The Man Who Taught Me
トロールに吹き飛ばされて汚れた服を洗濯機に放り込んだ棗は、軽くシャワーを浴び、ガンルームのソファに座り込んだ。
深く息を吐くと煙草を吸おうと目の前のテーブルに手を伸ばすがエスクリオを吸いきってしまっていたため、ライターしか置いてないことに気が付き舌打ちをする。
これからどれだけ日本円が必要になるかわからない現状では、キャッシュを高価なシガリロに使うことにはどうしても抵抗がある。
棗は能力でタブをひらくとエスクリオを吸うまで愛飲していたドイツのシガリロ、アル・カポネ コニャックを購入しそれを一服する。
「さて、せっかく華音やマコが気を使って早めに入らせてくれたんだ。さっさと寝るとっすかね。」
そう言うと棗は煙草を揉み消し、ごろりとソファに横になって目を瞑る
一方、汐路は居心地の悪さを感じていた。
決して華音やマコが汐路に対し何かをしたというわけではない。
ただ、棗が居ないことによりあの下品な言い回しも、乱暴な口調も聞こえてこず、ただ重苦しい空気だけが流れている。
普段、華音やマコが汐路としゃべらないというわけではない。
棗が居ないことにより華音もマコも余裕がないのだ。
汐路が居心地の悪さを感じるように華音とマコも棗が居ない事でどうしようもない不安や焦りなどを感じていた。
射撃の腕、それ一点ならば華音は棗と同等かそれに近い腕前を持っているし、マコは精密射撃という点に関しては棗以上の腕前だ。
だが華音もマコもそれだけなのだ。
こういった警戒時、棗のような速度で気が付けるかと問われると怪しくなってくる。
たとえ棗と同じようにOps-core AMPを身に着けていてもだ。
華音はテーブルの上にライフルをのせ銃口を森に向けたままAMPの増幅する物音に全神経を集中させていた。
だが、それはただ棗を形だけ真似ているに過ぎない。
風に揺れる葉の音。 遠くで鳴く鳥。 自分たちの焚火の爆ぜる音。
その中から本来あるはずのない音を探す。
それが棗なら自然にできることだ。
しかし華音には、それを経験から積み重ねた棗ほど正確にはできなかった。
マコもまた普段の愛らしさも小動物のようなオドオドした仕草もなく、ただチラチラと華音に目を向け時折手を華音の身体に触れさせていた。
キィキィと金属の擦れる音が暗くなった住宅の庭でなっていた。
まだ、今のように目つきも鋭くなく下品な言い回しも歪んだ性格もない純粋な少女だった棗はクリスマスの夜、一人孤独に過ごしていた。
「What are you doing out here this late? Where are your parents?(こんな時間になにをしてるんだ?両親は?)」
通りから棗の方を伺いながら体格のいい男が声をかけてきた。
何度か顔を合わせ、朝には挨拶をする程度の隣に住むアメリカ人男性ボー・オーティス・ブライアントだった。
「My mom is always working. She hardly ever comes home.Dad is probably with that woman again.(ママはワーカーホリックでパパはまたあの女のところ。)」
棗の返事にボーは怒りのあまり頭に血が上り口汚い言葉を吐きそうになる。
少女はこの異常な状況を悲しむ様子もなくそういうものだと受け入れている様子だった。
正義感もありアメリカが世界の警察だと疑わない元軍人のボーは、たとえアジア人夫婦の子供だったとしてもこのままにしておけないとポケットから使い古した携帯電話をとりだし911にコールしようとするが、棗が駆け寄りその腕を握り首を横に振った。
ボーは911にコールした結果どうなるのか少女はわかっていると思い随分賢い子供だと思った。
背負っていたリュックから買って来たばかりの炭酸飲料とスナックを取り出したボーは、できるだけ家の中にいるように勧めた。
テキサスでは……アメリカでは珍しい、洒落っ気のあるワンピースに異様に物わかりの良い賢い少女。
ボーは棗が日本人だと気が付く。
アメリカ海兵隊それも元MARSOCのボーは人を観察する目もきちんと持ち合わせている。
外見からではアジア人の区別などつかないが、それでも長く海外で暮らした経験から、服装や仕草、雰囲気に文化的な違いを感じ取ることはあった。
その為、キッドナップの被害にあわないように声をかけた。
それから幾度となく顔を合わせる度に声をかけ、本来はあまり良いことではないがボーは夜遅くまで家に一人でいる棗を家にあげスナックと炭酸飲料を手に、趣味で集めた大作からB級の映画のDVDを眺めたりしていた。
「Hey BOB このハンサムな男はだれ?」
棗が壁に飾ってある写真を指さしボーに声をかけた。
「そりゃ俺だよ。こう見えても若いころはテキサスのドルフ・ラングレンて言われるくらいにハンサムだったんだぜ?」
実際にはそんなこと誰も言っていないのだが、ボブは確かに若いころ軍人なんかよりもスターの方が似合うくらいに容姿が整っていた。
「えぇ? それって昨日見た映画の悪役じゃん。」
そんな棗の言葉にボブは僅かに悲しげな眼をした。
「悪役……か。良いか棗、ああやってPTSDを負い心がまだ戦場に囚われたままの兵士ってのを俺は何人も見てきた。この国にはそういう悲しい兵士が路上で暮らしてたりもするんだ。だからな、棗。銃ってのはカッコいいだけの道具じゃないんだ。」
アクション映画の中で銃を持つアメリカ人の姿に銃を持っているかと聞かれ持っていると答えて以降、銃に興味を持ち始めた棗にボブはそう告げた。
それから5年、いつの間にか棗はボブの退役軍人仲間のアイドルのような存在になっていた。
出会ったころの大人しさは消え、活発というにはやや口調が荒くなってはいたがそれでもその明るさなどもありほほえましく感じるものだった。
22口径のライフルでのハルクやボア、リスなどをハントしに行ったり、プリンキングや的当てをメインに楽しむが何人かの仲間の悪ノリで実戦向けの足運びやリテンションでのポイントシューティングというもの身につけ始めていた。
そんな棗とボブの生活はそう長く続くものではなかった。
帰宅した母親とひさしぶりに会話を交わした棗の南部スラング交じりの言葉に、棗の母親は驚きを隠せなかった。
そして棗が長いこと放置され面倒を見ていたはずの父親が浮気三昧で家に居なかったという事実を知る。
父親と離婚し棗に向き合おうとした母は退職し日本に帰国することにしたが、棗はそれを聞き怒りをあらわにする。
「はぁ? ……なんで今なんだよ。今更母親ヅラか?15にもなるアタシが今更、親が恋しいなんていうわけねぇだろ。仕事を辞めるのも勝手にすりゃいい。だが、なんでアタシの居場所を奪うような真似すんだよ。」
そういい棗は扉を乱暴に開け家を飛び出す。
ボブの家に駆けこんだ棗は、どうにかこのままアメリカで暮らせないか相談をするがボブから帰って来たのは、帰国を勧める言葉だった。
「なんでだよ。なんでボブまでそんなこと言うんだ。」
棗の目には涙がうっすらと浮かび、初めて見せる涙にボブは棗の頭に手をのせ撫で上げる。
「もう15だろ?ハイスクールなんか3年だ。大人になってから改めて自分の力でこっちに来るといいさ。棗ならウチのレンジの看板店員になれる。」
「来ていいのか?」
「ああ。みんなもお前を待っててくれるよ。」
そんな言葉に棗は涙を拭い、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「はっ 老いぼれ共が3年も持つもんかね?アタシが戻ってくるまでにおっちんだら容赦しねぇぜ?」
電子音が鳴り目を開けた棗は体を起こしテーブルの上にあるシガリロを吸うと、深く息を吐き頭を掻き毟る。
「ちっ 懐かしい夢を見ちまったぜ……。ボブ・・・・・・アンタはアタシを強くしてくれた。アタシは弱くねぇ。もうあのガキはいねぇんだ。」
そう言い聞かせるように呟いた。
あとがきのような物
23話のThe Man Who Watchedの対比 棗から見た視点を夢として出しました。
タイトルもその対となるThe Man Who Taught Meとしてます。
本来は冒頭の棗の不在の話をコアにしたThe Silence Without Herというタイトルをつけようと思ってました
ネグレクトはアメリカにおいてフェロニーです。
もし、ボブが911にコールしていた場合棗の両親は即座に逮捕起訴され保釈金が払えなければ15年ほどブチこまれます。
そして連邦法というドライなシステムで棗は即座に児童保護サービス CPSによりシェルターやフォスターケアをたらいまわしになります。
そして通報しなかったボブも実際かなりやばい橋を渡ってます。不法保護にあたります。
まぁ元MARSOC(アメリカ海兵隊特殊参戦コマンド)のE-7の退役軍人なのでシェリフなどのコミュニティとかにも顔が聞くと思うのでグレーゾーンで目を瞑って貰えていたと考えるべきでしょう。
4話で自称ドルフ・ラングレンとボブが言っていた描写の回収を早くしたかったのでぶっこみました。
ただハンサムだったということより ドルフ・ラングレンが出演したユニバーサルソルジャーのネタを入れたかっただけです。
ドルフ・ラングレン演じるアンドリュー・スコット軍曹のPTSDを負い心が戦場に囚われスーパーで生肉を食べる兵士を政府が蓋をする現実だと叫ぶシーンはグっときます。
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