The Weight of Logic
おにぎりを三つ、卵焼きと唐揚げを数個。それが、棗が口にした全ての量だった。
棗だけではない。華音もマコも、普段の食事の半分以下しか箸をつけていない。
その事実に、汐路は胸の奥に冷たいものが広がるのを感じた。せっかく作った日本の家庭料理が、彼女たちの口に合わなかったのだろうか。マコのように絶賛されるほどの腕前ではないにしても、決して苦手なわけではないはずだ。
「あ、日本の料理は口に合わなかったかな……?」
悲しみを滲ませて尋ねる汐路に、棗は一切の悪びれる様子もなく、淡々と答えた。
「うまかったぜ。だが、まだモンスターが現れるかもしれねぇから警戒もしていなきゃなんねぇ。現れたら戦闘もありえる。腹いっぱいにし眠くなったり、腹を重くしたりなんかできねぇよ。」
それは、一切の感情を排した、純粋な戦術的判断だった。
満腹感によるパフォーマンスの低下は、この世界では死に直結する。彼女の言葉に、華音はいつものように朗らかな笑顔で頷いた。
「うんうん。私はひさしぶりにお米に満足だよ。汐路ちゃんの唐揚げ、本当に美味しかった!」
「し、汐路ちゃんの唐揚げ、美味しかったよ。お味噌汁も……」
「まぁ 残りは明日の朝になるまで数回に分けて食うし無駄にはしねぇよ。それにアイツらも腹をすかしてるだろ?」
そう言い棗はモンスターから魔石を摘出しているグレッグ達を肩越しに親指で指さした。
「そうだった、ラスティちゃん達もずっと作業しててご飯食べてないよね?呼んでくるよ。」
華音が弾んだ声で席を立ち、グレッグたちの元へ歩いていく。その背中を見送ってから、棗は視線を汐路へと戻した。その瞳には、先ほどまでの食事を楽しむ少女の残滓はなく、冷徹な戦士の光が宿っている。
「さてと。あとどのくらいで魔石を回収し終えるかはわからねぇが、少なくとも今日はこの森の中で一夜を過ごすことになる。そこでだ、汐路。今日だけはお前にも一肌脱いでもらうぜ」
その言葉に、汐路の肩が微かに震える。それを見透かしたように、棗は口角をわずかに上げた。
「安心しろ、一緒に戦えなんて言わねぇよ。……夜の見張りの時、アタシか華音のどちらかが仮眠を取る。その間、お前も見張りに加われ。何かあった時、アタシたちを即座に叩き起こす。それがお前の役割だ。」
それは、戦力外の人間に対する、最も合理的で、かつ容赦のない戦力化の宣告だった。
「銃を撃ったり、戦ったりしなくてもいいなら……。」
汐路の消極的な承諾に、棗は鼻で笑った。
「ああ、むしろそっちは逆に邪魔だ。まだ的当てができる程度のトレーニングしかしてねぇし、銃の携行も許可してねぇ。現状、アタシも本調子じゃねぇんだ。戦闘時にお前の面倒を見る余裕はねぇ。何かありゃ、さっさとセーフハウスに逃げ込んでくれた方が、こっちとしては安心できる。」
棗の言葉は辛辣だが、そこには冷徹なまでの生存の計算があった。
以前、リテンションでのポイントシューティングをエアガンで教えたことはあるが、汐路はまだフォームとグリップ、ドロー、そしてリコイルコントロールの基礎を叩き込んでいる最中だ。
予定では、汐路にはS&WのTRR8を持たせるつもりだが、.357マグナム弾での実射訓練にはまだ至っていない。
現在は、華音がSIG P365XLに持ち替えたことで余剰となったスプリングフィールドXD Mod.3を使い、9mmパラベラム弾の反動に慣れさせている段階だ。
だが、棗にはセミオートのXDを汐路に実戦投入させる気は毛頭なかった。
2025年現在、最新鋭のポリマーフレームオートの一つであるMod.3は、優れた操作性を持つ。
しかし、セミオートを運用するには、作動不良からのリカバリーを無意識にこなせるまで習熟しなければならない。もし排莢不良や給弾不良が起きた際、それが訓練ではなく実戦であれば、汐路は確実にパニックに陥り、決定的なミスを犯すだろう。
(……初心者にオートはまだ早い。確実に弾が出る、あるいは不発でも次が引けるリボルバーの方が、今の汐路には合理的だ。)
棗は、自分の怪我で低下した戦力を、汐路というセンサーで補い、同時に生存率を最大化するためのパズルを、頭の中で冷酷に組み立てていた。
「いいか、今夜のシフトを伝える。よく聞いておけ。」
棗は、有無を言わせぬ口調で告げた。時刻はまだ15時を回ったところだが、戦場において夜への備えに早すぎるということはない。
「まずはアタシだ。19時から22時まで仮眠を取る。この怪我を少しでもマシにしておかねぇと、まともに動けねぇからな。その間、見張りは華音とマコ、それに汐路だ」
自分の負傷を戦力低下として客観的に分析し、真っ先に休息を取る。それは甘えではなく、戦力を維持するための義務としての判断だ。
「22時から3時までは華音が寝ろ。この時間は夜行性の獣やモンスターが最も活発になる。アタシが起きて、マコと警戒を維持する。……そして、3時から8時まではマコと汐路、お前らが寝る番だ。」
「えっ、私とマコちゃんが最後なの?」
汐路の問いに、棗はわずかに目を細めた。
「マコは寝起きが最悪だからな。深夜に叩き起こして、寝ぼけた頭でトリガーを引かせたらやべぇからな。……一番安全な朝方に、たっぷり寝かせておくのが一番合理的だ。」
「なっ、なっちゃん……ごめんね、気を使わせちゃって……。」
マコが申し訳なさそうに、だが自分を理解してくれている棗への悦びに頬を染める。
「さて、19時まではまだ時間がある。汐路、お前は今のうちに少しでも体を休めておけ。……夜は長いぜ。」
そう言い棗は、作業を止めて食事をするグレッグ達に顔を向ける。
「夜の見張りもサービスだ。アタシらは本来セーフハウスにいりゃ危険はねぇ。そっちは帰路に影響が出ねぇ範囲の最大戦力で警戒しろよ?
こっちは素人のあつまりでアタシは今ポンコツ状態、汐路は銃を扱う人間でもねぇからな。」
セーフハウスの扉を出したすぐそばに置いた折り畳みの安っぽいテーブルとチェアの側に棗は、簡単な石を積み上げた風防のある焚火を作り野営の準備を始めていく。
野営の準備にモンスターから魔石を取り出す作業を行うグレッグ達を回すのは非効率的だ。
そのためグレッグ達が身体を休める場所を棗達が作り上げていく。
とはいえ、大掛かりな物を作る必要はない。
既にモンスターの魔石を回収する作業は終わりも見えている。夜の森を帰るというリスクを冒さない為に一晩ここで過ごすだけだ。
棗達は仮眠をセーフハウス内でとるため野営地で休憩をとるのはグレッグ達5人。
夜の見張りに立つことを考えれば同時に仮眠をとるのは一人か二人だ。
その為アウトドアブランドの2万のテントではなく5千円程度の今日だけ使えれば良い程度の安さだけが売りのテントを組み上げ、980円のブランケットを2枚、中に放り込んだだけだ。
「さて、野営の準備はできた。まだ日没とはいかねぇが森の中だ、だいぶ周囲が暗くなってきたな。」
「だね。なっちゃん、プラティパスのブレイクインはどうするの?もしモンスターが来た時いきなり実戦投入?」
折り畳みのテーブルの上にDDM4V7とP365XLを置き、ライトを取り付けていた華音が声をかけた。
1911プラットフォームの欠点、それはブレイクインを済ませるまではジャムが多かったり不調が多い点だ。
但しブレイクインを終わらせタイトなスライド等がこなれたソレは信頼性と精度、そして最高の射撃体験を得られるフィーリングを味わえる。
それこそが棗が1911プラットフォームを愛し、テキサスにいた子供のころから今日まで1911プラットフォームを使っていた理由だった。
もちろんわざと緩く作っているGI Specの1911とタイトな競技用の1911は同列ではないが、その信頼性、確実性は製造から100年たった今もこうしてハイキャパシティモデルになり継続して生産されていることで証明できた。
「ねぇな。TAC ULTRAもそうだったがこのプラットフォームは300発は撃って慣らさなきゃなんねぇ。かといってこんな森の中で300発もバカスカ撃って音を立て目立つなんざバカのやることだ。 夜は余らせている華音の使っていたXDとRUGERをアタシはメインに使う。」
「夜は? じゃぁ今は?」
「今はまだ明るいし全員起きてるからな、試しにプラティパスを使うこともあんだろうよ。」
そう言い、棗は煙草を取りだした。
エスクリオの箱を開くと、最後の一本。棗は眉間にしわを寄せながらそれを咥え火をつけた。
「ちっ。エスクリオが切れちまった。」
「それ高いんだから、前のアル・カポネ コニャックに戻したら?」
「あれも美味かったが、アタシにはコイツの方が合う。」
「なっ、なっちゃん。い、今はまだみんな・・・・・・お、起きてるし、今から休んで調子を戻したら?」
自分の動きの遅さにより棗に怪我をさせてしまったことに負い目のあるマコが棗の袖を掴みながら申し訳なさそうに告げた。
「あん? そりゃ助かるがアタシだけゆっくり休めちまうってのもな。」
棗からすれば全体的な指示を出しているのは自分だ。棗達4人の中で誰がリーダーだという決まりはないがサバイバルもミリタリーの知識もない汐路に主体性のないマコ、華音もどちらかというと棗の意見を尊重する為、実質棗がリーダーとなっていた。
その為、自分の指示ミスの結果として受け止めている。
「うんうん。なっちゃんは全部背負いすぎだよ?私達はみんなでガンフリークシスターズなんだから。」
「そう言うことなら一足先に休ませてもらうが無理すんなよ?なにかありゃ気を遣わずたたき起こせ。奥のベッドルームじゃなくガンルームで寝てっからよ。」
GIスペック
アメリカ軍の官給品のスタイルや仕様
GIはGovernment Issue(政府官給品)の略
アル・カポネ コニャック
ドイツのシガリロ 500円ほど買える。
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