Salt, Spice, and Lime
シューティングレンジの前に設けられた、いつもの休憩スペース。
そこでは普段のシューター然とした装いではなく、思い思いのラフな格好をした棗たちが、のんびりとした時間を過ごしていた。
普段からタクティカルな恰好を好む棗だけはそう変わらないが、常につけているファーストラインのバトルベルトもつけていなかった。
華音もチノパンにクソダサイ紫色をベースに黒い蜘蛛の巣が無数にプリントされたアロハシャツを着、マコはお気に入りのマカロニウェスタンの格好をしている。
汐路はくつろぐ三人を眺め、以前華音が語った服のセンスがクソダサというのを実感し、それを口にした。
「華音ちゃんてお嬢様だよね?なんでそんな奇抜なクソダサイ服なの?」
「ええ?ダサいかなぁ?これかっこよくない?紫ってなんか強そうな色だしなっちゃんのトレードマークの一つの蜘蛛の巣もあるし。」
そう言いながら、華音はテーブルに広げられた間食に手を伸ばし、プリッツェルを口に運んだ。
「別にダセぇとかどうでもいいだろ。動きやすくて、すぐ破けなきゃ何でもいい。アタシからすりゃ華音のクソダサファッションより、日本で見たロゴが入ってるだけの三万円もするブランドTシャツの方が意味分かんねぇよ。三万もありゃ上等なタクティカルパンツが買えるんだぜ? 膝にポリマー製のニーパッドを仕込めるポケット付きの奴がよ。」
長椅子で寝転がり、マコに膝枕をしてもらいながらマコのスカートの中に手を忍ばせ太ももを撫でまわしていた棗は上半身を起こした。
「アンタはいつもその恰好ね。」
「なっちゃんは実用や機能面しかみないもんね。the アメリカンって感じだよねぇ。」
「向こうじゃ日本のような格好してると気取ってるとかこれからパーティでも参加するの?って言われるくらいだしな。」
そんな三人の会話にマコが申し訳なさそうに謝った。
「ご、ごめんね。わ、私の服・・・・・・高くって。」
「あん?まぁマコのウェスタンコスチュームはアタシらン中じゃ一番高いわな。コスプレ感あるパチモンじゃぁねぇアメリカの本格的なカウボーイスタイルのブランドの奴だしな。
ま、アタシはシューターでストリーマーだ。こういったなりきり用は必要なもんだろう?普段から着るTシャツとは違うもんさ。そんなショボくれるなマコ。アタシが最高にすっきりするモン作ってやっからよ。」
「棗、アンタ料理へたくそじゃなかったの?得意料理の一つくらいあるって感じ?」
汐路は意外だと感じ声をかけた。
「いんや?アタシの本職はバーテンだぞ?アタシが自信もって作れるのはコイツだけだ。」
そういいながらドンと長細いグラスとロックアイスなどを置き始める。
「あ、カクテル? トマトジュースとビール?レッドアイでも作るの?」
「おいおい、コイツぁただのトマトジュースじゃぁねぇぞ?ハマグリエキス入りのトマトジュース『クラマト』だ。」
4つ並べたグラスの縁にロックアイスを一つ押し当て滑らせ濡らすと、紙皿の一つに怪しげな真っ赤な粉で山を作り押し当てていく。
棗が作ろうとしているのは南米やアメリカ南部で親しまれている定番カクテル『ミチェラーダ』だった。
メキシコではライムを縁に押し当てその果汁で縁を湿らせてスパイスをつけるのが定番だが、棗はテキサスで飲んだ時のスタイルで行う。
ライムを客の好みで好きなタイミングで搾れる。ライムの新鮮な風味を味わうための工夫だった。
「ね、ねぇ その真っ赤なスパイスひょっとしてすごく辛いんじゃないの?」
汐路は縁に着けられたスパイスが気になり声をかける。
「タヒンとチリソルトだな。タヒンは甘味もある辛いもんじゃぁねぇよ。辛いのは苦手か?」
「苦手って程じゃないけど、そこまで得意でもないかな。」
「ふーん、じゃぁ汐路のはサン・ルイスよりサルサ・ティポ・イングレッサをメインに味付けするか。」
グラスへ氷を落とし、二種類のサルサソースを数滴。続けてクラマトを静かに注ぎ、最後にウスターソースを一滴だけ垂らす。そこへアサヒスーパードライを泡立てないようゆっくりと注ぎ、マドラーで一度だけ混ぜる。最後に縁へカットライムを飾ると、鮮やかな赤色のカクテルが完成した。
「棗特製ミチェラーダだ。華音のはいつも通り辛めでマコのはウスターソースを2滴にしてあるぜ。」
棗は縁のライムを摘まみ、グラスへぎゅっと搾り柑橘の爽やかな香りが立ち上る。
泡を立てないようマドラーで軽く一混ぜし、そのまま喉を鳴らして一気に流し込んだ。
「っはぁ……これこれ。やっぱ暑い日はコイツに限るぜ。」
初めて口にするものはやはり勇気がいるものだった。
汐路はその赤いドロリとしたカクテルに手を伸ばした。
それをうまそうに飲む棗は汐路のような日本文化で生きるわけでもなく南米やアメリカ南部の文化で生活し、牛や豚の睾丸をソウルフードとも呼ぶ人物だ。
だが、変わったものを食べるだけで味覚がオカシイと言うわけではない。少々チーズやスパイス、肉の脂で何日も続くときついというだけだった。
汐路もライムを抜き取り、棗のように豪快に掌で握りつぶすということはせず二本の指の腹で押しつぶしその果汁をミチェラーダに垂らした。
ライムを搾った瞬間、鼻腔を抜ける柑橘の香りだけで唾液腺が刺激され、頬の奥がじわりと疼いた。その清涼感溢れる香りと濃厚なトマトの香り、刺激的なタヒンやチリソルトの香りにごくりと喉を鳴らした。
一口、恐る恐るミチェラーダを口へ運ぶ。真っ先に広がったのはライムの爽やかな酸味だった。
続いて濃厚なトマト、ハマグリエキスの旨味が押し寄せ、ウスターソースのコクがそれを支える。最後にサルサソースとタヒンのスパイシーな刺激が舌を心地よく痺れさせ、今まで味わったことのない風味が口いっぱいに広がった。
「おいしい。ナニコレ、ゲテモノドリンクかと思ったのに美味しいよ。」
「おいおい、バーテンがマズイもん出すわけねーだろ?それとも何か汐路は南米やアメリカ南部の人間はゲテモンしか食わねぇ味覚異常の蛮族だとでも思ってたのか?」
「そこまでは思ってないけど、やっぱ先にタマタマ揚げ食べてるとどうしてもね……。」
「あれだってうまかったろーが。材料がキンタマってだけだろ?」
そうボヤキながら棗は二杯目のミチェラーダを作り上げ、一気にあおる。
そんな棗達の楽し気な昼間からのひと時にふらりと一人の女性が棗達に近づいてきた。
「ね、ねぇ。」
「あん?」
棗は興味なさげに声の方に顔を向ける。
薄汚れた格好、みすぼらしい服の女は棗達以外の日本からの転移者の一人だった。
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