第57話
よろしくです
え!?
お義兄ちゃんの髪色と瞳の色、そして格が変わった。
白く透き通り、全てを見すかすような真っ白な髪色に黄金の輝きを放ち、ドラゴンのような縦長の瞳、全てが変わった。
そして、一瞬の間を置いたと思ったら私に対して魔術が発動された。
足元に極小規模な魔法陣が描かれ、見たこともない幾何学式が浮かび上がる。
しかし、焦りはない。いつも敵に使われる魔術の様な危険がない。
いや、ないと言い切るのも不思議だが安心感が溢れでてくるのだ。
ここにいれば危険はない。
そんな声が聞こえる様な気がした。
しかし、お義兄ちゃんを置いて自分だけ安全な場所にいろ?
そんなの無理だ。
死にたくもないのに自殺しろと言われて出来る?
そのくらい無理な話だ。
だが、魔術や行動で抵抗しようにも魔法陣はラグを起こすこともなくそこにあり続ける。
魔法陣の上から立ち去ろうにも足が鎖で縛られた様に動かない。
そして、魔法陣の幾何学式が構築完了の意を示す光を放つとさらに魔法陣の輝きが増し、回転し始める。
「お義兄ちゃん!!」
魔法陣に囚われる前に一際大きな声で叫んだが、聞こえてないだろう。
そして、次目覚めるまでの最後の言葉、光景は
「神崎一刀流『千手千眼』に『火炎蛇』付与」
その言葉と同時に炎の蛇を纏った刀と呼ばれる近接戦闘武器が無数に出てきて終わった。
☆
「うっ……」
頭がいたい。二日酔いの様な痛みではない。
精神に直接訴える様な痛み。
頭を抑えながら上半身を起こすと、そこは何もない真っ白な世界が広がっていた。
空も、陸も、海も、地面も、何もない。
ただただ広く続く広大な空間だった。
どっちが上なのかもわからない。もしかしたら、今、逆さになっているかもしれない。
自分の髪の毛を見てみると、ふわふわと空中で舞っていた。
「な、何ここ……じゅうりょくが存在してない?」
重力という言葉はつい先日お義兄ちゃんに教えてもらったばかりの『日本語』と呼ばれる言語なのでまだ片言だが、意味はちゃんと分かっている。
しかし、本当に何もない。
ここに存在するのは自分だけなのか?
魔術を行使しようにも、魔法陣を構築した時点で破壊される。
剣を引き抜こうとしても、何かで接合されてるみたいに鞘から抜けない。
こちらからこの空間には干渉できない。
そんな言葉がふと頭の中に浮かんできた。
「お義兄ちゃんのバカ……」
独り言を呟くと突然、眼前に空間投影ディスプレイまたは3Dディスプレイと呼ばれるものが浮かび上がる。
いきなり現れたことで驚いたが、それより驚いたのが画面に映っている光景だった。
ディスプレイのことなど忘れるくらいに……
映し出されている映像は先程戦っていた戦場。そこを上空から俯瞰する様にして映し出されている。
これだけではディスプレイよりも驚くことはないのだが、この次が問題だった。
お義兄ちゃんを中点にトレントの大群が押し寄せている。
ぱっと見で数千はいるだろう。
だが、こんなに公都に近い場所でこんな大量の魔物が繁殖できるものだろうか?
否だ。
絶対と確信できる。
毎日、騎士団の使い魔が巡回しているので、こんなことにはならない。
ならば、なぜこうなったのか……
3つ考えうるがどちらも確信できはしない
・騎士団の使い魔に見つからず、ここまで大繁殖した。
可能性としては低いだろう。
・人為的に隠されていた。もしくは人為的に瞬時に大繁殖させた。
隠されていた場合、地中にうまっているか、時空魔法で透明化をしていたか……瞬時に大繁殖させたのは可能性としてもっとも低いだろう。
・時空魔法で空間転移で現れた。
これもかなり可能性としては低いだろう。これだけのトレントを一度に空間転移するなど無理だ。
魔力量が無尽蔵なお義兄ちゃんでも多分無理だろう。多分……
そう、仮説を立てているうちにも戦況は変化していき、トレントの数は、残り数百匹となっていた。
お義兄ちゃんは刀だけの姿の見えない配下を連れて、トレントを駆逐していく。
この光景には乾いた笑いしか出てこない。
しかし、残り数十匹というところで唐突に動きが止まる。
炎の蛇を纏った刀は光の粒となり上空へ消えていき、お義兄ちゃんは体の穴という穴から血を流して倒れてしまった。
このままじゃ殺されてしまう。いくら亜神だと言っても完全な不死身ではない。
今すぐにでも飛び出して助けに行きたいが、ここから出る方法が思いつかないし、思いついたとしてもその為の行動ができない。
お義兄ちゃんの死が間近に迫っている。
そう感じ、トレントの根がお義兄ちゃんの体を貫こうとした時、目を閉じた。
どのくらい目を瞑っていただろうか……数えてないし、今の自分の感覚が正常なのかもわからない。
けど、数秒で程度だと思う。
重い瞼を上に押し上げて周囲に目を彷徨わせると、変わらず、眼前にディスプレイが浮かんでいる。
しかし、ディスプレイには死体など映っていない。
いや、トレントの死体は映っているが、人間の姿形をした死体はなかった。
お義兄ちゃんは身体中から血を流していたが、辛うじて息はしている。
その腰や腕、または首にはいつもどこかにつけているアクセサリーが無い。
1人の少女が戦っていた。
いや、少女というべきかどうか迷うところだが……少なくとも自分よりかは年上だろう。
白髪でとても柔らかそうな髪の毛を揺らしながら、腕を刀に変えてお義兄ちゃんをかばう様に戦っている。
あ、あの子は?
そんな疑問がふと頭の中に浮かぶが、すでに答えは出ている。
多分、シルちゃんだろう。
シルちゃんは主が瀕死状態の為、いつも通りの力が出ないのだろう。
いつもよりキレがなく、そして何より、魔力を使っていない。
なぜ、魔力があるのに使わないのか疑問に思ったが、今はそんなことを考えている場合では無い。
今すぐにでもここから脱出して助けに行かなくてはならない。
今の自分とシルちゃんがいるのならばトレント数十匹程度どうにでもなる。
ここから出たい!!
そう心から思った時、その心に反応するかの様にもともと明るい白い空間が更に明るく明滅し始める。
明滅が止まると、ディスプレイが消えて、その代わりなのかはわからないが、大きな巨人でも通れる様な重厚な扉が現れた。
その扉に近づくと、ひとりでに動き始め、完全に開き終えたら扉の模様として描かれていた天使がトランペットの音を奏でる。
躊躇なんてせずに扉の奥へ一歩踏み出すと、あの空間に送られた元の場所で目を覚ました。
「お義兄ちゃん!!」
まずやるべきことはお義兄ちゃんの治療だろう。
魔力を高めて、傷口に手を当てる。
お願いだから死なないでよっ!




