Mere Competitors
「ったく、またこの量のモンスターから魔石をとらにゃならんのか。今日中に村に帰りたかったんだがな。」
棗はうんざりとした表情で四散した蟻の死骸に目を向ける。
子犬ほどの大きさの蟻だが口径の小さな5.56mmでも胴体に当たれば吹き飛んでいる。
心臓付近にあるという魔石は、5.56mmや.357マグナムの一撃で砕け散るか、あるいはどこかへ吹き飛んでしまっているだろうと棗は予想していた。
だが、そんな棗に蟻の体液でべったりと汚れたグレッグが声をかける。
「いや、こいつらの魔石は本当に小さくてなこんだけの魔石があってもゴブリン一匹すら進化させられんよ。」
「つまりこのまま放置でいいと?」
「ああ。」
グレッグの返事に棗は良かったと安堵した。
「とはいえ、アタシも華音もマコも弾薬をかなり使ったマガジンに補給しにゃならねぇ。
お前らも今回はきちんと戦ってることだしな。少し離れてから一度休憩をとるか。」
「いや、ここでとったほうがいい。こいつ等の厄介さはゴブリンたちも知ってるからなこいつらの体液の香りのそばにゃ近寄ってこない。」
「ふーん じゃぁあの死骸から体液を搾り取っておけば魔物除けになるってことか?」
どうなんだ?と、棗はグレッグに目を向けた。
「残念だがそこまで長い時間のこる香りじゃない。錬金術師が加工すれば魔物除けの香になるんだがな。
錬金術師なんていうエリートが開拓村なんかに来たがらない。腕利きほど王侯貴族に雇われるからな。」
「ちっ この世界でもエリート様は安全安心なところでふんぞり返って生活してるってか?世知辛いねぇ。
んじゃ、アタシらは弾を込めて装備を万全にすっから警戒をしながら身体を休めてくれ。あと、体液でべったりで汚ねぇお湯と拭くものを用意させておく。」
そう言うと棗はセーフハウスの中で待機している汐路にお湯とタオルを用意させるように華音に告げた。
体液に塗れた身体をタオルとお湯で拭うグレッグ達だったが、ミアは棗にやや顔を強張らせて声をかける。
「ねぇ、これすごく柔らかいんだけど、こんなの使って良いの?」
この世界にはパイル生地のタオルなどまだ存在しない。その為、その柔らかな肌触りのタオルを高級品だとミアは認識してしまっていた。
「そりゃ安物のタオルだぜ?アタシらの世界じゃパン一つと等価っていや理解できるか?」
「これが、パン一つ……。これ洗って返した方が良いか?」
「いらねぇよ。欲しけりゃくれてやる。」
そう言いながら僅かにずれた肘や手首に巻いたサポーターを外し、新たな湿布薬を張り付け再びサポーターでしっかりと固定する。
「そういやぁ てめぇら耳の方は大丈夫か?戦闘中かなり近くで銃声を聞いてるはずだが。」
思い出したかのように棗がグレッグ達に問いかけると、グレッグは耳に指を入れ中から綿を丸めたようなものを引き抜く。
「一応こいつを突っ込んでいるからマシってところだな。」
「ふーんちゃんと考えてるってか? これからもてめぇらと行動する可能性もある。かといって糞高い電子マフをプレゼントしてやるつもりもねぇ。
だが、最低限のサポートはするぜ。そんなもんよりこっちの方が遮音性は高い。こいつを使いな。」
そういうとシューターの定番であるシリコン製の耳栓を5つ購入しグレッグ達に放り投げる。
「警戒時は首にかけてりゃいい。戦闘時には即座に耳に装着すりゃ聴覚の保護はできるぜ。ま、会話などはかなり効きづらくなるがな。」
現代地球の遮音データだけで言えば、安価なウレタン製のフォーム耳栓の方が遮音率は高い。
だが、棗があえてこの少し高価なシリコン製を選んで手渡したのには、彼女なりの明確な戦術的理由があった。
ウレタン製の耳栓は、装着するたびに指先で細く揉み解し、耳穴の中で膨らむのを待たねばならない。
そんな悠長な手間を挟んでいては、急な奇襲を受けた際、グレッグたちが耳栓を装着し終えるより遥か前に、棗たちは発砲してしまう。
コンマ数秒でトップスピードに達する競技シューターの戦闘速度に、ウレタン製では到底追いつかないのだ。
その点、軸を掴んで一瞬で耳穴へ突き刺せるシリコン製ならば、即座に即応体制へと移行できる。
それに、剣や槍で近接戦闘を行うグレッグたちは、今回のように毎度モンスターの体液や返り血に塗れて汚れる。 そんな汚れた手でウレタン製を揉めば、体液や泥が内部にしみ込んで著しく不衛生になり、劣化も早まる。
水洗いで何度でも酷使できるシリコン製こそが、この泥臭い異世界の戦場における最適解だと、棗の冷徹な戦闘ロジックが弾き出していた。
もちろん、棗がそんな過保護な裏事情をいちいち口にして説明してやるはずもなかった。
ゴブリンたちの巣に向かう時とは違い、巨大な蟻以外には出会うことなく開拓村にたどり着く。
グレッグ達が言うには、恐らく大量のゴブリンやオーク、トロールを討伐したためその死臭に引き寄せられたということだった。
「魔石とやらは全部回収したが、そうか死体がありゃそれを餌にするモンスターを呼び寄せちまうな。」
「ああ。さすがにあの数の死体を処理するのは不可能だったからな。半分くらいは埋めてきたが残りは手つかずだ。」
「またあそこにモンスターが住み着くんじゃねぇか?」
「死肉を食らいモンスターは集まるだろうが、ゴブリンやらは住み着かないだろうな。なんせ同族の死臭が漂う場所だからな。それより怪我の方は大丈夫か?」
「ああ、数メートル吹き飛ばされたが、多少の打撲で済んだ。これもまぁアタシらの世界の優秀な装備のおかげって奴だ。弱点もかなり多いがな。」
討伐完了の報告をするため、村の集会場に向かって歩きながらそんな言葉を交わしていると、ちょうど傍らを通りがかった日本人の男が、棗に向けて敵意を隠そうともせずに突っかかってきた。
「はっ。銃を持って調子に乗ってイキってた割には、無様に怪我なんかして帰ってきたのかよ。」
男の言葉に、隣のグレッグが即座に怒りを露わにして声を張り上げる。
「おい、お前! いい加減にしろ! これ以上彼女たちを侮辱するなら、本当に村から追放するぞ!?」
しかし、そんな周囲の怒気などどこ吹く風といった様子で、棗は少しも動じることなく、ただの客観的な事実を確認するように声の主へ退屈そうな視線を向けた。
「ああ、情けねぇことにな。……ま、アタシらは兵士じゃねぇ。ただの競技者だったってこったな」
男の嘲笑を、棗は鼻で笑うようにして軽くいなした。
だがその冷淡な棗の背後で。 マコだけが、底の知れない、ドロリとした仄暗い視線をその男向けていたことに、誰も気づいていなかった。
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