬢達から人気者であるハルマゲ令息であるが、ラストは彼の事が苦手であった。
彼は端から見れば完璧であったが性格に難があった。
彼は少々、異性の関係が緩い。
ラストを見掛ける度に声を掛け、声を掛けて来ては愛人になれと言われていた。
彼には侯爵令嬢の婚約者がいる。
その婚約者に話を通さず愛人になるよう言ってくるのだから信じられない。
顔が整っているだけになんて残念な公爵令息なのだろうかとラストは思っており、彼がどうして学園で一番人気なのか理解出来なかった。
ラストにとって公爵令息は残念令息にしか見えなかった。
「麗しき人に出会えて私はなんて幸せなんだ。この幸せを常に味わっていたい。麗しき人よ、是非に私の愛を受け取ってくれないだろうか」
「いや、無理無理」
ハルマゲ令息の眉間に皺が1つ浮かび上がった。
貴族のご令嬢らしく遠回しに断れる事が出来れば良いのだが、そこは残念令嬢のラストには無理な話。
そんなラストの言葉遣いにすぐ眉間が反応してしまうならば諦めてくれればいいのだが、なかなか公爵令息は諦めようとしなかった。
「君は相変わらず言葉遣いがなっていないな。エンペラル男爵の教育はどうなっているのか。まあ事業が上手く運営出来ない者は教育能力も乏しいのかもしれない。
もし良ければ私が男爵に経営のノウハウを教えてあげようか」
ラストの右手の握り拳に力が入る。
確かに父の事業は上手くいっていない。
だが、その事業を邪魔しているのは目の前にいるこの男が指示している事を知っていたからだ。
証拠はある。
それでも男爵家が公爵家を訴える事など出来るわけがない。
我が男爵家は泣き寝入りするだけであった。
「隣の領地のハードン男爵家は林業が盛んらしいが、今後はその林業も不景気になるかもしれないよ」
『ブチっ!』
自領だけではなくダイの領地にまで手を出そうとする公爵令息の言葉に殴りたい衝動の限界を迎え、一歩踏み込む。
「ハルマゲ様!」
ラスタと残念令息との間に入ったのはダイであった。
ダイはラスタの動きに危険を察し止めようとしてくれていた。
ダイはいつもラスタの細かい仕草に気付く。
目の前で偉そうにしている残念令息とは大違いであった。
「何だね、私と彼女の大切な時間を奪わないでくれないか?」
「私の大切な時間は奪われてますが?」
残念令息の笑顔が歪む。
だが知った事か。
何が大切な時間だ!
私の大切な時間を奪っていたのはお前だろとひきつった笑顔で令息を睨み付ける。
「ハルマゲ様、先程スパイダ様がこちらを見て通り過ぎて行かれましたのでお伝えした方が良いと思いまして」
スパイダとは、この碌でなし残念令息の婚約者の名。
淑女の鏡として男子女子から憧れの存在でありラストの同じ歳という事もあり、完璧令嬢として残念令嬢の比較対象とされる事が多々あった。。
ラストも密かに完璧令嬢に憧れていた。
「おお、それは大変だ。スパイダが余計な心配をしては大変だ。麗しき人よ、私は愛しのハニーのもとに行き誤解を解かなくては行けなくなった。お別れが寂しいかもしれないがこれも運命と思って我慢してくれ。願わくば、次に会う時までに貴族に相応しい言葉を私のために覚えといてくれ」
残念令息が去って行く。
彼が去っても寂しくも何ともないし、言葉遣いの勉強は一生懸命やっているが決して残念令息のためなどではない。
これを運命というならば永遠に去っていて欲しいくらいだであった。
「ダイ、ありがとね。助かったわ」
「・・・」
「どうしたの?」
「実は、スパイダ様が見ていたってのは本当なんだ」
「嘘・・・と言うことは・・・」
「お昼は諦めた方がいい」
「今日の学食『エンペラル揚げ』なのよ」
「残念だけど・・・」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー」
ラストは淑女らしからぬ大声で嘆いた。




